三之助+三郎 三郎の趣味ってよくわからない その言葉を過去何度言われたか鉢屋三郎は自分でも最早記憶していなかった 別に女の趣味がどうこうという話ではない 実際三郎の過去の彼女達は美女揃いだった 性格は全員カスだったが(おかげで長続きしない) 例えば服の趣味 三郎にセンスがないわけではない むしろ三郎は自分の見せ方をよく知っていたし、後輩の女の子達から「お洒落な先輩」と言われてるのも知っていた しかし三郎の数少ない友人にはそれはただの奇抜な格好としか映らない 何が奇抜なのか、三郎に言わせればお前等こそ若いのに何でそんな地味な服ばっか着てるのかと言ってやりたいくらいだったが、それをわざわざ口に出す程馬鹿でもなかった 例えば音楽の趣味 三郎はどっちかというと流行の歌手の陳腐なバラードよりマイナーなロックバンドや洋楽が好きだし、登下校時に彼のヘッドフォンを爆音で流れているのもそれ系の曲ばかりだった しかしここでも三郎のお気に入りは友人達に「ウルサい」の一言で一蹴されてしまう 根本的に合わないのだ しかし困ったことに三郎は彼等が嫌いではなかった だから一緒にいるし、彼等以外に特に友達を作る様子もなかった それが楽でもあったし基本的に気分屋で面倒臭がりの三郎にたくさんの友達何て必要ないものだった しかし何か面白くないと思ってるのもまた事実だった 次屋三之助はガラリとした廊下を両足を引きずるようなだらしない形で歩いていた 高校生という肩書きを持って数ヶ月だったが三之助は既に高校生な自分に飽きていた 三之助の想像していた高校というものはもう少し刺激的で楽しいものの筈だった しかし入ってみればそこはあまりに平和で、中学の頃となんら変らないものだった 変ったのは自分の立場だ 今までは最上級生として威張っていられたのが(最も三之助はただの一度も威張っていたつもりはない)いきなり下級生という三学年の中でも一番立場の弱い存在になったものだから面白くないのも当然である 加えて何の因果かクラスメイトの顔ぶれも変わっていない ああ面白くない 心の中で呟いてみても世界が変るわけでもない 三之助は一向に辿り着く気配のない自分の教室を目指してまた足を進める 三之助は視界の端で前から歩いてくる人物を捉えた しかし放課後の学校でそんなことはいちいち珍しくないので特に気に留める必要もない すれ違う瞬間、目の前のそいつの携帯が廊下に爆音で鳴り響いて思わず足を止めた 流れてきた曲は三之助の好きなバンドの曲で実は三之助の携帯の着信音もその曲に設定してあった あんなマイナーバンド知ってる奴がこの学校にいたんだと驚く気持ちもあったが、目の前のそいつは知り合いでも何でもない おまけに青色のスリッパをはいてることからそいつが三年の先輩であることがわかる 生憎三之助は知らない先輩に自ら話掛ける程社交的でも何でもなかった そのまま通り過ぎようとした時また何の偶然だか知らないが先程廊下に鳴り響いていた曲と全く同じものが今度は三之助の携帯から流れ出したのだ 三年の足が止まって此方を振返る、 目が合った お互い目を合わせたまま動かない 妙な沈黙が流れて、先に動いたのは三年の先輩の方だった 軽薄そうな雰囲気のそいつはヘラリと笑って近付いてきた 「3-2鉢屋三郎、お前の名前は?」 その瞬間世界が変わったような気がした 「1-2、次屋三之助。…です」 とってつけたような敬語に三郎は笑った 「初めて会った時から生意気な奴だろうと思ってた」 「そースか…あ、先輩これちょーだい」 「馬鹿お前これお前が思ってるより0一個多いんだからな」 「だからですけど」 「あ?」 仲良くなってみれば三之助は三郎にとって非常に好ましくそして図々しい後輩だった 三郎もまた三之助にとって面白くて刺激的な先輩だった 「つーかさ、お前耳に穴開いてねーのにピアス何か欲しがってどうすんだよ馬鹿なのかよ」 三之助が欲しいと言ったのは三郎の軟骨に嵌っているクラウンのピアスだった 三之助はしばしば三郎の持物を欲しがるのが日課といえるくらいになっていたし、三郎は口では「絶対嫌だね」と言いながら最後には三之助にあげてしまうのが常だった おかげで三郎は三之助に会ってからたくさんのお気に入りをなくしたが、別にそれを惜しいとは思っていなかった 感情の乏しい後輩が三郎の物を手にした瞬間にちょっとだけ嬉しそうに笑う、三郎はその顔が好きだった しかし今回は今までとあげたものと値段の桁が違う しかも三之助の耳に穴は開いていない いくら三郎でもこれを「仕方ないな」とくれてやる程器はデカくない 三郎は本心からの「絶対嫌だね」を口にした しかしこの図々しい後輩はそんなことで引下がる奴じゃないと三郎はわかっていた 「つーか先輩も一個しか穴開いてねーじゃん。てことはもうひとつ付けてない同じピアスがあるはずだろ?それでいーっすよ」 どこまでも上から目線な奴である 案の定言い返してきた三之助に三郎はさて何と言おうかと考えていた 大体ピアスが全部が全部対で売ってるわけないだろう これはこのひとつだけを買ったんだ と言おうとしてやめた 何故かそんな嘘はすぐにバレるような気がしたし、三之助はこのピアスが対でしか売ってないのを知っている気がした じゃあこれだ もうひとつは元カノが持ってる うん中々ありそうな話だ これにしよう しかし三郎の口から出たのは頭で考えていた言葉と全く違うものだった 「お前耳に穴開いてないだろ」 さっき言ったことと全く同じことをまた言ってしまった 何でこんなことを言ってしまったのか三郎自身も謎だった その証拠に発言した後で自分でも驚いた顔をしてしまっていた 「じゃあ先輩が開けて下さい」 待ってましたとばかりに三之助がニヤリと笑った ギィーと嫌な音をたてながら三之助が漕ぐ自転車が坂道を下る 「なー。このチャリヤベーんじゃねーの」 「アンタの体重が重いんじゃないスか」 「アホう、そこらの女子より断然軽いっつの」 そう言い切る三郎に三之助はそれはないだろうと言い返そうとして、しかしやめた 実際三郎は筋肉も肉も付いてない薄っぺらな体型だったし、口ではああ言ったものの、後ろに乗ってるのにあまり体重を感じなかったのも事実だった その三之助の右耳には三郎と同じピアスが嵌っている 三郎はあの後すぐに三之助の耳に穴を開けてやった 勿論ピアッサー何て持ち歩いてるわけなく、安全ピンをライターで炙った適当なもので。 冷やすことも「やるぞ」という予告もしなかった いつの間にか三之助の言う通りになっていたことがただ気に入らなかった その八つ当たりでもある しかし三之助は声もあげなかったし表情も変わらなかった 「お前本当可愛くない後輩だな」 「どーも」 その言葉にまたムカついて安全ピン抜いてすぐにピアスを刺してやった かなり乱暴だったが三郎は三之助の耳が出血しようと化膿しようとどうでもよかった ただピアスの値段分惜しかった 三之助の耳に嵌ったピアスを見て畜生め、と思った ついでにこいつ一ヶ月くらいパシりに使ってやろう、とも思った で、現在進行形でパシりとして家に送らせようとしてるわけだがまたこれが結構大変だった 「右」と言ってるのに左折したり「左」と言ってるのに直進したりする 「喧嘩売ってんのか」 「いえ別に」 しれっとそう答える三之助の耳は赤く血が滲んでいた 三郎は今更だがちょっとばかし大人気なかったなあと思う反面ざまぁみやがれとも思った ついでにからかってやろうと考えた ゆっくりと血の滲む三之助の薄い耳朶に舌を這わせて舐めてやる。そのまま耳元で「消毒」と言って笑ってやった 瞬間、キキーッと自転車がバランスを崩してあろうことかそのままガードレールに突っ込んだ 「ハァー?!何してんのお前!!」 固いアスファルトに投げ出された三郎は怒りを露に三之助に怒鳴った しかし三之助も負けじと声を張り上げた 「アンタがッ…!!」 私がなんだ!と三郎は言おうとした だけど言わなかった いや、言えなかった 生意気な後輩の顔は三郎が見たことないくらい赤く染まっていた 三之助もその続きを言わなかった 二人の間に妙な沈黙が走った 「…何でもないです。すいませんっした」 それを打破ったのは意外にも三之助だった 倒れた自転車を起こしてまた跨がる 三郎もさっきと同じように後ろに乗った 再び沈黙が流れる、次にそれを破ったのは三郎だった いまだ赤いままの三之助の耳を見つめながらポツリと呟く 「…お前童貞?」 「違いますついでに死んで下さい」 自転車は先程より更にひどい音をたてながら夕焼けに染まった道を進んで行った 錆びた車輪は軋んで ―――――――― 一二飛ばして三のお前様に提出させてもらいました。 前次 |