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夜風の旋律
015:Lonely and fear

「どういうことだ」

「……えーっとですね、とりあえず落ち着きましょう。せっかくの清々しい朝に正座は良くな……」

「何をしたと訊いている」

「……………………知らな」

「それが通用するとでも?」

「…………………………」

木漏れ日が差し込み、時折思い出したように頬を擽る滑らかな風に心癒される間もなく、セレナは正座に耐えていた。
目の前で腕を組み仁王立ちしているカノンの目は据わっていて、心なし怖い。
睡眠薬を飲ませた挙げ句、自分も眠りこけていたという点では反論のしようもないが、どうやらそれは彼が眉を吊り上げている理由ではないらしい。
だとしたら、なぜ。

(どうして私がこんな目に遇わなきゃいけないのよ。治してあげたのに!)

そう、なぜかセレナは尋問に遇っていた。
精神力を磨り減らし魔力を使い果たしてまでカノンの腕を治療してあげたのに、何かが彼の勘に触ったらしい。
先程なら何をしたの一点張り。
そんなの言えないに決まっている。
それくらいは察してほしい。
自分が何かしたと思うなら、ここは何も訊かず一言感謝の意を伝えるのが礼儀というものではないだろうか。
と、セレナもセレナで勝手な理論を練り上げていたが、このままでは一向に終わりが見えないだろうと渋々口を開いた。

「今は……言えないわ。ごめんなさい、もう少し待ってほしいの」

「……もう少しとは?」

「私の心の整理が着くまでかしら。とにかく今は言えないの。あなたもまだ私に隠してることなんてたくさんあるんだろうから、おあいこでしょ?」

そう言えば図星をつかれたようにカノンはぐっと黙った。
少し山賭けのつもりもあったが、効果的に効いたようだ。
まあ、皆誰にも言えない秘密を持ち歩いているものだ。
違いを求めるならそれが自分を守るための閉口か自分以外の誰かを守るための閉口かというだけ。
勿論自分は前者だけど、とセレナは独りごちる。

ようやく解かれた正座にセレナは軽くストレッチも兼ねて自分の体調を確認した。
寝起きにいきなりの尋問でそれどころではなかったのだ。
少し疲労が残っているものの、特に支障はなさそうだった。
魔力も、睡眠をかろうじて取ったからか回復している。
次はカノンの腕だ。

「ちょっと見せて」

「おい!」

どこかに行こうとしていたカノンの腕を強引に引っ張り、確かめる。
外見は傷一つない滑らかな肌が覗き、血行もよい。
叩いたりしてもカノンの顔が怪訝そうに歪むだけだったので本当に完治しているらしい。
昨日は気力もなく確かめられなかったのだが蒼菜はきちんと治療してくれたようだ。

「良かった、ちゃんと治ってるわ」

ほっと息を吐く。
くすんでいた心が少し軽くなった気がした。
どうにも誰かが傷つくのは嫌だ。
自分の所為なら余計に。
でもそれが純粋に相手の怪我を心配しているだけではないことも自覚している。
ふっと小さく唇を歪める。
結局は臆病になっているだけなのだ。
笑えるくらいによく分かる。
しかし嫌われるのが嫌だなんて、そんな小さな子供みたいな感情を自分がカノンに抱くなんて――――

「おい……セレナ?」

呼び掛けに振り返れば未だ怪訝そうな顔したカノンがこちらを見ていた。
少し心配の色も混じっているかもしれない。
ハッと気付く。
自分は今どんな顔をしていただろうか。
セレナは慌てて笑顔を貼り付けた。

「何でもないわ。それより、どこ行こうとしてたの?」

「あ、ああ、辺りを視察した時食べれそうな木の実を見付けたんだ。採ってこようと思ってたのを思い出したんだ、セレナが気持ちよさそうに寝ている間にな」

「悪かったわね、爆睡してて」

無表情ながら皮肉を言ってくるカノンに眉をひそめるも正論故にきつく言い返せない。
渋々自分も手伝うと先行くカノンの後を追う。
確かに昨日の昼から何も食べていない。
食糧は持ち歩いていない上、正直現在地がどこかも分からない。
町沿いの森の中なのは確かだが、追手がいるので動きも制限されるだろう。
ここでセレナはふるふると首を振る。
今後の方針を一人で考えても仕方がない。
今は腹を満たすことと食糧確保に努めればいい。
自分達は一刻も早く城に着かなければならないのだ。
そうだ、自分は必要とされているんだとセレナは何度も自分に言い聞かせた。何度も。

「ほら、あれだ。あとこっちも」

湖から少し歩いたところに木の実の成った二本の樹木が見えた。
近づいてよくよく見ればそれはマキラの実とシナビスの実だった。
シナビスはまだ早いが、マキラはちょうど食べ頃だ。
セレナがひょこひょことマキラの木の根元まで近づいて傷んでいない、熟れた実を吟味していたところ、カノンから声がかかった。

「おーい、セレナはいくつ食べるんだ?」

「ちょ、何してんの!下りてきなさい!!」

ぎょっと声のする方向に振り返れば、あろうことかカノンがシナビスの木によじ登っていた。
しかも彼の両腕には既にその木の実がいつくか埋もれているではないか。

「なっー!! ばか! いいからここまできなさい!!」

結局、次に正座をしたのはやっぱりカノンだった。





「いい? あっちの赤くて卵型の小さな実はマキラの実。固い果実で甘酸っぱいの。ビタミンCが豊富。で、このあなたがぶちぶち採ってきた未熟の白い実がシナビスの実。熟れるともう少し黄色を帯びてきて実も柔らかくなるわ。甘いのよ。ジャムとかケーキによく入ってるわ」

「へえ、セレナは物知りだな」

「常識よ常識! この箱入りお坊っちゃんめ!!」

どうして普段店頭に並ぶ果物を1から説明しなければならないのかとセレナはあからさまなため息をついた。
恐らくカノンは既に加工されたものしか見たことがなかったのだろう。
近衛隊だとしても所詮は貴族の出。
庶民の常識は貴族の非常識だ。
このボンボンがと悪態を付くが採ってしまったものはどうしようもない。

「はあ……今食べても固いし美味しくないし、私のカバンに保存食として入れときましょう。熟れてない分、二三日の間は立派な食料になるから」

確かに保存食としてはいい。
マキラの実ではすぐに腐ってしまうだろうから。
心なし落ち込んでいるカノンにもフォローを入れ、マキラの実の収穫も頼む。

「でもよくこの鬱蒼とした森の中でたった二本しかない木の実を見つけられたわね。お坊っちゃまにしてはすごいじゃない」

「お坊っちゃまは余計だ。まあ、何種類かの動物の群れをたまたま見付けたんだ。もう一匹もいないけどな、なぜか」

「……………………」

マキラの木に登ろうとしていたカノンは返ってこない返事になんとなく振り向いた。
別に気にすることでもなかったが、ただ、なんとなく気になって。
その時の彼女の表情を、自分は忘れることはないだろうとカノンは思う。
彼が生まれて初めて見た、泣きそうな、それでいて穏やかで哀しみを圧し殺したような、静かな笑顔。

「動物の、特に野生は自分の本能に敏感よ。危ういものには近づかない。だから逃げたの」

「どういうことだ?」

「……ごめんなさい」

その謝罪は誰に向けられたどんな意味だと尋ねたかったが、思わずカノンは口を噤(つぐ)む。
彼女の顔があまりにも哀しみに溢れ、苦しそうな表情に彼はそれ以上言及することができなかった。





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