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夜風の旋律
017:Unexpectedness

「それ、なんか変態くさいわ」

「似合うと言え」

結局、いくつかの服屋を回った結果、旅人の服装を装うことにした。
実際王都まで宿屋を転々とするのだから一番怪しまれないだろうということになったのだ。
元々旅人が素性の知れない者だという点は置いておいて。

セレナの今の格好は胸元に刺繍が少しだけ入った薄手の生地の服と動きやすいズボンにブーツ。
そして目立つ髪もすっぽり隠せるようなフード付きの膝丈まである長い薄茶のローブ。
持っていた長めのスカートは全て処分してしまった。
セレナとて外見に無頓着ではなかったから女性らしい服装でいたいのは山々だが、王都に着くまでの我慢だと渋々諦めた。
最も、黒髪の自分に似合う服があまりないけれど。
カノンのように綺麗な金髪だったらと、思ったことはもう数え切れない程だろう。

そして肝心のカノンはというと。

「マスクだけはしないでね」

「お前は俺をなんだと思っているんだ」

睨まれたがどう見ても可笑しいのはカノンの方だ。
軍服を脱いでラフな上着に着替えたのはいい。
それがまた黒の革地で華美でない程の装飾と刺繍がしてあってカノンにとてもよく似合っている。むしろカノンのために作られたんじゃないかと思う程だ。
まあ、元から容貌が良ければ何を着ても似合うのは過言ではないのだけど。

なんというか、それは頂けない。
その、頭全体をすっぽり隠す黒い帽子と黒ぶち丸眼鏡は。

「せっかくの美形が! 私達、仮装はしてないわ!」

「頼むから静かにしろ」

今まで軍帽で隠れていた金糸のような艶やかな金髪が、アメジストのように美しくその輝きを魅せるライラック色の瞳が、ようやく見れると思っていたのに。
人工物でない自然の美しさを知っている分、セレナはカノンの素顔が見れないことに酷く落胆した。

「近衛隊隊長で貴族のカノンが、怪しげな商人みたいな格好して……」

「俺だって好きで着けているわけではない」

「あーあ、きっとカノンの素顔なら街の娘達は奇声をあげながら集って……来られるのもちょっと困るわね。目立ちまくりだわ」

「……セレナは俺が女と戯れてもいいのか」

むっとした表情で言われた。
想像したのだろう。
セレナだって(あり得ないとはいえ)そんなことはされたくないが、端から見ている分には面白そうだと思ってしまう。

「うん? だってカノンそういうの嫌いそうだし。いつも無表情なカノンが困惑する顔が見たいわーなんて」

「薄情者。そんなことになったら周りは女だらけで動けないし、やたらとあちこち触ってくるし、歓声と野次で耳は使い物にならないし、仲間は俺を見捨てるし、挙げ句の果てにどこかに拉致されそうに……」

「わわ、分かったわ、私が悪かったわ! 行きましょう!」

妙に具体的で饒舌なカノンだった。
これは触れてはいけないことだったようだ。
慌ててセレナは哀愁に浸り始めたカノンを引っ張る。

「ほ、ほら、腹ごしらえしましょう! これからまた歩くんだからしっかり栄養は摂らないと!」

「……ああ」

目が虚ろだった。

昨日は朝食以外食べられず、今朝も木の実のみだ。
太陽の位置からして昼はとっくに過ぎている。
思いの外着替えるのに時間を取ってしまったようで、二人共に空腹だ。
それにエネルギーになる炭水化物と脂肪を摂らないと、町二つ分は歩けない。
馬車では目立つということで、セレナ達は歩いて王都まで向かうしかないのだ。
あいにくお金の心配はなかった。
カノンの所持金がいくらかは知らないが、初めて彼が貴族でよかったと安堵したセレナだった。

「あ、あそこなんてどう? 小さくて、でもこざっぱりしてるわ」

「食えればどこでもいい」

「……ああそう」

こいつこんなんじゃ恋人の一人も作れないんじゃ、と心配したのもセレナだった。


そしてその店に入ろうと踵を返した時だった。
ドサッとセレナの目の前に何かの塊が落ちてきた。

「は?」

後ろにいたカノンも慌てたようにセレナを庇ったが、もぞもぞと動き出したその塊は、どう見ても10歳前後の子供だった。

「おいつつつつ」

「ちょっと僕、どっから落ちてきたのよ」

上を見上げても、あるのは店の屋根くらいだ。
まさか、屋根から落ちてきた――?

「ったく! いくら飛び道具がないからってあんな大振りな剣投げることないだろ! びっくりして頭から落ちるとこだったじゃん! おー危ねー!!」

「ぼくー?」

セレナの呼び掛けも軽く無視され、子供は一人ぶつぶつと呟いている。
なんだろう、どうしたらいいのだろうか。
話しかけても反応がなく、扉の目の前にいるから店にも入れず、呆けたように静止しているセレナ達は滑稽だっただろう。

「おい、ガキ」

痺れを切らしたのか、カノンが少し大きめな声で呼んだ。
さすがにこれは子供の耳にも届いたらしい。
ガキという単語に。

「ああ!? 誰がガキかっつーんだよ!! ナメてっと痛い目見っぞ!!」

くわっと凄まれたが、自分達の二回り以上小さい子供に睨まれてもどうしろと。
困ったように子供を見つめていたセレナだったが、今度は子供の方がきょろきょろとセレナとカノンの顔を往復し始めた。
そしてしばらくじっとセレナを見つめ出したと思ったら――

「お姉ちゃぁん!!」

ガバッと抱き付いてきた。

「はあ!?」

「お姉ちゃんどこ行ってたのさ! 僕ずっと探してたんだよ!」

「人違い……ってかさっきと口調が……」

「「「見つけたぞ、このクソガキイイ!!!」」」

今度は何だ。
セレナとカノンが振り向けば、いかにも柄の悪そうな男達が数人、殺気立ってこちらを睨んでいる。
手には大小様々な武器を持って、街の人は悲鳴をあげ逃げ惑う者、騒ぎを聞きつけ集まってくる者と、事がどんどん大きくなっていった。

「お姉ちゃーん! た、助けてぇ……」

「んあ?! お前そのガキの身内か! 殺されたくなかったら黙ってガキを寄越せや!!」

「お姉ちゃーん!!」

「「……………………」」

セレナ達はお互いを見て、セレナに抱き付く子供に視線を落とし、男達を一瞥してからもう一度お互いを見合った。
どちらの目にも色がない。
カノンが渋々腰の剣に手を添えた。

「……3分だ」

「が、頑張って……」

セレナとカノンの盛大なるため息が、大きくこの場に響き渡った。



To be continued……



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