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臆病者
彼女が俺をザックスかセフィロスだと勘違いした翌日から、彼女の看病をティファに頼むことにした。
あの時は朦朧としていて間違えたかもしれないが、そうそう何度も間違えるわけがない。
冷静になればなるほど、俺が誰なのか、伝える勇気が、なくなった。
彼らは、今はいないんだ。俺が、……。俺のせいで、と詰られようと責められようと、憎まれようと構わないって覚悟してたはずなのに。
彼らを思って微笑んだ彼女を思い出せば、言えるわけがないと覚悟なんか消えてなくなっていた。
少しだけ、
ケリーが俺にタークスだと言えなかった時は、こんな気持ちだったのかもしれないと、
…本当に少しだけ考えた。
だが、また彼女は眠り続けた。
眠っている限りは、俺もそばにいてやれる。が、隣で回復をどれだけ祈っても、病の治癒は遅いまま。
そして、夢現に、セフィロスとザックスの名を呼ぶ。
どうしたらいい。
俺もティファも、
このままでは命も危ないと焦りを感じ始めていた。
「クラウドっ!早く!」
昼間、近場の配達をこなす間に、看ていてくれるティファからケリーが急変したと連絡を受けた。
慌てて駆け付けてみると、彼女を寝かせている俺の部屋から物音が聞こえた。
部屋の外には数個のマテリアが転がっていて、確かティファのものだったはずだと思う。
「ティファ!ケリーは!?」
「っもうっどうにかしてっ!」
ドアの前の床で、ケリーがティファに取り押さえられていた。
それでもなお、抵抗して暴れるケリーにティファも必死だ。
体の左半身はまだまだ治癒も進んでいない。相当の痛みを感じているはずなんだ。
そのせいか、「離して」と言っているようだが、それも痛みに呻くせいできちんと聞き取れない状態だった。
「ケリーっ?
くそっ、…エスナ!」
「それ効かないわよ!コンフュじゃないもの!」
「だって、傷付ける訳には…っ、そうか、スリプル!」
「やった、…って、ダメなの!?」
一度スリプルをかけたくらいじゃ、ケリーにはかからない。
「…っ…」
しかし、魔法をかけられたのは感じたのか。ケリーの動きが一瞬止まる。
「……ァイラ!!」
「きゃ!」
「ティファっ!!」
「だっ大丈夫!でもっ」
突然、彼女の詠唱から沸いた炎がティファを襲った。
「おい!?まじか…ちっ、ちょっと押さえてろよ、と。
ケリーっ、まだ寝てろ!」
またフラりと来たら思わぬ騒ぎに驚いたらしいレノが窓から入り込んできて、ティファと俺が押さえ込む中、布のようなもので彼女の口許を覆った。
何かの薬品だったのだろう。
一気に彼女の身体の力が抜けていき、瞼を閉じる寸前に何か小さく声を洩らすだけで、また一筋の涙を流して意識を閉じた。
「ああ、俺だぞ、と。大丈夫だ。
……まだ、休んでろ。まだ、な、と…」
「わりぃな、と。
ティファ、怪我は?」
「いや、…そんなには、大丈夫」
「…………強がるなよ、詫びに置いていかせてくれ。
あいつには、要らねぇよな。野郎は自力で治せ、と」
そう言ってレノはポーションのようなものを窓枠に並べた。
一通り落ち着いて眠りについたケリーを俺の部屋に寝かせ、俺がそばに座って、ティファとレノはドアを開けた先の廊下から少し離れてこちらの様子を見ていた。
ティファは少し火傷と引っ掻き傷を負っていた。心配する程ではないが、レノが渡したポーションなんかがあれば十分治るだろう程度らしく一安心する。
「………それにしても、……あんなに強い人だったなんてびっくりしたわ」
「あー、ケリーはな。
ちょっと、特別製なんだぞ…と」
「特別製って、…おかしいでしょ、
マテリアも持ってなくて魔法発動するなんて!」
「持ってたろ?ティファが」
「他人のマテリアよ!?
十分おかしいでしょ!
あの人の詠唱に、私のマテリアが勝手に応えたみたいだった。まずいって放り投げて離しても全く効果ないし。詠唱時間だって、全く無いくらいよ?…クラウドだって…あんなには…」
「そだなー、…あんなやつ、他にいるとしたら…」
レノはそこで一度言葉を切って、「いや、今はもうこの星で最高の魔法の使い手だろうな」と少し笑った。
「………ねぇ、…あの人、何者なの?ソルジャーだったの?」
「クラウドはなんだって?」
「………………」
「なんだ、教えてねぇのかよ、と。
全く。
そーだなぁ、怪我させちまったお詫びもあるし…教えてやるよ、と。
……あいつは、元タークスだ」
「元?」
「ああ。タークスを離れてずいぶん経つからな、と。新人のイリーナなんかもきっとあいつのことは知らねぇくらいだ。
タークス離れてからずっと、科学部門で研究者をしてた」
「研究者?嘘でしょ?
悪いけど…あの…イリーナ?とかよりよっぽど強いんじゃないの?なのに研究者?
意識なかったけど…とんでもない魔力を感じたわよ?タークスどころか、…ソルジャー並の」
「はは、そーなんだよなー。
女じゃなかったら、たぶんソルジャーになってた。
でも、女で、ソルジャーじゃなくても、十分誰よりも強い女だったな」
「…………大事な人、なのね?」
「え?」
「元タークスって言ったって、貴方がそんなに言うのも、クラウドに預けるのも、元同僚だからってだけじゃないでしょう?
その人だって…さっきレノのこと確認したら安心してた」
「よく見てたねぇ、と」
「恋人なの?」
「……………」
ティファが俺の背後、開いたドアの向こうでレノに訊ねた。
ひゅ、と心臓が息を飲むような心持ちになる。
レノが声を掛けた後、ケリーはレノの声に反応していた。大丈夫だ、と言ったレノの手を握って、小さく名を呼んで、安心して、目を閉じた。
『ケリーは、俺が幸せにする。お前の出る幕はねぇよ、と』
以前、レノに言われた言葉だった。
ずっと、魘されながら名を呼ぶのはセフィロスとザックスだった。
だけど、レノは。ずっとケリーのそばにいたのかもしれない。
聞き耳を立てる俺に気付いてたのだろう、レノは何も答えずにただ笑って、「ヤキモチ、妬いてくれるんだったら…嬉しいんだけどな?と」とかティファをからかうだけだった。
「とまぁ、そんな訳で。
これで、ケリーをお前に預けた理由がわかっただろ?」
レノの声が近付いて、振り返ればドアの所に寄り掛かっていた。
「親切でも、何でもない。
…………今日はまだ大したことなかったから良いが…。……もし、こいつが全力で暴れたら…」
「……………『今』は、俺にしか止められない?」
「ああ。
まぁ…そんな何度もはないと思うんだがな。たぶんそろそろ」
「ん…」
レノが彼女の横に移動して覗き込んだとき、彼女が少し動いた。
そのまま、彼女の頬に手を当てたレノは、初めて聞く柔らかな声で「ケリー」と名を呼んだ。
「…………レノ?」
「おはようだぞ、と」
「…私、……ここ?」
「療養所…みたいなもんだ。
ちゃんと治してもらえよ。
俺もまた見に来るからな、と」
これで恋人じゃなければ何なんだ?と思うようなやり取り。
「…………レノは?」
昔、ケリーが心を許して甘えていたのはザックスくらいだったけど、それ以上じゃないのかなと思うような、不安な声でレノを呼んでた。
「ついててやりてぇけど、仕事。
また来る。心配すんな、と。
ここの奴らはみんな強いから、お前、逃げられねぇぞ?
大人しく治るまであいつらの言うこと聞いとけよ、と」
「……レノ…」
「という訳だ。…よろしくな、クラウド、ティファ」
不安そうなケリーに笑って、レノは腰を上げる。俺達に向かって、いつもの調子で彼女のことを改めて頼んだ。
それから、じゃあな、とそのまま窓から出ていった。
もう逃げられない。
彼女の意識は戻ったのだ。
「………ケリー」
椅子から彼女の枕元まで移動して。
以前より、やはり色が薄くなっているような金茶の瞳と向き合った。
それが一度ゆっくりと閉じて、また開く。
「……よろしく、お願いします」
少しの、違和感。
「ケリーさん、私、ティファです。治るまで何でも言ってくださいね!」
「お世話になります」
「クラウドも、貴女の心配してたんですよ!」
「……クラウド、」
「え?知り合いじゃないの?」
誰だろう?不思議そうにするケリーと、それに驚くティファ。
知り合いじゃないのかって?俺に聞かれてもわからない。俺が聞きたいくらいだ。
「………俺…は…、」
口が、動かない。それでも、ジッとこちらを見ているケリー。
何か言わなければと思うけれど。
思い浮かんだ仮定にゾッとして、叫びだしたいのを抑えるだけで精一杯で。
「クラウドよ、クラウド・ストライフ。
クラウドが貴女をレノから預かったの。これでも強いし頼りになるから、安心してね」
「お世話になります」
不思議そうにした瞳のまま、ティファに言ったのと同じ台詞を同じように言った。
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