夜風の旋律
005:Something secret
そしていよいよ3日後の朝、町を出る時間が迫っていた。
「風邪薬、鎮痛剤、解熱剤は多めに用意したし要望があれば売ってもいいけど、他の薬は緊急時以外は触らないこと。いいかしら?」
「はい! 留守番は任せて下さい。セレナ師匠がいない間、きっちり務めさせて頂きます!」
「私の可愛いアリア、頼りにしてるわ。でも無理しないで自分の身を一番に考えるのよ」
「はい!」
セレナは撫でていた手を離すと最後にアリアの頬にキスをして別れを終えた。
皇帝の病状を考えれば早くても3、4ヶ月は戻っては来れないだろう。
アリアを残していかなければならないのは心苦しいが仕方がない。
セレナは一通りの薬と薬草の入ったカバンを使いの一人に渡し、カノンに手を引かれながら用意された馬車に乗り込んだ。
四人全員が乗ったことを確認すると、馬車はゆっくり動き出した。
武装した三人とセレナのカバンのせいで中は多少窮屈で、せめて視界だけでもと窓から外の景色を眺めていたセレナだったが、先程から変わらない景色に違和感を覚える。
いてもたってもいられなくてセレナはカノンの袖を引っ張った。
「ちょっとちょっと、さっきからずっと森の中を走ってない? どうして街に出ないの?」
いくらセレナの家が山のふもとにあるとはいえ、街など歩けば20分程度で着くはず。
馬車で移動しているのに未だ森の中というのはいささかおかしい。
そんなセレナの疑問にカノンはちらりと窓の外を見ると、何て事はないという風に平然と答える。
「ああ、このまま街には出ずに森の中を通ってしばらく進む。別に道を間違えたわけではないから安心しろ」
「でもそれじゃあ遠回りになっちゃうじゃない。急がなくてもいいの?」
皇帝の具合を伺えば決して迂回できるような時間はないはずなのに、そこまでして街を避ける理由がわからない。
「目立ちたくないからな。それに夜はちゃんと街に入って安全な宿を取るつもりだ」
「それは勿論だし、別に馬車って珍しくないと思うんだけど」
「まあな」
「…………」
怪しい、というか何か隠し事をされてるような気がしてならない。
疑わしそうに三人を見るも誰一人として顔を合わせてはくれず、諦めたセレナも視線を再び窓に逸らした。
結局一日景色が変わることはなく、宿に着いた時には星たちが夜空に点々と輝いていた。
+ + +
着いた宿は外見は質素だが、手作り感溢れる内装の数々に、長時間馬車に揺られ疲れていたセレナの口元もほころんだ。
カバンを抱え、キョロキョロしながらカノンの後をついていく。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「四人だ。四人部屋を一つ頼む」
「え、ちょっとここは一人部屋と三人部屋を一つずつでしょ!? 寝る時まで一緒なんか嫌よ!」
さすがのセレナもここは譲れない。
先日会ったばかりの男性の軍人と就寝を同じ部屋なんて無理に決まってる。
というか普通に考えてここは別室だろう。
ところがカノンは首を横に振った。
「だめだ。この状況で一人にするのは危なすぎる。我慢しろ」
「ねえ、危ないってどういうことよ。森の中を通ったのもそういう理由? 私達危険な目に遭うわけ!?」
セレナがそう叫びながら歩み寄ると失言したとばかりにカノンは目を泳がせる。
やはり何かを隠してる。
それを知って黙って見過ごせなんてセレナには無理だ。
「いい加減、正直に話したらどうなの? いつまでも隠し通せるなんて思ってないでしょう」
まばたきもせず、じいっとカノンを睨み付けていたら、恐る恐るといった風に店員が声をかけてきた。
「あ、あの、只今二人部屋しか空室がないんです。いかが致しますか……?」
+ + +
結局、セレナはカノンと同室になった。
「なんで? なんで!? 三人で二人部屋使えばいいじゃない!」
憤慨したセレナは手元にあったクッションをカノンに投げつけるが、さらりとかわされる。
「お前、見かけ通り狂暴だな」
「そこは見かけによらずでしょ! っじゃなくて、私は怒ってるの! あんたと同室にならなきゃいけない理由を説明しなさい!!」
「落ち着け」
「あんたに言われるとますますムカつくわっ!」
もう一つあったクッションも投げつけたが難なくキャッチされた。
セレナは深いため息をつき、座っていたソファーに倒れ込むと腕で顔を覆った。
「もう疲れたわ。あんた達が来てから私は散々よ」
「勝手に騒ぐからだろう。レディらしく大人しくしていればいいものを」
「あなた達が来なければ今頃優雅に紅茶でも飲んでたわ」
それにそんなお淑やかな性格してたら今頃は生きてないわ、と一人心の中で毒づいた。
「わかったわかった。いずれは説明するつもりだったし、今後の予定も兼ねて話し合いを行う。隣部屋のハギスとレイガも呼んでくるから大人しく待ってろ」
起き上がったセレナは喉を潤そうとポットに手を伸ばす。
話し合いもあるなら紅茶でも用意した方がいいだろうとも思ったからだ。
「わかったわ。っていうかあなた、年上に対する礼儀が欠如してるわ完全に。あなた私をなんだと思ってるの?」
「悪いな。似てるんだ、俺の飼ってる愛犬に」
「余計に失礼よ! この皇帝の狗!」
投げる物がもうなくて、苦笑しながら出ていったカノンをドア越しに睨み付けた。
そして完全に遊ばれたと気づき落ち込む。
噛みつく私もいけないんだろうけど、と再びため息をついて四人分のカップに注いでいった。
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