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g.long

身動きというものは、禁じられれば禁じられる程に体はむずむずするものだ。意識しないようにすればその分意識してしまうし。
理性と本能。
思考する動物だからこそ生まれる矛盾。人間て難しい生き物だ、と特に意味もなくただ納得する。
もはや時間の感覚もなくなり必死に睡魔と戦う過程で、ビクリ、右腕が僅かに跳ねた。
右手のカメラの立てた小さな音に冷や水を浴びた気分になった。
‥眠気?――もう遥か彼方だよ。


「(しぃっ、静かに!)」

「(すすすみません山崎さん!)」


っていうか。
こんなの無理に決まってるだろう!




『というわけで。
山崎とターゲットの屋敷の張り込みに同行し組織の証拠を押さえてくるように。決定的瞬間、逃すんじゃねぇぞ』

『あの。土方さん。
「というわけで」と言われましても、何一つ説明も頂いてませんが?しかも、組織って何?証拠を押さえるって何?』

『お前は俺に借りがあるだろ』

『‥‥それは‥そうですが』

『おっ?トシ、どうしたんだ?
このお嬢さんは?カノジョ?』

『違う。冗談だろ。
新入りだ。夢乃、この人が局長の近藤さんだ。ゴリラじゃないから間違うなよ』

『トシ!?』


ゴリラかと思った局長に、人の話を聞かない副長。
新入りってどういうこと?
隊士達は、女の子が入ったって大騒ぎ。
それから、なにかと睨みつけてくる総悟さんとやら。


彼等の巣、もとい本拠地にいたのはたかだか小一時間だというのに溜め息しか出なかった。






「(夢乃さん!あれ、見える?)」

身動きというものを思い出して。身を潜めている天井の板のすき間から覗く。
ちょうど天人の官僚と商人が大金を前にして歓談している。

これが、決定的瞬間、ね。

お主も悪よのぅ、という出来過ぎたシチュエーションだった。








「‥以上です!」

「証拠写真は?」

写真写真、と山崎さんに急かされて写真を土方さんへ出す。
これです。と言おうと思ったけれど、開いた口から出たのは大きな欠伸だけだった。

「少しは恥じらえ。お前、女だろうが」

呆れたように土方さんが指摘する。いくら日が昇ったばかりの早朝とはいえ、その指摘はもっともだ。うん。もっともだと思って反省するよ、普段のあたしなら。

「こんなにも眠かったら恥じらう余裕なんてないです」

「女の片隅にも置けねぇな」

「よく言いますね。
女の子拉致ったあげくに、徹夜の張り込みなんてさせて。一般人ですよ?警備なんかに見付かったら危険だって‥」

「ほぉ。見付かったら危険だってわかった訳だな?」

「馬鹿にしてんですか。
あれだけ警備厳しくて空気ピリピリしてたら誰だってわかります!」

「あーあー、うるせぇよ。朝から騒ぐな。寝起きだから」

「山崎さん。
コレ、あなたの上司ですよね?
可哀相に。同情します。一緒にパワハラで訴えませんか?」

山崎さんは慣れたものらしく、爽やかに「遠慮します。俺まだ人生やり残したこと沢山あるんで」なんて微笑んでたりする。
可哀相に!

「山崎、この煩ぇ女連れてけ」

「はいよ」

やっと帰れる。
長い一日だったとホッとした矢先。

「お前の面倒は山崎に任せた。
何かあればそいつに言え」

え。何のこと?
土方さんってば、嫌だなぁ、まるであたしが本当に新選組に入るみたいなこと言うんだから。

山崎さんに説明という名の救いを求めて視線を送ってみるのだが。

「夢乃さんは俺と同じ監察だから、同僚ってことになるかな。これからよろしくね」


ぱっと見一般的好青年、その一般的爽やかスマイル。ありふれたそれが、時と場合によって非情な爆撃とも感じられるのか、と知った瞬間だった。



すでに精神的に瀕死のあたしに止めを刺したのは、案内された先の「あたしの部屋」になる和室、その中央の畳まれた布団の上に行儀良く畳まれて鎮座する「あたしの制服」らしき黒い上下。


夢、かもしれない。


頭の回転はとうにストップした。フリーズ。
対処法はリセットか。


リセット!

呪文みたいに唱えてから、あたしは朝日を避けるように新しい布団へ潜り込んだ。





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あきゅろす。
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