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夜風の旋律
016:Belief
まず最初に感じたのは歓喜、次に安堵、そして最後はやっぱりちょっとした後悔と苛立ちだった。
セレナは思わず叫ぶ。

「こんな近くにティマヤの町があったなんて……! ちょっとカノン! どうしてもっと早く気付かなかったのよ!」

「俺に当たるな」

「だって……これじゃあ何のために野宿したか分からないじゃない!」

「俺に睡眠薬を飲ますためか?」

「……ああ、常識知らずのお坊っちゃまのためだったかも」

「……………………」

「……………………」

どっちもどっち。
さすがにあんなことがあったのでセレナもそのネタで言い返すことは忘れない。
お互いしばらく睨み合っていたが、ふうと溜め息を付いてセレナから視線を外した。
だってようやく町に着いたのだ。
たとえそれが湖から歩いて30分もかからずにあった距離でも。
30分歩けば夕飯が食べられ、シャワーも浴び、ふかふかのベッドで寝ることができたとしても。

「シャワー……」

しかしせめて今すぐシャワーを浴びたかった。
森の中をずっと走っていたのでセレナの体は汗だらけで土まみれ。
べとべとした体が気持ち悪い。
そう、恨めしそうにカノンを見つめればセレナの気持ちが伝わったのかカノンも力なく溜め息を付いた。

「分かった、分かった。今日はまず宿を取る」

「さすが貴族様、話が分かるわ」

「……それは誉めているのか?」

「いいから行きましょ」

カノンを急かし比較的近い、それでも街の隅にあるひっそりした宿に足を運んだ。
宿の女将には胡散臭げにじろじろと見られたが仕方ない。
気味の悪い黒髪黒眼の女に軍服を着、軍帽でろくに顔も見えない男の二人組。
誰が見ても怪しい訳ありの二人だと思われるが、実際追われている訳だし、こういった人気のない宿なら目立たない上、あちらも稼ぐため泊めざるを得ないだろう。
さすがに今回はセレナも二人部屋を取るのに抵抗はしなかった。
それよりも。

「ハギスとレイガは無事かしら……」

部屋に案内され荷物を置くと即行でシャワーを浴びたセレナは髪を拭きながらぽつりと呟く。
自分達を庇って囮になった二人は今頃どうしているだろう。
最悪の事態は考えたくもないが、きっと無傷でいられはしない。
自分にも抗うことのできる力があったのに、都合良く守ってもらおうと甘えたのがこの結果。
セレナは自分の足元を見下ろすように俯いた。
一体これでは最も酷いのは誰なのか。

「大丈夫だろ」

素っ気なく返ってきたカノンの言葉が自分の呟きに対する返事だと理解するのに、セレナは多少の時間を有した。
そして二人の安否を気にもとめていないようなカノンの態度に腹が立つ。
セレナより、ずっと長い付き合いであるだろうに。

「なんでそんなにあっさりしてるのよ! カノンの薄情者」

そう怒鳴りながらカノンの方へ振り返れば、薄紫の澄んだ瞳が自分を見ていた。

「セレナは二人を信じていないのか?」

「それは……」

うっ、と言葉が詰まる。
それとこれとは話が違うと言いたかったが、カノンの鋭い視線に思わず怯んだ。

「そういう訳じゃないけど……」

「俺は二人を信じている。任せろと言った二人の言葉を信じたんだ。たとえ怪我を負ったとしても必ず会える。そう約束したからな。もしかしたらこんな所で足踏みしている俺達より先に城に着いているかもしれないぞ」

「でも……カノンは二人が心配じゃないの?」

そういうことじゃないとカノンは静かに首を振った。

「俺達が心配したって何も始まらない。俺達にできることは何だ。それは二人の安否を気にして狼狽え注意散漫になるより、無事を信じて先に進むことじゃないのか?」

「……そう、だけど……」

納得はできる。
カノンの言っていることは正論だ。
確かに今のセレナにできることは彼らを信じて一刻も早く城に着くこと。
セレナが城に着かなければ、彼らの働きも意味をなくしてしまう。
分かっている。
理性ではちゃんと分かっているが、しかし。
割り切るかのようにあっさりと感情は伴ってはくれないのだ。
よほどセレナが不満そうな顔をしていたのか、カノンの唇が吊り上がった。

「ガキだな」

「うるさいわ! 私の方が三つも年上ってこと忘れないで!」

「中身の話だ」

「……ぐっ…………」

言い返したい。
言い返したいが、それじゃあまるでガキであると認めているようではないか。
落ち着け、自分はカノンより3歳も年上の大人だと言い聞かせ、セレナはバレないくらい小さな深呼吸をついた。

「分かったわ。信じる、私も二人のことを」

今自分ができることを見失ってはいけない。
セレナはにっこり笑ってカノンの腕を引っ張った。

「だから行くわよ」

「……どこにだ?」

「取り敢えず、あなたの格好は悪目立ちしすぎることを自覚しなさい」

そんな一目で近衛隊と分かる黒い軍服を着て、これでは見つけて下さいと言っているようなものだ。
とにかくセレナとカノンでは主に外見が異様すぎて到底街の人に紛れられない。
セレナは早く帽子かフードで髪を隠し、カノンは私服に着替えなければ。
その意を伝えようやく理解したカノンは意外にも乗り気ではなかった。

「着替えなければ駄目か?」

「駄目に決まってるじゃない。別に城に着いたら嫌でも着るんだから何渋ってるのよ」

「もう少し着たい」

「着たいの!? ちょっとちょっと、ここで駄々を捏ねないでよ、私にガキって言ったのはどこの誰だったかしら?」

そう言えば渋々といった風にようやくカノンが重い腰を上げた。
時々セレナはカノンが分からなくなる。
無表情で無感情に見えてセレナをからかってきたりして、冷静な指摘をしたかと思えば突然駄々を捏ね出す。
これはカノンが軍人だからか、もしくは貴族だからなのか。
やはり一般人にはついていけないなと思うも理解する気もさらさらなかったので、渋るカノンを無理矢理引っ張りセレナ達は服を買うため宿を後にした。








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