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短編集・読み切り



 席を立った、ところで目が覚めた。

 見慣れない薄暗い部屋、シーツに残る情

事の跡、未だに色濃い雄の匂い。

 どうやら彼に体の奥を突かれて幾度目か

の薄くなった精を放ってから気を失ってい

たらしい。

 眠る時でさえ泥のように意識が沈んで夢

など見る間もなく朝を迎えるのに、気を失

って久しぶりに見た夢の中でも働いている

なんて仕事のしすぎかと苦笑いする。

 しかも何度も書きかけた紹介状を自分の

夢の中でさえ書き上げることができなかっ

たというのは滑稽だ。

 彼はいつものようにゴムの中に出したも

のを気絶した私の中に注ぎ直して指で掻き

交ぜたのか、独特のぬめりを体内に感じた。

 軽く頭痛を伴うぼんやりとした頭が起き

上がれるまで回復するには少しばかり時間

がかかった。


 平日は帰宅時間が深夜になることも多い

私の生活サイクルを知った彼は、週末に時

折メールを送ってくるようになった。

 メールの内容は日時と場所だけの本当に

短いもので、こちらの都合を伺うなどとい

った文面すらもなかった。

 それまで平日に片付けきれなかった仕事

を消化するだけで終わっていた休日は、そ

のメール一つで予定を大幅に狂わされるこ

とになる。

 慣れとは恐ろしいもので最近では手荒に

されなければ寝込むこともなくなったが、

最初の頃はホテルから帰ってきてからすぐ

にベッドに向かってしまい仕事の続きをす

ることも出来なかった。

 しかし少しばかり体が慣らされてきたと

はいえ、若者が満足するまで揺さぶられる

と言うのはそれだけで体力を消耗する。

 毎日のように仕事で削られていく体力の

残りを根こそぎもっていかれてしまう。

 そうして回復も追いつかないまま、また

月曜日から仕事が始まるのだ。

 こんな関係は早急に終わらせなければ、

と悲鳴を上げる体に鞭打ちながらいつも考

える。

 そうでなければいつか倒れてしまうだろ

う。

 しかしそれが出来るのならば最初からこ

んなことにはなっていないのだ。


 かすかにシャワーを使う音がする。

 おそらくシャワーを使っているのは彼で、

手を伸ばすとまだシーツに僅かに体温が残

っている。

 短いながら夢まで見ていたとはいえ、気

絶してからまだそんなに長い時間は経って

いないのだと思われた。

 起き上がろうと腕に力を入れると、体の

様々なところが軋んで顔をしかめる。

 酷使され続けた体が休みたいと悲鳴を上

げる。

 それを宥めつつベッドの上を這うように

して動いて、彼が置いたままにしていた鞄

に手を伸ばす。

 他人の荷物を勝手に漁るという罪悪感が

頭を掠めたが、ならばこんな状況をこの先

もずっと甘んじて受け続けるのかと自問す

ると答えは決まった。

 彼は普段から鞄を持ち歩く習慣がないら

しく、通院も制服で来ない時は手ぶらなこ

とが多かった。

 それが今日は鞄を持ってきたから、もし

かしたらという期待があった。

 この中にデータが入っているんじゃない

か。

 データさえなければこんな関係は終わら

せられる。

 いつも途中で書けなくなってしまう紹介

状だって最後まで書き上げることができる

だろう。

 そっと持ち上げた彼の鞄は思った以上に

軽く、いつも鞄を持ち歩かない彼なので中

身も必要最低限なのかもしれない。

 ボディバッグのファスナーを静かに開く

とスマホとキーケースの他には一つしか入

っていなかった。

 薄く冷たいケースを取り出すと、それは

夢の中でも思い出したあのノーラベルのD

VDディスクだった。

 あのディスクだと分かっただけで心臓が

煩いくらいに跳ね上がり、ケースを握る指

先がじっとりと汗をかく。

 他人の持ち物に手を出しているという罪

悪感とともにあの夜の映像が今この手にあ

るという事実がどうしようもなく鼓動を速

めていく。

 あの夜、彼にどんな風に見られていたの

か、このディスクを見れば明らかになるだ

ろう。

 いや、違う。

 録画データを見る為にこんなことをして

いるんじゃない。

 彼の手から録画データを取り上げる為、

ひいてはこの歪な関係を終わらせる為にこ

んな盗人まがいの事をしているのだ。

 とにかくこのディスクさえ無くなってし

まえば…。





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あきゅろす。
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