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夜風の旋律
002:Their mistakes
「それで一体皇帝の狗が何の用なのかしら」

「お前っ!」

セレナが存外な態度で見下した言葉を吐くと、後ろに控えていた二人の内一人がセレナの暴言に食い付いた。
がリーダーであろう好青年に止められる。
どうやらこの手は効かないみたいだとセレナは感情的になりそうな自分を抑えながら冷静にこの状況を把握する。

「私達は薬師のセレナーデという者に用があって来たんだ」

「だからその用とやらは何なのよ」

なぜ皇帝が一介の村人であるセレナのことを知っているのか甚だ疑問だったが、厄介事には間違いない。
セレナにとっては軍人も皇帝もただの疫病神だ。
なんとか皇帝の使いを追い払う方法はないかと頭を巡らしていると青年が真剣な表情で口を開く。

「極めて深刻な内容だ。お見受けしたところ、あなたはセレナーデ殿の弟子と見た。師匠は在宅か? 本人に直接話がしたいので呼んでもらいたいんだ」

「………………」

思わずセレナの顔が引きつった。
しかし真顔で話す青年が嘘をついているようにも見えない。
ええと、これは喜んでいいのかしらとセレナは心の中で首を傾げた。
まさかあなたの目の前にいるのがそのセレナーデ本人ですよなんて口が裂けても言わないが、随分面白い勘違いをしてくれたみたいである。
青年の中にある薬師のイメージがどんな者か気になるが、これを有効に使わない手はない。

「ええ、私は弟子のアリアだけど、師匠は只今外室中なの。いつ帰ってくるのかわからないからお引き取り頂けません?」

「いや、いないなら帰ってくるまで中で待たせてもらう。今日中には帰ってくるのだろう」

「迷惑よ。おそらく師匠もあなた方とは会いたくないと思われるし、帰って下さい」

「俺たちも会えないと困るんでな。弟子に用はない。中に入れろ」

だんだんとムードが険悪になりながらセレナと青年の押し問答が続いた。
青年に諦める気はなさそうだったが、セレナだって譲るわけにはいかない。
中に入れたら終わる。
きっと目当ての薬師に会うまで居座ることはわかっていた。
なにがなんでも入れてやるかと激しくなる言い合いが続いていたが、突然青年がセレナの肩を掴んだ。

「いい加減にしろ、これ以上拒むなら強行手段もやむを得なくなるぞ。俺たちはセレナーデという薬師に会いたいだけだ」

「暴力で解決しようなんて、さすが皇帝の狗だこと。やっぱり師匠に会わせるわけにはいかないわ」

青年が更に強く肩を掴んできたのでセレナもよりいっそう青年を睨みつけた。
しばらく二人の睨み合いが続く。
後ろの二人も心配そうに青年を見ていた。

数分後、セレナは目線を逸らして息を吐いた。
諦めたと判断したのか、青年も手の力を緩める。
セレナが俯きながら口を開いた。

「……わかったわ、師匠に会わせてあげる。でも本当に見せられない物があって家の中には入れないの。私が破門されちゃう。代わりに師匠の居場所を教えるわ、町医者の所よ。一軒しかないからすぐわかるわ。これでいい?」

勿論全部真っ赤な嘘、最終作戦である。
更に忙しくなるであろう町医者には悪いことをしたわと心にもないことを思いながらセレナは不安げな振りをして青年を見上げた。

「……それは本当か?」

青年が疑わしそうな顔で尋ねくる。
あともう一押しだとセレナは内心ほくそ笑みながら表情は真剣さを装う。

「本当よ。それに師匠の客を私が拒むのはおかしいってこれでもわかっているわ。ほら、早く行きなさい。あの人は気まぐれだからいつ消えるかわからないわよ」

だからいつまでも肩に乗せてるその手を離しなさい、とセレナが手で払おうとした時だった。
小柄な何かが突然二人の間に割り込み、そしてセレナが止める間もなくすごい剣幕で青年に向かって怒鳴った。

「軍人の方が一体セレナ師匠に何の用です!! 暴力を奮おうなら許しません!!!」

「……君は?」

「弟子のアリアに決まってます!! セレナ師匠の肩を掴んで、何をするつもりです!? ああ、師匠、セレナ師匠、何もされませんでしたか? お怪我はありま…………セレナ師匠?」

アリアが買い物から帰ってみればセレナの家のドアの前で言い合っている自分の師匠と軍人が見えた。
軍人がセレナの肩を掴み、苦しそうにしているセレナの顔が(アリアには)見えた瞬間、我を忘れてセレナの救出に猛ダッシュした。
そして二人の間に割り込み軍人をセレナから遠ざけた後、心配そうにセレナを見たアリアの目には、頭を押さえて沈んでいるセレナの姿と、後ろからそのセレナを不思議そうに見つめている青年の姿が映っていたのだった。





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