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悪魔も喘ぐ夜
*


 蛇に睨まれた蛙の如く動けずにいるとゆ

ったりとしたスリッパ音が背後から近づい

てきて、その気配を察した兄貴が顔を上げ

てようやく俺は肺の奥から長く息を吐き出

した。

 長く吐き出す吐息さえ僅かに震えていて

頭の中であの夜だけのことだと割り切ろう

としていた気持ちが揺らいだ。

 朝がくれば兄貴は俺のよく知ってる兄貴

に戻るのだから、俺が怯えるそぶりを見せ

たらいけないと…以前の日常を乱す要因に

俺自身がなっちゃいけないと、そう言い聞

かせていたのに。


「ほらほら、二人共あまりのんびりしてい

 ると遅刻するよ?」


 ぽんっと父さんの掌が肩に乗る。

 ジリジリと神経を摩耗する緊張の糸がふ

っと音もなく途切れた。

 心の中で父さんにお礼を言った直後、家

の電話が鳴り響いた。


「うん?

 誰だろうね、こんな朝早くから」


 俺の肩に手を置いていた父さんが小首を

傾げて歩み寄り、メロディを流し続ける電

話の受話器を持ち上げる。

 確かにこんな朝っぱらから誰かがかけて

くるなんて珍しい。

 そもそも家族全員がそれぞれに携帯端末

をもっているのだから、ほとんどの連絡は

そちらにくるはずだ。

 が、ここで気づいた。

 電話の相手はもしかすると母さんかもし

れない。

 何らかの理由で連絡をしてこられなかっ

た母さんがようやく電話をしてこられたん

じゃないだろうか。

 だとすればこんな早朝なのにも説明がつ

く。


「はい、桐生ですけど。

 えぇ…加我、君?

 あぁ、駆の友達?」

 
 …と思ったのだけど違ったようだ。

 受話器を持ったまま父さんがこちらを見

て、目で“間違いない?”と確かめてくる。

 俺はそれに頷いて父さんに歩み寄り、そ

の手から受話器を受け取った。

 母さんでなかったにしても、こんな朝早

くから電話をかけてくるなんて珍しいと思

う。

 わざわざ家の電話にかけてこなくても俺

の番号もメアドも教えてあるし、現に昨日

の夜だってメールでやりとりしたばかりだ。


「もしもし、加我?

 話したい用件があるなら昨日メールして

 くれればよかったのに」


 受け取った受話器を耳にあてて電話の向

こうへ話しかける。

 受話器の向こうで一瞬フッと笑う様な気

配がした後で、明瞭な声が俺の耳に届いた。


『へー…加我とは仲良うメールしてたん

 や?』


 あまりにも不意打ち過ぎてとっさに返事

できなかったし、それどころか受話器を取

り落してしまいそうになって焦る。


「えっ?えぇっ!?だって…」

『加我やないやろって?

 しゃーないやろ。

 何度も駆の携帯にかけてんのに繋がらん

 し、留守番電話にメッセージ残しても折

 り返してこんし、学校にも出てこーへん

 しやなぁ。

 この電話まで繋がらんかったら、駆の救

 出に突撃するとこやったわぁ』


 “HAHAHA”と電話口のクロードは

わざとらしいほど明るい声で笑うけど、言

葉にならない次元でその怒りを滲みださせ

ている。

 兄貴も麗も説き伏せてちゃんと登校する

から家に帰してくれと言ったのに、連日欠

席した挙句に連絡がつかないとなったらク

ロードだって様々な可能性を考えたのだろ

う。

 だがここで大事なことが一つある。

 携帯の持ち主である俺がそれを知らなか

ったということだ。


「連絡って、え?

 いや、そんな履歴ないんだけど…」


 制服のポケットに入れていた端末を慌て

て取り出して着信履歴を確認する。

 けれどどんなに画面をスクロールしても

クロードの名前は出てこなくて、メールの

受信BOXもここ数日は加賀や高瀬の名前

はあるけどクロードの名前は見当たらない。

 だけどクロードの性格を考えれば嘘を言

っているとは思えないし、こんなに何日も

音信不通のまま放っておいてくれないだろ

うというのは容易に想像できる。





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