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夜風の旋律
009:"Sorry..."
セレナは泣きそうになるのを懸命に堪えてカノンについていった。
途中までそばにいたレイガとも距離が遠くなっていく。

そうして二人が頑張ってくれたおかげでなんとか敵の輪から抜け出すことはできたのだが、今彼らが零した一人の敵とカノンは対峙していた。
しかし相手との距離はまだ10mほども離れている。
ハギスとレイガの思いを無駄にはしたくないセレナは一生懸命カノンの裾を引っ張って脇道に逸れようと説得しているのだが、聞き耳を持ってはくれなかった。
何をそんな頑固にと困惑するセレナだったが、それも次の瞬間理解した。

武器も持っていない敵の正面に5mはあるかと思われる焔でできた竜が現れたのだ。

「ま、魔術!? どうして!?」

焦るセレナを諭すようにカノンは告げる。
彼は最初から分かっていたようだった。

「ウードは宰相でありながら全魔導隊の総司令長だからな。ウードの計画に共感した私兵といったところか。さがっていろ」

「でも!」

自分を木陰に引っ張るカノンにセレナは精一杯抵抗した。
彼は一人であの炎竜と対峙しようとしているのだ。
しかしカノンの右腕は誰がどう見ても酷い有り様である。
そんな腕でまともに闘えるはずはないし、それに相手は詠唱一つで巨大な炎竜を生み出せるのだ。
相当の手練れに違いない。
そんな相手に立ち向かおうなど無謀すぎる。

「カノン!!」

セレナの叫びもカノンには届かず、セレナを木陰に押しやると剣を構えて走り出した。
カノン、と叫ぶセレナの声だけしか鼓膜を揺らすことがない。

彼の背中を見つめながら、セレナはただただ自分を責めた。
守れとは言ったが、カノンに重症を負わせてまで庇ってほしくはなかった。
そんなのは偽善だなんてよくわかっているし、カノンだって皇帝から指令を受けて守っているにすぎないだろう。
それでも何もしないでいる自分が情けなかった。

これじゃああの時と同じ――そんな言葉がセレナの頭をよぎる。

あの時だって散々後悔したのに、愚かにもまたそれを繰り返すのか。
自分は隠れることしかできず、結局最後に自分の無力を嘆くだけの子供のようなことをいつまでしているのだろう。


彼女の悲痛な叫びがセレナの脳内を駆け巡る。


ハッと気づけばカノンが炎竜に向かって振りかぶる姿が見えた。
強烈な一撃で焔を霧散させるも敵の一声で再び竜の姿に形作るとカノンに襲いかかる。
あんな腕で長期戦に持ち込まれたらカノンに勝ち目はない。

そもそもカノンの怪我はセレナの所為なのだ。
剣士の誇りでもある右腕に、熟練したカノンがそう簡単に致命傷を負うだろうか。

答えは否。

恐らく馬車から脱出する時に作らざるを得なかったのだろう。

――セレナを庇ったが故に。

カノンに甚大な被害を与え、そして今もなおセレナのために無謀な闘いに挑んでいる。
それを木陰で見守る自分のなんと傲慢なことか。



違う違うとセレナは一生懸命首を振る。
自分はただ臆病なだけなのだ。
彼女の言葉を言い訳にして全てから逃げた。
自分の責任から逃れ、今もなお彼女の言葉という温ま湯に浸かって安全な場所で傍観している。
失うことを悔やんだはずなのに、結局は自分が非を受けないようセレナの頭は思考し、体は行動する。

これじゃあダメだ。

(いつまで逃げてれば気が済むの、私は!!)

パシッと自分の頬を叩く。
痛みと共に今まで霞みがかっていた視界が開けたような気がした。
セレナはグッと拳を握る。
必要なのは覚悟だけ。
不安や恐怖などはどうでもいい。

一番重要なのは自分は何をしたいのか、だ。

(私は、カノンを助けたい!!)

殻に籠って悔やむ時間は終わったのだ。
一人でいるといろいろ考え込んでしまうのは自分の悪い癖。
ただ直球に、自分の思うがままに行動すれば、後悔なんてものは存在しない。
悔やんだり、しない。




「ごめんなさい、おばあさま」



それは何に対しての謝罪だったのか。
あの時の無力な自分にか、今まで拒否し続けた弱い自分にか、それとも彼女との約束を破ってしまうことにか。

「それでも――私はもう、後悔なんてしないわ」

セレナは胸元に手を当てて、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
そのままぎゅっと両手を握り、ただ一点を見つめる。

そしてその時吹いた一陣の風と共に、セレナは勢いよくカノンに向かって駆け出した。



誰かがそっと、自分の背中を押してくれるような気がした。





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