いろいろ 忘れない 3 ユメは寝ていた。 俺は内心ホッとして、このまま起こさないように食事だけ置いて帰ろうかと考える。 彼女の眠る手術台から少し離れた机にトレーを置くと、そばに紅茶が少し残ったティーカップが置いてあった。 きっと昼ご飯の時に飲んでいたのだろう。 俺が選んで持ってきたものだけに、使ってくれているのは素直に嬉しく思う。 やっとこの部屋の中なら自分で歩いて移動出来るまでに回復したユメ。 出来ることなら、事件のことは伝えたくない。 まだ、ユカタという東洋の着物からのぞく彼女の腕には傷が残るというのに。 BJが殺された。 犯人は特定されていない。 ユメの存在はシュタイン博士、俺と父上とスピリットさんしか知らない。 彼女は博士によって指輪で魔力を抑え込まれているし、この部屋からは出られないように俺とスピリットさんで管理している。 彼女に容疑はかからない。 しかし。 容疑はシュタイン博士にかけられた。 このままでは‥。 それを、彼女に伝えたくない。 せっかくここまで癒えたのに。 そう思うのは傲慢だろうか。 「ちょっと様子見てきてくれる?」 綺麗な女性だからスピリットさんには任せられないと、父上が俺をこの研究室に向かわせて。 鍵やトラップなんかを全部ぶっ壊して入ってみたら、ぼろぼろになった彼女が寝かされていた。 そばに落ちていた紙には、『ごめん。もうここには来ない』と書かれていて、それは恐らく正気に戻った時に博士が書き残していったものだと思った。 慌てて手当てをして、目を覚ました彼女は、俺を見るなり『フランクは?』と聞いた。 博士を恐れている声音ではなく、心細い子供が親の居場所を尋ねるような感じに。 信じられなかったが、その時にやっとわかった。 彼女を、俺は見たことがある、と。 あれは夏の夜だった。 街で違和感のある波長を感じて、リズもパティもいなかったが一人でその原因を探っていた。 高級レストランからシュタイン博士が出て来たのを見たのは偶然で、その隣に綺麗な若い女性が一緒にいるのを確認して、明日マカ達に話してやらなきゃと思ったのだが。違和感のある波長はその女性から感じられることがはっきりわかって、俺は博士をつけることにした。 博士は彼女の肩を抱いて歩き、彼女も嬉しそうに博士に顔を向けて会話し、時折笑顔を見せる。 どこからどう見ても、仲の良い恋人同士にしか見えない。 二人が博士の研究所に向かっているのがわかって、俺はちょっと何とも言えない思いになり、これ以上つけるのは諦めようかと迷ったが、もし彼女が魔女で博士が騙されていたとしたら。そう考えて研究所まであとをつけた。 『いいかい、先に入っていなさい。絶対に出てきては駄目だ』 『‥‥はい。でも、』 『俺は大丈夫だから』 そんな会話の後、彼女が研究所に消え、博士は俺の方に声を掛けた。尾行はバレていたのだ。 俺に、博士は彼女は特殊な武器だと説明した。 極秘で研究している自分の研究対象で、父上もそのことは知っている、と。 問題はないから帰りなさい。 有無を言わせない、強い口調で。俺は何も言い返せなかった。 あの時の彼女が、 今俺の目の前で眠っている。 体にはたくさんの傷が残ったまま。 こんなことをされても、博士を許すのか。 あの日の夜、彼女が博士に向けていた笑顔はどこに消えたのだろう。 「‥ん。‥‥‥‥キッド、?」 「すまない。起こしてしまったか」 「‥‥おはよう」 「今は夜だぞ」 夕食は置いてあるからな、と伝えると、もう帰るのかと尋ねられた。 時間はあると答えれば、お茶飲んでいって、と笑顔を見せた。 博士に向ける笑顔とはまた違う笑顔を。 「はい。どうぞ」 「ありがとう」 黒いラインの入ったティーカップ。ユメの白と色違いのカップ。 持って行った日に、彼女が白が自分で黒いのが俺のと決めたのだ。俺の来れないときに代わりに訪れるスピリットさんのは、同じシリーズの黒いマグカップ。コーヒー党だから、と。 白いマグカップが使われるのは、見たことがなかった。 そのマグカップに誰を思っているのかなんて愚問だった。 そんな彼女に、言える訳がない。 彼女のために、博士の潔白を祈った。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |