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夜風の旋律
013:Bygone affection
未だ自分の首にしがみついて離れようとしない蒼菜を無理矢理引き剥がすと、セレナはその場に正座させた。
はあ、と再び深いため息をついて見せる。
正直こっちもかなり疲れているのだ。
なんだか大人しかった狭霧が無性に恋しい。

「蒼菜、いい? 7年ぶりで気持ちも分かるんだけど、呼ぶのだから何かしら理由があるの。私の話を聞いて」

『……ごめんなさい、つい』

セレナも正座で、膝の上には漏れなくカノンが吐息を立て締まりも何もなかったが、蒼菜は縮こまるようにして頭を垂れた。
慌ててセレナも頭を下げる。

「ううん、謝らなければならないのは私の方よ。今まで蒼菜を裏切ってごめんなさい」

『いいえ、蒼菜は蒼妃様とセレナ様の幸せが最優先事項ですから。どうかご自分を卑下なさらないで下さい』

「蒼菜っ……!」

ぎゅっと蒼菜を抱き締める。
出会ってからずっと妹のように可愛がっていた蒼菜。
少しドジなところもあるが、それがまた可愛いのだ。
見た目は10代前半の少女なのは今も昔も変わらない。
当時は年の近い妹のようだったが、今ではセレナが成長した分、余計に可愛がりたくなる。

しかしそろそろ本題に入らなければ。
魔力と体力の大量消費でセレナの疲労も最早限界に近かった。

「蒼菜……お願いがあるの」

『分かっております。この方の右腕でしょう』

「そう、できるかしら」

『しかし……』

「私なら大丈夫よ。お願い」

蒼菜が心配するのも分かる。
勿論召喚するのに魔力は必要だが、蒼菜達が力を使うのと並行してセレナの魔力もまた消費されるのだ。
しかし自分に負担がかかるのは重々承知の上。
今すぐにでもカノンの腕を治してあげたかった。
自分の所為だということが更に拍車をかけていた。

『……分かりました。では始めます』

蒼菜がカノンの腕を優しく掴むと同時に淡い光が辺りを包む。
光の中心にある腕はゆっくりとだが爛れた跡が消えていき、確実に治癒していった。
始めは不安だったセレナもちゃんと治癒していく過程を見つめほっと息をつく。
自分の魔力もそろそろ底をつく頃だ。
この状態でカノンの腕が治るかどうかは、少ない力を駆使して行わなければならない蒼菜の力量にかかっていた。

十数分後、セレナ達を覆っていた光が消える頃にはカノンの腕は怪我をする前の綺麗な傷一つない肌に戻っていた。

「ふう……あり、がとう、蒼菜」

カノンの腕がしっかりと治癒し、今まで緊迫していたセレナの気が緩んだのか、途端に襲ってきた目眩に倒れそうになる。
その身体を蒼菜がそっと支えた。

『無理なさらないで下さい。本当ならセレナ様にも癒しの光を与えたいのですが、魔力の消費による疲労では逆効果になってしまいます……。あ、蒼菜はどうすれば!!』

またもや慌て出した蒼菜の手を握り落ち着かせる。
本当に手のかかる子だとセレナは苦笑した。

「私なら大丈夫よ。きっと蒼妃も心配してるだろうから、帰って私の無事を伝えてほしいの、ね?」

もう一度大丈夫と繰り返し、言い聞かせるように蒼菜の顔を覗くが、ぶんぶんと首を振られ目が合わない。

『だ、駄目です! せめて眠って疲れを癒して下さい。蒼菜がここにいますから!』

「でもカノンを眠らせたのは私だから、どちらかが見張りをしないといけないし、それに蒼菜の姿を誰かに見られるのは不味いわ」

蒼菜が人の姿を形取っているとはいえ、肌も髪も服も全て薄い黄緑の人間はいない。
蒼妃譲りの蒼窮の瞳がどんなに美しくても、蒼菜が他人に見られてしまう危険を冒すことはできないのだ。
姿を消すことのできる狭霧なら任せたかもしれないが、彼はもうあちらに帰ってしまった。
魔力もないし、ろくな準備もなく即席の魔方陣と自分の血だけでの強引な召喚はもう限界に近いセレナでは無理だった。

「だから蒼菜、お願い」

『ぐう……じゃ、じゃあこうしましょう! 蒼菜が隠れながらこの辺りの見回りに行ってきます。人影を見付けたらすぐにセレナ様に知らせに戻るので、どうかその間だけでも休んで下さい!』

「で、でも」

『や す ん で く だ さ い !』

「わ、分かったわよ……」

至近距離で眉のつり上がった蒼菜に睨まれ、咄嗟に了承してしまった。
後悔してももう遅い。
蒼菜はセレナの膝からぽいっとカノンを放り投げると(眠っているのに!)今度はセレナを寝かせて自分の膝に彼女の頭を乗せた。

「ちょ、蒼菜?!」

『セレナ様がぐっすり眠るまで蒼菜が見張ってますから。ゆっくりお休みになって下さい』

そう言ってセレナの瞼に自分の手を乗せると、反対の手でセレナの頭を撫でる。

「蒼菜……」

『よく頑張りましたセレナ様。後はこの蒼菜に任せて、どうか良い夢を』

頭を撫でられるのは一体何年ぶりになるだろうとセレナはぼんやりと考えた。
恐らく7年ぶりだ。
当時15歳だったセレナはどうにも子供扱いされているようで嫌いだった。
それが今ではなんと贅沢なことかと思い知る。
頭を撫でる手触りは気持ちよかったが違和感はなく、その心地よさにセレナの意識は混沌の中心へと深く深く沈んでいった。





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