いろいろ 忘れない 2 痛々しいので注意! ―――――――――― 「‥キッド?」 「悪い。今日は遅くなった。 友人と訓練ついでに手合わせしていてな」 「友人? ソウル君やブラックスター君?」 「知ってるのか?」 「うん。フランクが先生になる前に、補習で研究所に乗り込んできたことがあったから。部屋からはらはらしながら見てた」 「そうか。 良い奴らだぞ、あいつらは」 「フランクもよくそう言ってた」 「ほら、ちゃんと食べろよ。 今日のシチューは美味かった」 「‥‥‥‥うん」 「食べないと治るものも治らないぞ。まだこんなに‥」 言いかけて、しまった、と思った。 繰り返し受けたと思われる暴力の跡。噛み跡や引っ掻き傷、青痣や締められたような跡まで。 全身傷だらけで発見された彼女の傷はまだ癒え始めたばかりで、傷のことを口に出すにはまだ痛々し過ぎた。 「‥‥いただきます!」 静まった空気を破ってスプーンを取った彼女は、懸命にシチューを口へ運ぶ。 自分が回復すれば、傷が癒えれば。きっと博士に会えると信じているから。 この死武専内の博士の研究室で発見された彼女は、ぼろぼろなのに、苦痛に顔を歪めながらも博士の安否をただただ心配していた。 彼を愛しているのだ、と。 そばにいたい、と。 いくら狂気が原因といえ、自分をここまで痛めつけた博士を慕って。 「‥‥ねぇ、キッド。 私、ケーキ二つも食べられない」 「ん?‥ああ、いいんだ。 それは片方俺の分だからな」 「食べてなかったの?」 「一緒に食べようと思ったのだが、迷惑だったか?」 「ううん、嬉しい! お茶、煎れるね」 寝台代わりの手術台から降りるのに手を貸す。 「フラスコとビーカーしかないけど」と苦笑するユメに、次はポットとカップを持ってくることを約束した。 「なぁ、お前は魔女だと言ったな。本当なのか?」 「魔女で、武器よ」 「いまいち腑に落ちないのだが」 「ハーフなの。 お母さんは魔女で、お父さんは死武専出身の武器だった。 私はお父さんが職人だなんて知らなくて、お父さんも何も言わないまま死んじゃったから、調べてくれたのはフランクなんだ。 お父さんは在学中に職人とデスサイズになるために各地を回ってる途中に行方不明になったらしいの。それはきっとお母さんと出会ったからだと思う」 「魔女と愛し合って、職人であることを捨てたのか」 「お母さんは私が生まれてすぐいなくなってしまったけど、お父さんは死ぬまでずっとお母さんを愛してた」 すっ、と彼女が俺に左手を差し出して見せる。 その薬指には、金色に光る指輪が嵌められていた。 「この指輪はね、もともとお父さんが私にくれた指輪を基に、フランクが改良してくれたものなんだ。前のは魂の波長自体を隠すものだったんだけど、これは魔女の波長だけを抑え込んでくれる」 「だから俺もマカも気付かなかったのか」 「そう。これを嵌めてる限り、私は魔女じゃない。魔力も封じられる。ただ、全てを封じられるわけじゃないから、ほんの微かに、例えば頑張ってお湯を沸かすくらいの魔法は使えるんだけど。 そうして私の中の魔女の波長が抑えられたら、純粋な武器としての波長が現れたの」 ほら、と彼女は腕を一部だけ木の枝に変えた。 「‥枝?」 「シンプルには、ね。木製の棒状のものになら短くも長くもなるわ」 「棍か。能力は?」 「職人の魔女化、みたい。 簡単な魔法なら修練すれば使えるようになるみたい。 フランクは炎と風を起こせたし、地面も割った。水は私が苦手な魔法だったからかうまくいかなくて練習中だったけど」 「お前も魔法が使えたんだな」 「魔女だからね。 でも、私は魔女としての教育を受けてないから、魔法をちゃんとは使えないの。なんとなく力を使ったら火が起こせたりしただけだから」 「‥‥この指輪をしている限り、お前は武器なんだな」 「そう」 痩せ細った小さな手を取り、 光る指輪を眺めた。 「‥左手の、薬指か」 「え? あっ違うの! これは、その‥」 「何が違うんだ? 博士が贈った指輪だろう? やはり博士もユメのことを想っていたのではないか?」 自分は博士にとって研究対象でしかなく、自分の片想いだと彼女は言っていた。 「違うの。‥左手の薬指には、魔力があるの。 そこに指輪を嵌めることで、契約や約束の力は強まる。 私の場合、魔女の波長を確実に抑えるためと、この指輪を自分では外せないようにって効力がある」 ほらね。 彼女は指輪を外そうとするが、びくともしない。 「外してみる?」 俺に左手を預けるので、同じように指輪を外そうとするが。 「‥外れんぞ」 「え?嘘、そんなこと‥」 「ほらな?」 「‥‥まさか、フランクじゃないと外せないようになってるの?」 そう呟いた彼女は、指輪を愛しそうに撫でた。 愛のない所有の証で構わないのか。 何故そこまで盲目に博士を愛せるのだ。 俺には、その指輪が博士の独占欲を表しているようにも感じられたが、俺が口を出すことではないように思えて伝えることはしなかった。 2011.05.13. [*前へ][次へ#] [戻る] |