いろいろ
あの子について聞いてみよう6
コンコン…
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコ
(ふむ。ギルじゃないし、さすがに駄目か。…じゃあ…)
「っぐすっ、…開けてよぅ、…ごめんなさ…っ、ごめんなさいおかぁさぁー…」
「ちょっとぉ!お母さんな訳ないでしょ!ご近所迷惑いい加減にして!」
ガチャ、と勢い良く開いたドアの向こうには、さっきカフェで見たままの、綺麗な人が…大層怒ってらっしゃるご様子で立っていました。
わかったから、とりあえず入って。
少年オズを部屋に入れて、ドアを閉める。
そのまま、ドアに背を預けた彼女は大きな溜め息を吐いて。
「…何よもう、カフェから追って来て…すっかり撒いたと思ってたのに……ほんと、…いい加減にしてよ、オズ……」
俺が見上げた美人なお姉さんの顔は、今にも泣き出しそうにひどく歪んでいた。
「ひさしぶり?だね、ユメ」
「……ほんとに。……会いたくなかったわ」
床に目を落としたままに。
俺に、というのじゃなくて、自分に言ったような一言だった。
ユメが俺に会うつもりがないって、もう俺は知ってたはずなんだけど、やっぱりこうして言葉で聞いてしまうと……痛いなぁ…と感じてしまう。
「…でも、無事で、戻れたこと…本当に良かった…。
貴方の帰りだけが、この10年…私たちの願いだったわ。
だから……ありがとう…」
「…え」
深いグリーンのスカートがふわりと揺れて。ユメの膝が床にぶつかる音がした。
力尽きたとばかり、床にぺたんと座り込んだために、懐かしいネイビーの瞳が…やっと見下ろせる場所に見えた。
「おかえり。オズ」
「……っ、…ただいま」
頑張って、笑って見せたつもりだったんだけど、失敗したのかな。
せっかく見ることが出来たネイビーの瞳を閉じて、顔も手で覆って…すっかり泣き出してしまったユメ。
「もう、ほんと…エイダもギルも…何にも変わらないんだから、困ったもんだよね」
よしよし、と。昔みたいに頭を撫でてみたら、一層涙が止まらなくなったらしい。…そんなとこも、10年前と同じで。
それなら、今だけ許されるかな…と、昔のように頭を抱き締めてみた。
「ずっと我慢するくせに、泣き出したら止まらない癖も…直ってないの?」
うーとか、んーとか文句みたいな呻きを漏らしつつも、いつの間にかユメの手が俺の背中に回っていて。
胸がむずむずするような、嬉しさと気恥ずかしさとかぐちゃぐちゃになった気持ちになった。
この気持ちは、懐かしい…昔のままの気持ちだって。そう思ったら、俺まで涙が出てきてしまった。
結局、二人で泣くだけ泣いてしまい、なんだこれ、と目を真っ赤にしたまま笑うしかない結末で。
座ってて、と彼女がキッチンに消えたので、改めて部屋の中を見回してみた。
一度行った、ギルの部屋に似ている。
とても貴族のお嬢さんの部屋とは思えない、質素な部屋。
小さなテーブルと3脚しかない椅子。ソファと小さなローテーブル、本棚。本。本。本。
部屋にあるものといえばそのくらい。
隣は寝室かな?それともまだ部屋があるのか。
「はい。好みに合うかわからないけど」
「ありがとう。…良い匂い…」
「ハーブティーなの。ホッとするでしょ?」
「うん」
それっきり、会話が途切れてしまって…さて、ここからどうしようかとハーブの香りに包まれながらユメを見た。
たった10年。
いや、10年もあれば…そうだよな。
アッシュグレイの髪は今でも絹糸みたいで、でも昔よりずっと長くなってた。緩く編んでまとめてあるだけだけど、飾りすぎない感じがやっぱりユメらしいままだなぁと思う。
今は赤くなっているものの、ネイビーの瞳は相変わらず綺麗な色だと思ったし、髪と同じグレイの睫毛が瞬く度に、ぱさ、と音でも聞こえてきそうなくらい。
肌も雪のよう。…昔よりもしかしたら白いかな。昔は一緒によく外でも駆け回っていたけれど、きっと今はインドア生活なんじゃなかろうか。
まぁ、化粧も多少はしてるはずだしね。それにしても…
「……………何、……変わったって、言いたいの?」
「うーん、…変わったっていうかさ、……綺麗になったなぁって思って?」
「は!?」
「昔は人形みたいに可愛かったけどさ?黙ってれば」
「一言余計です」
「今は…天使さまみたいに綺麗だよ」
「っ、…黙ってれば、でしょ、どうせ」
「自分で言わないの。せっかく言わないであげたのに〜」
「………」
む。とふて腐れてると、昔の面影が重なって見える。
「綺麗だよ、ユメ」
「っ、………ほんとっ、オズは変わらないわね!」
「お褒めいただき光栄です」
「誉めてるとは言ってないっ」
頬杖ついてそっぽ向いて。でも、耳が赤いよ、また怒りそうだから言わないけど。
「ねぇ、ユメは今、幸せ?」
「…………………それは、大事な質問?」
「うん、俺にとっては」
「…………」
小さな頃も、少し感じていたけど。
やっぱりユメは頭が切れる。
部屋の本の山を見てもわかる。
この10年、彼女はたくさん考えて、考えて、考えて生きてきたんだろうって。
そして、とても真摯だ。
きっと、良い先生なんだと思う。あのエリオットやリーオが認めるくらいなんだ。間違いない。
今も、俺の気持ちにちゃんと向き合って応えようとしてくれてる。
「………幸せに、なれたら良いなと、思っているわ」
「…それはまた、……ひねくれた答えだねぇ」
「素直な答えと言って」
「はいはい。じゃあ…もう1つ。
また会ってくれる?」
「…………。」
ぐ、と黙り込んだあと、今度は睨まれた。
少年相手に睨み付けるなんて、大人気ないんじゃないの?先生?
「私以上にひねくれた子供のくせに…」
あれ?聞こえてないよね?口に出してないはずなんだけど。
「オズの考えてることくらいわかります。昔からね」
「えっ?まさか!」
「バレてないとでも思ってたの?
何かっていうと人馬鹿にして…生温い顔で見てたくせに」
「馬鹿にしてなんか!…可愛いなぁとか、微笑ましいなぁ、とか…今笑ったら怒るだろうな、とか…」
「それを馬鹿にしてるって言うのよ!」
「ええ〜…じゃあ、いっつもぷりぷり怒ってばっかりだったのって…」
「ほとんど筒抜けだったからでしょうね!」
「なんだー、なら言えよなー」
「言ったら何か変わったの?」
「そりゃ、心にしまいこまないで全部素直に口に出せたじゃないか。一言付け加えられたしね」
「一言多いって、誉め言葉じゃないからね?」
「知ってる☆」
「はーーー…。ほんと…思い出より…ずっと最低だわ。
こんなにひねくれ…ねじくれてたなんて…」
「ガッカリした?」
「したわ。…自分にね。」
「自分に…?」
どういうこと?と首を傾げたけれど、その答えは返ってこなかった。
その代わりに返ってきたのは。
「さっきの答え。
ちゃんと答えておくわ。
私は、…私から貴方に会いに行くことはない。
出来れば、もう会いに来ないで。
どこかで会ってしまうことまで拒むつもりはないけれど。私は、もう貴方に会うつもりはない。
今日のことも、ギルに言わないから、オズもそうしてくれたら嬉しい。
今日…貴方に会ったのは夢だと思いたいの」
「……わかった…」
そんなに、会いたくなかった?
そこまで言われて、やっと実感した。
ユメだからって、…甘えてたのは俺の方だ。
「ごめ」
「でも、1つだけ、忘れないで。
私はね、貴方にもう一度会えて…本当に嬉しかった。
私の人生の中で…貴方に初めて会った日の次に、嬉しい瞬間だった」
「………っ、……反則じゃない?
そーゆーのってさ…。
矛盾してるよ。…どっちを信じれば良い訳?」
「矛盾…に見える?
そっか……そうかもね…。
でもね、オズ。…大人って、ずるい生き物でしょう?」
「…むかつく」
「1つくらい、大人らしいところ見せないとね」
「悔しいなぁ」
彼女の温かい気持ちを疑いたくはなかった。
10年の間に何があろうと、ギルはギルだったように、ユメはユメのはずだから。
じゃあ、何でもう会わないなんて言うんだろう。
「送って行きたいけど…どうしたら良いかしら…ギルが半狂乱になってないと良いけど…。
午後はパンドラに行くって言ってたし…大丈夫かな…。車呼ぶから待ってね」
「ねぇ、ユメ」
「なに?」
さっきの、お返しのつもりだったのか。
最後かもしれないって思ったからだったのか。
それとも、また心の声が出てしまったのか。
「好きだよ」
気付いたら、伝えてたんだ。
「っ、…………好きだったわ、オズ」
本当はね、君を幸せにしたかったんだ。
ねぇ、
どうか、幸せになって。
.
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