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いろいろ
忘れない 4


「キッド。博士が、逃亡した」



それを、俺にどうしろと?

まさか彼女に伝えろと?

冗談じゃない。



「そんな!
シュタイン博士は何を考えてるんです!?そんなことをすれば容疑を認めるようなものだ!」

「監視されて動きを制限されたまま疑われるというのは、あいつの性には合わないんだよ。
もし、自分が狂気にのまれても迷惑をかけないようにって思いもあったかもしれないが‥」

「迷惑って!ユメは‥!
彼女はどうなるのですか!?
ずっと博士を待ち望んでいるのに!」

「‥‥だからだよ。きっと。
晴れてここへ戻ってくるために、シュタインは逃亡したんだ」

「じゃあ‥」

「ああ、あいつらなら真犯人を捕まえてくるさ」

「‥あいつらっていうのは?」

「マリーも、シュタインについて行ったよ」








『フランクが彼女と生きることを望んだら‥私は、‥素直に祝福できるか‥自信ない』


本当に、何て言えばいい。










「ユメ、起きているか」

「キッドっ!」

「ど、どうしたんだ!?」

俺が入るなり、寝台から崩れ落ちるように降りた彼女に焦り駆け寄った。

「一体どうした?」

「わか、らない‥」

「何があった?
‥お前、泣いて‥?」

一体いつから泣いていたのか、ユメの目は痛々しく腫れていた。

「冷やさなければならないな」

とにかく彼女を寝台に戻し、座らせて落ち着かせる。
水でハンカチを湿らせて目元に当ててやると小さく「ありがとう」と聞こえた。


「何があった?」

「‥‥フランクの、気配が‥、感じられないの‥!
どうして、急にっ」

「魂の波長を、感じていたのか?」

魂感知能力だとすると相当なレベルだ。
この研究室は魂の波長をほとんどカットするのだから。

「波長じゃないの、恐らく、
‥フランクの狂気。
フランクの狂気が、私に向かってくるのを‥なんとなく感じてた。日増しにそれが強くなっていくのが、怖くて‥でも、嬉しかった」

「‥ユメ」

「でも、‥感じられないの。
突然‥消えてしまった!
教えてキッド!フランクは無事?狂気を、克服しただけ?
無事だよね!?」

「‥‥落ち着いて聞いてくれ。
先日、死武専で殺人が起きたのは話したな」

「うん」

「シュタイン博士には、その容疑がかけられた。
真偽のほどはわからない。
だが、博士は‥逃亡し、デスシティを離れた」

「‥離れ、た?」

「ああ」

「そんな!
フランクは狂気にあてられて苦しんでるのに!
無茶だよ!」

「それと、マリー先生も、
‥‥博士とともに行ったらしい」

目を見開いたユメ。
ショックだろう。
「そっか‥」と呟き、目を伏せて俯いた。

泣く、だろうな。泣かせたくはなかったのだが。

「‥そっか。
よかった‥」

「え?」

「よかった。‥フランクは一人じゃないんだ。それなら、いいの」

顔を上げた彼女の表情は、
穏やかな笑顔だった。

意外だった。


「ユメ、無理して笑うな」

「ううん、無理じゃないよ。
残念ながら、嬉しいの」

「何故だ」

「フランクの狂気の気配が届かなくなった。
狂気の向かう先だった私から離れたってことは、欲望の衝動も小さくなるはずなの。
手が届くところにないんだから。‥だから、離れれば離れるほど私のためにフランクが苦しむことはなくなる。
少しでも、フランクが苦しまずに済むのなら、私はいいの」

「ユメ‥」

「そんな顔しないで、キッド。
マリーさんがそばにいるなら、
きっと心配ない。
‥‥本当は私から離れるべきだったけど、私は勇気がなかったから、フランクを苦しめるってわかっていても、そばにいたかった。
こんな私は、最低だ。
‥だから、フランクの隣に立つ資格なんかない。マリーさんが‥」

「わかった。わかったから。
‥もういい」

衝動で、動いていた。

「キッド?」

「俺がいる。
お前には、俺がついていてやる」

ってぇぇえ!何を言っている俺!
何どさくさに紛れて抱きしめてんだ俺!ありえん!何が衝動だ!

「わわっ悪い!
調子に乗った!」

「調子?」

「えぇい、聞き返すな!
恥ずかしくて死にたくなる!」


キョトンと。本気で理解してないらしいユメに大きく溜息。スピリットさんには近付かないようにまた釘を刺しておかねば。
本当に恨みますよ、博士。
彼女の無防備っぷりには貴方にも責任もある。

貴方を完全に信じ切っている。

それは一途なんて言葉じゃあ足りないほど。盲目的に。



『博士。ユメについて話があります』

『ユメ?ギャハ、ユメね!ユメ!
俺の魔女‥!俺の、俺の、‥ギャハハハ』



俺には、二人のどちらが狂っているのかわからない。
この二人がどうすれば幸せになれるかも。


だが、
俺は二人が再会しない方が良いと思っている。

二人がこのまま離れたまま、気持ちも離れてしまえば良いと。


それが二人のためと
自身に言い聞かせる俺は、非常に滑稽だと思えた。



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