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夜風の旋律
007:Smile smile
セレナの町から王都まで決して近い距離ではない。
現にこの軍人たちも三日三晩馬を走らせてきたと言う。
薬作りに三日ももらっていたから、彼らが城を出てすでに一週間経ったことになる。

「ここはセレナーデ殿の隣町の隅にある宿です。明日からも同様に森の中や裏道などを通って行くので、王都に着くのはおよそ六日後になります」

レイガが丁寧な口調でセレナに説明していった。

「そう……こうしてこそこそ進むのは刺客に見つからないようにするためだったのね。でもまだ襲われると決まったわけではないんでしょう?」

「はい、あくまで噂ですので。しかし安全に越したことはありません」

「そうね……」

セレナはぼんやりと返した。
この四年間町の外れでひっそり暮らしてきた。
そのせいかいまいち自分の命が狙われいるという実感がない。
平和ぼけしてしまったようだ。
いけないいけないとセレナは軽く頭を振り、会話に集中する。

「それで、具体的にはどうやって行くの?」

その言葉にハギスは懐(ふところ)から大きめの紙を出し、机に広げた。
周辺の詳しい地図だった。

「今後はグルゴン、ティマヤ、ホルド、王都フィセロウアの順に町を抜けていくつもりです。ティマヤまでは隣に繁っている森林の細道を伝い、ホルドは町の裏道を。王都に入れば皇帝の膝元で事件を起こそうとは思わないでしょうから、そのまま大通りに出ます。隊長も、それでよろしいでしょうか?」

「ああ、問題ない。ほかに何かあるか?」

「いえ、特には」

「そうか。……セレナは? 何か言いたいことはあるか?」

「ないわ」

「じゃあ、これで終了だ。明日は朝の八時にはここを出る。解散」

「「はっ!」」

カノンの言葉にハギスとレイガは敬礼をし、椅子を戻して自分たちの部屋に戻っていった。
すぐに沈黙がこの部屋を包み込む。
勿論、この部屋にいるのはセレナとカノンの二人きりだ。

これは今のセレナにとってかなり辛い状況だった。

(き、気まずいわ……)

ちらりと相手を見るのも憚(はばか)られる。
カノンは剣の手入れをし出したが、セレナは特にすることもなく、カバンの中の薬草や薬剤の整理もすぐに終わってしまった。
かといってカノンに話しかける勇気はない。
セレナとて平手打ちをされた相手が自分と友好的に話したいとは思っていないのは、断言できるほど熟知している。
怒ったことに後悔はしていないけれど、さすがにこれはやり過ぎたかもしれない。
そんな思いがセレナの頭の中を駆け回る。
謝ってしまおうか、でもそれは自分の否を認めたことになる。
が、それは平手打ちしたことであって、でもそれは相手の非道な行いが……。
セレナはふるふると頭を振った。

(だめだ、混乱してきた……)

少し頭を冷やして来ようと席を立つ。
部屋のドアを開けた時、いきなり後ろからどこに行くんだと声をかけられ、思わず体がびくついた。

「っ! ちょっと風に当たってくるだけよ。この階のバルコニーにいるから気にしないでいい……」

セレナは振り返り、そう告げようとして言葉を失ってしまった。
ようやくカノンの顔が見れて、今更ながらに気がついた。
カノンの右頬がほんのり赤くなっている。
相反するようにセレナの顔は真っ青に色が引いていった。

「ひ、冷やさなきゃ!!」

「おい、今度はどこに行くんだ?」

慌てたセレナにカノンの言葉は聞こえず、バタバタと風呂場に駆け込んで適当なタオルを引ったくる。
流し台で湿らせてカノンの隣までやってくると、ベチッと顔に張り付けた。

「おっおい。何をする。やめろ」

「ごごごめんなさい。腫れることなんて考えてなくてつい衝動的に! せっかく綺麗な顔なのにっ」

「お、落ち着け。俺は平気だ。そしてもう少しずらせ。息がしづらい」

「ぎゃっ! ごめんなさい!」

顔の七割をふさいでいたタオルを小さく畳んで右頬に当てる。

そこで至近距離でカノンと目が合い、慌ててセレナは俯いた。

(ど、どうしよう……)

一人で慌ててこんな行動をとってしまったが、考えなしの自分が恨めしくなった。
今すぐ離れたいが、セレナの両手はタオルを押さえてる。
自分ではっつけて飛び退くのはあまりに失礼でしょと自分に言い聞かせるも体はジリジリと後退している。
すぐに腕の長さの限界が来るのは目に見えているのだが。

「……頬、腫れてたから冷やそうと思って。……じ、自分で持ってくれないかしら」

勇気を出して何とか言葉を絞(しぼ)り出した。
が、いつまで経っても反応がない。
恐る恐る、ゆっくりと顔を上げて伺ってみれば、こちらを食い入るようにして見ているカノンの姿があった。

「…………………………何よ」

さっきまでの焦燥も忘れ、セレナは思わず眉を顰(ひそ)めた。
じろじろとこちらを見られて別の意味で居心地が悪い。
再び顔を背けたらぽそっとカノンがこぼした。

「……いや、ものすごく挙動不審になって慌てているなあ、と」

「な、何よそれ! 人がせっかく悪いことしたなって謝ろうと思ってたのに! その態度は何なの!? 失礼よっ!」

かあーーっとセレナの顔に熱が帯びる。
恥ずかしいのか怒りなのかは自分でもよくわからないが、自分の顔が今真っ赤であることはわかった。

「セレナが謝る必要は元々ないだろう。はなから非があるのはこちらだ。……それにしても真っ青になったり真っ赤になったり忙しい奴だな」

クスクスとカノンが口元を押さえて笑い出す。

「なっ……」

ひどい物言いに声を上げて怒ろうとして、セレナはそのまま硬直した。
思わずカノンを見つめてしまう。
彼の笑顔が、すごく綺麗だったのだ。
そして自嘲するかのようにセレナも笑い出す。
自分は一体何をやっているのだろう。
勝手に慌てた自分にも、綺麗に笑う隣の青年にも呆れ、緊張の糸が切れたかのように自分の口元にも笑みが零れた。

「別に、隣に頬の腫れた人がいたらこっちが恥ずかしくなりからってだけよ! 痴話喧嘩したみたいじゃない」

「なんだ、セレナは俺と結婚したいのか?」

「どうしてそうなるの!? ホントあなた頭大丈夫!?」

なんだか悔しくてそう負け惜しみを言えば、180度ずれた答えが返ってきた。
セレナは呆れた自分を誤魔化すようにカノンの額にデコピンをお見舞いしてやった。
勿論タオルを押さえていない反対側の手で。

次の日になってようやくあれが初めて見たカノンの笑顔だと気づいた。





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