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しぶきり

いい夜だ
直感的にそう思った
月は雲に隠され虫の鳴く声だけがやけに五月蠅く響いていた
思わず漏れた微笑の目撃者もいない
どこか悠然として見える程の足取りでしぶ鬼は暗闇を駆けた

いい夜だと思ったのは何もしぶ鬼一人に限ったことではなかった
今から隠密に人間を殺す予定のある者の殆どがそう思っていた筈だった。

「嫌な感じだなあ」

ポツリと漏らした声は誰の耳に入ることもなく夜の闇に消えた
一方でそう思わない奴がいるのも事実だった

しぶ鬼の考えでは今日の任務の成功率はほぼ100%と言ってもいいくらいだった
現にしぶ鬼はとくに身構えることも策を考えることもせず、まるで散歩に出掛けるような気軽な気持ちで殺す相手がいる城へと向っていた
ただ単純に侮っているわけではなく、例え何が起きても自分なら対処しきれるという絶対の自信があったし、それが過信とは言えないくらい事実しぶ鬼は優秀な忍だった

さて城に侵入しようとしたところでしぶ鬼はピタリと足を止めた。
嫌な感じだ
漠然とそう感じた。ただの勘だ。しかしこれが中々馬鹿に出来ない。ここで漸くしぶ鬼は頭を切り替えた。
いつもより慎重に城内に忍び込み、すぐに行動には移さずゆっくりと様子を伺った。

しぶ鬼が殺す予定の男は城の主、殿と呼ばれる位の奴だった。
ゾワゾワと肌が粟立つのを感じた。まるで背に刃物を突き立てられているような
それくらいおかしな空気だった

気配を完璧に殺して天井裏から殿と呼ばれる男の様子をソッと伺う。
なんてことはないただの愚鈍そうな年寄りだ。こんな奴殺すのに数秒もかからない。
しかしそうはしなかった。否出来なかった。
しぶ鬼は優秀な忍だった。優秀過ぎるくらいの、
だからこそ今動いてはいけないと肌で感じていた
まさにその時音もなく障子が開いた
人の気配なぞ感じなかった
感じれなかった
しぶ鬼にとってありえない事態だった
入ってきたそいつは顔を隠す覆面をするでもなく黒を纏ってるわけでもない。
長い髪を垂らして今からまさに眠りにつこうというくらい軽装な格好だった。
微笑を称えるその顔には見覚えがあった
知らず額に汗が滲む
しぶ鬼は傍観者になることを決め込んだ

「き、貴様何者だ?!」

突然の侵入者に男が焦った様子で立ち上がる
その問いにそいつは答えなかった
ただゆっくりと手を動かした
それだけに見えた
しかしその一瞬の間にこの城の主は絶命した
それを見届けてしぶ鬼は漸く動いた
しぶ鬼の狙っていた人物が死んだのだ
これ以上ここにいる意味はない
程なくして慌ただしい声と共に城の衛兵達が部屋に駆け付けた
そいつ等の首が飛ぶのを目の端に捉えたところでしぶ鬼は城を後にした

どうやって抜け出してきたのか城の外にはしぶ鬼より先に先程自分の的を殺した人物が悠々と立っていた
返り血も浴びてないそいつはとてもじゃないが人を、それも複数を殺してきたようには見えない

「よォ」

しぶ鬼の姿を認めたそいつはまるでいつも顔を合わせている人物にやるみたいに親しげに声をかけてきた
実際しぶ鬼が目の前の人物と顔を合わせたのはひどく久し振りだった
それこそすぐには誰だかわからないくらいに
しぶ鬼の記憶の中の彼の顔はまだ幼く、殺しも知らないような子供だった
それは相手にも言えることだが

「きり丸、お前…随分美人になったな」

しぶ鬼は小さく笑ってそう呟いた
別にからかうために言ったわけではない、本心からの言葉だった
束ねてない髪は僅かな風にもサラサラと揺れて、漆黒の瞳は濡れたみたいに煌めいていた(本当にそう見えた)
妖しいまでに闇に馴染むそいつは困った顔をして何故か「悪かった」と一言呟いた
主語の抜けたその言葉を正しく言い換えれば『お前の仕事を邪魔して悪かった』とそんなところだ
その謝罪の意味を正確に理解したしぶ鬼はしかし不思議に思った
きり丸も他の人間に依頼されての行動なら謝られる筋合はないと思ったのだ
早い者勝ち、弱肉強食、自分達はそういう世界で生きている
しかししぶ鬼はきり丸がそういう事情も踏まえた上で謝罪してくる程優しい奴じゃないと知っていた
つまりしぶ鬼の邪魔をしたのはきり丸の意思でやったことだとそういうことだ

「別に‥ただ、理由によっちゃぁお前と今すぐここで殺し合うことになるぜ?」

しぶ鬼もまた自分の任務を邪魔した相手をみすみす見逃してやる程生優しい奴ではなかった
きり丸は自嘲気味に笑った

「俺もさ結構優しい奴だったらしい。自分にこんな一面があったなんて俺が一番びっくりしてる。仲間だなんて思っちゃいなかった。それがどうしたもんかね、殺されたと聞いた時には身体が勝手に動いてたんだよ」

普通の奴が聞いたら意味がわからない言葉の羅列だった。だけどしぶ鬼はそれで全てを悟った。彼等に張り巡されていた絆という糸が容易くて切られてしまった。自分がもし同じ立場なら同様のことをしてるかもしれないとも思った。
誰が、とは聞かなかった。
聞いても意味のないことのように思えたし、誰がかなんて知りたくなかった

「慰めてやろうか」

自然に口から滑り出た言葉は今のこの雰囲気に似つかわしくない軽い響きだった
思ったことが口から出てしまった
実際何年かぶりにあったきり丸に興味が湧いたのもあれば、単純に寝てみたいと思ったのも事実だった

きり丸は怒るでも呆れるでもなく笑った
薄い唇がゆっくりと弧を描くのを見たときにしぶ鬼はハッキリとこいつが欲しいと思った

「お前ちょっとよろしくない方向に成長したんじゃねェの?」

その言葉は既にしぶ鬼の耳に届いてなかった
さて、どうやってこいつを丸め込むか
そんなことを真剣に考えていた
時間はまだ十分にある
いい夜だ
呆れの滲んだ瞳を見つめながら、しぶ鬼は今度は本心からそう思った









さようなら、僕らは二度と集まれない



















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