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夜風の旋律
004:Intrigue
紆余曲折がありながら、ようやく入った本題にセレナは驚くことしかできなかった。

「え、ちょっとごめん。もう一回言ってくれないかしら」

「そのセリフは今で四回目だ。そろそろ現実を受け入れてくれ」

「だだって、皇帝陛下がご病気で、専属医師にも治せなくて、あまつさえ陛下が私を呼んでいる!? 信じろって方が無理な話よ!」

セレナの拳がダンッと机を打つ。
いきなりそんな突拍子もないことを言われても頭が追い付くはずがない。
皇帝が病気だなんて話は聞いたこともなかったし、確かまだ先代から王位を引き継いで10年も経っていないはず。年齢も40代と若かったと思ったが。
しかも専属医師にも治せない病気にかかっているとはにわかに信じがたい。
最先端の医療技術が揃っているあの場所でだ。それに。

「どうしてそこで私の名前が出てくるのかしら。陛下に知ってもらえる程有名になった覚えはないんだけど!」

むしろこの町に住んでおおよそ四年、逆にひっそりと暮らしてきたはずだ。
セレナのことを知っているのはこの町の住民くらいだろう。
しかも薬師として知っているかは不明である。
この前、十にも満たない子供に真剣な表情で呪いのやり方を教えてほしいと言われた時には軽く目眩を覚えた程だ。
話が逸れたがつまり、一応は一介の町人であるセレナを皇帝が知っているわけがないのだ。

「知らん。大方誰かが陛下にお前のことを教えたのだろう。それより返事は」

随分と余計なお世話をしてくれた者がいたものである。
しかし王宮にセレナの知り合いがいるはずもなく、疑問は消えなかった。
まあ、今更知り合いがいようといまいとセレナの知ったことではない。
基より結論は決まっているのだ。

「心底拒否するわ。私にだって拒否権はあるでしょう。生憎愛国心は持ち合わせていないもので。陛下のご病気は誰にも他言しないから帰って下さい」

「そうか」

スッパリと言い切ったセレナの言葉は予測していたようで、青年に驚く姿は見られなかった。
そしてなにやら懐から大事そうに一枚の用紙を取り出した。
その紙が何であるか嫌々ながらも予想できたセレナの顔色はみるみるうちに真っ白に引いていく。

「ちょ、それ、もしかして」

「なるほど、察しがいいな。ご病気の陛下直々に筆を取られた大変ありがたい物だぞ」

「間違いなく勅命書じゃないの!! ちょっと、一介の国民呼び出すのに何使ってんの!?」

「これもセレナ殿のことを伝えた者から決して一筋縄では連れて来られないからとアドバイスをもらったらしく」

「ホント誰よそいつ!」

セレナは立ち上がると青年の胸ぐらを掴んで怒りのままに揺さぶった。
こんな理不尽な話があるものか。
勅命書なんぞもらったらセレナに拒否権などあるはずもない。
これは頼みでも何でもなく、皇帝からの命令だ。
当然逆らったら首が飛ぶ。
なぜに診断の拒否で自分が反逆の罪で死なねばならないのか。

「……泣いていいかしら」

「そんなに嬉しいのか」

セレナの拳が青年の頬に直撃したのは言うまでもない。


 + + +


留守にする間のためと持参する薬の調合や薬草集めに3日の猶予をもらった。
しかしはっきり言ってこれらのことを3日で終えるのは至難の技である。
いくら暇をもて余して街をふらつくしか能のない軍人が3人いたところで使えやしない。
頼りになるのは弟子のアリアだけだった。

「アリア、アリア、ごめんなさい。今日は山まで行ってこの紙に書いてある薬草を採ってきてほしいの。できるだけたくさん」

「喜んで行ってきます! っと、かなりの種類ですね、遅くなってしまうかもしれません」

「ああ、勿論暗くなる前に帰ってくるのよ。 ちょっとそこのあなた! 鍋に触らないで! 暇ならアリアの護衛と荷物持ちを引き受けなさい!」

「セレナ、俺はカノン・オブリガートだと名乗ったぞ。カノンと呼べ」

「どうでもいいわ!! いいからアリアを守りなさい! 誰のせいでこんなことになったと思ってるの?!」

「カ、カノン隊長、セレナーデ殿、私達が行って参ります!」

今まで隅で控えていた二人――ハギスとレイガ――が不穏な空気を打開しようと思ったのか、アリアの護衛を名乗り出た。

「まあ、それじゃあ1日よろしくお願いいたします」

「………………」

アリアは笑顔でお礼を言い、セレナとしても嬉しい申し出なのだが、欲を言えばその隊長とやらに行ってほしかった。
薬の調合が珍しいからだろうが今朝からセレナの周りをうろちょろされ、はっきり言ってうざったい。
興味を持たれるのは嫌ではないが質問のオンパレードで、仕上がるまでに倍は疲れる。
いつの間にか呼び名もセレナ殿から呼び捨てになっている始末である。
しかも三人に薬草採りに行かれたら二人っきりになってしまうではないか。

「無理をしなくていいから、なるべく、はやーく帰ってくるのよ」

セレナのその言葉にアリアは大きく頷いた。

「任せて下さい! 必ず全て集め参ります!」

残念ながらセレナの心の声はアリアには伝わらなかったようだ。
完璧主義のアリアのことだからきっと薬草が揃うまで帰ってはこないだろう。
とても大人びて優秀な子なのだが、猪突猛進するところがあるのが強いて言えばの欠点か。

振り返ればカノンは鍋をつついていた。

「セレナセレナ、色が変わってきたぞ」




とりあえず、前途多難である。





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