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隠し神語り
五番目
こんな冷たいおもてなしなどあるだろうか。

綱吉は地に伏せ、リボーンに踏みつけられながら涙を溜めた。
消しゴムを持って帰らなかったと気付かれ、幼い家庭教師から手荒い施しを受けたわけである。
腹は蹴られるし頭から地面に落とされるし踏んだり蹴ったりだった。

「ボス?大丈夫?」
「あはは…大丈夫───」

ボロボロになりながらも、しゃがんで問い掛けてくれたクロームには大丈夫だと答えた。
実際ものすごく痛いが、いつもの事だしあんまり気にしないで欲しいのが心情だ。

人に心配されるのは、ちょっとこそばゆい。

「クロームがフォローしてくれたから、これぐらいで済んだよ───ありがとう」
「私は…本当の事言っただけ…」

実際にその通りで、クロームが間に入ってくれなければ墓地で一人逆さ吊りであった。
夜通し恐怖に怯えて泣きっぱなしだったに違いないと思うと、クロームが間に入ってくれて助かった。


綱吉は、言い訳をしない。

口裏あわせてもらうというような悪知恵は皆無。

ヘタレで、すぐ人に頼るクセは有るが、自分の非を他人に押し付けたりはしない。

それを知っているからこそ、リボーンはクロームの話を聞きいれてくれたのだ。
そして、綱吉を軽く苛める程度で済ませてくれた。



当然、当本人は全く持ってそんな性格であるとは気付いていないが。



「あの二人が消しゴムか椅子どちらか一つしか持ってき来なかったら、一人で行けよ」
「嫌だよ…─────」

「それは駄目っ!」

リボーンの発言にクロームが声を張り上げた。三叉槍をぎゅっと握り締め、目を見開いた。

「駄目っ!一人で行ったら、あの子供が…!」
「はぁ?どういう事だぁ?」

クロームの台詞を訝しむように獄寺は眉間に皺を寄せる。ポケットに突っ込んでいた手を抜き出して、吹かしていたタバコを摘んだ。

「えっとね、獄寺君───」

さらに言い募っていきそうな獄寺を宥めようと、綱吉は頭を起した。



がらがらがら。



何か転がる音が、遠くから聞こえてきた。

いや、山道を転がり下りてきているようだった。
その音は、間違いなくこちらに向かって来ている。



でも、何が?



がらがらがら。

心臓が跳ねる。
ぞわりと肌があわ立った。
近づいてくる音に、体が恐怖を訴える。

がらがらがら。

森から浮き出されたように地面が露出している出入口。
そこから聞こえてくる奇怪音。
その場にいた誰もが、そちらに視線を釘付けられる。

がらがらがら。



多分、あと数メートル。



がらがらがら。



黒い、何かが見えた。



「ひぃいいっ!」



















「あっれ、雲雀じゃん?」

明るい調子で答えた山本は、森の出入口を指差した。
あろうことか、暴君は綱吉の椅子に座って山道をごろごろ滑走してきたのだ。
椅子に取り付けられている滑車は地面を転がり悲鳴を上げていたが、坂が無くなると力を失ってようやく動きを止めた。

「ただいま、赤ん坊」
「さすがだな、雲雀」

いつの間にか山本の肩に座っているリボーンに話しかけ、小さく笑う雲雀。
暴君が見せる数少ない表情の一つである。

「夜道は危険だけど、並盛山だって僕の庭に過ぎないからね。 出来て当然だよ」



山を『自分の庭』発言したぁ?!



山さえ自分の庭だと言い切った並盛好きな雲雀は、自慢気に笑ってきた。
正にその通りに聞こえてくるのだから恐ろしい。
将来は並盛中学だけでなく、並盛を支配する頭領(ドン)になっているに違いない。
勿論、町長なんて表向きではなく裏側で。

「おい!ヒヨコ!」

雲雀は「何」と一言振り返ってみれば、犬が眉間に皺を寄せて彼を睨み付けている。
ガンを飛ばされた雲雀は肌を刺す殺気に煽られ、嬉々とした表情を浮かべる。

「何? 僕と遊びたいの?」
「誰がてめぇなんかと遊ぶらってんだ!」
「犬…」

くわりと敵意を剥き出し、口を開いた犬を宥めるように、抑揚の無い声が制止を促す。

「黙ってて…」
「なんらとぉ?!」

今度は自分に牙を向け、イヌのような威嚇をする犬に千種はまた溜め息を吐いた。

「骸様は?」
「そうだ! 骸しゃんどうしたんらよ、ヒヨコ!!」
「ヒヨコ…? あの黄色い小鳥のことかい?」
「そうそう。 焼いたら旨そうな─────って違う! お前のことら!」

「わぁあ?! ちょっとぉ!!」

雲雀をびしりと指差し、次の瞬間には飛び掛かる為に足を踏み出す犬だったが、千種に羽交い締められ、綱吉には足に飛びつかれて拘束された。

「なにんすんら、ウサギっ! 放せぇええ!!」

拘束を逃れて暴れようとするが、見た目に合わない剛力で押さえ付ける二人。
下で必死に抑える綱吉を余所に、いつもの無表情を貫く千種が淡々と話を進める。

「骸様は───…一緒じゃなかったの…」
「六道骸かい?」

普段から吊り上がっている鋭い目付きが、更に吊り上がる。瞳を苛立ちに煌めかせると殺気をぶわりと放った。
その溢れ出てくる殺気に身をすくませた綱吉は、犬の足を拘束から抱擁へ変化させた。

「何だきついてんら! 放せ! 気色───」

「悪い!」と続けようとした犬は、綱吉を見下ろしじたばたを止めた。



骸しゃん。

オレ、何で骸しゃんがウサギに優しくするのかよく分かりました。



犬が見下ろした綱吉の表情はそこら辺のガキんちょと変わらない面構え。

但し、猛烈に小動物じみている。

何かしたら、こっちが本当に悪い気分になってくる。
今までさんざん悪業を働いてきたが、これは何だか胸が痛みそうだった。



無駄に完敗した気分になった。



綱吉を見て固まっている犬など目もくれず、苛々している雲雀は淡々と話してくる千種へ殺気を抑える様子なく吐き捨てる。



「六道骸は先に帰ったんじゃないの」



え?



その言葉に綱吉を見下ろしていた犬も、殺気に怯えていた綱吉も、獄寺の中で眠り込んでいるランボを除いた皆が雲雀を見やった。
夏の冷えきった夜風が辺りを駆け抜け木葉を攫う。
更にその風は、森の出入口に吸い込まれるように漆黒へ姿を消した。

「いきなり姿を消したから、てっきり帰ったと思ったよ。 どうやらパイナップルと見間違えて置いてきたかもね」

冗談にも取れない台詞を吐き捨てた雲雀。静寂とした沈黙が続く。
誰もが状況理解のために口を閉ざしているように見えた。
ただ雲雀だけは、森の中でのやりとりを思い出して苛立ちを更に募らせていった。

「人の話は聞かないでぶつぶつ喋りだすし、触るなって言ってるのに僕のトンファー握って離さなかったし、境石の前で消えるし…───何なの、あいつ…!」


さかえ…いし……?



更に膨らみ煮えたぎる苛立ちに雲雀はトンファーを滑り出させる。
それを握り締めればぎらりと光沢を放って標的を手近である小動物、綱吉に絞った。

「沢田綱吉…サンドバッグ

ひぃいい!
こんな時に目ぇ付けられたぁっ!!

募った苛立ちにどす黒いオーラを放つ雲雀。低く放たれたその言葉は雲雀の苛立ちを表すには十分過ぎた。
しかも命令口調が入ってない時は超絶機嫌が悪い証。

やばいよぉっ!
咬み殺されるだけじゃ、済まないよぉ!!


苛立ちメーターが最高値を叩きだした状態の、しかもその標的となってしまった綱吉は声にならない悲鳴を上げる。
後ろで誰かが騒いでいるが綱吉には全く聞こえなかった。

今なら、マジで殺られる。
本当に、明日は無い。1

こうなるくらいなら、墓場で逆さ吊りの方がずっとマシだった……。

先を見越せた恐怖に腰を綱吉は、犬の足を抱き締めている腕に力を込めた瞬間だった。

どすっ!

「ぶっ!」

前から猛攻撃がくると思っていた綱吉は、いきなりやってきた後頭部からの衝撃に耐え切れず、犬の両足を解放して地面に顔を打ち付けた。
その頭の上に馴れた重みを感じ、さすがの綱吉もぴきりと青筋を浮かべた。

「何すんだよ、リボー…───んぶっ!!
「うるせぇな」

リボーンが再び踏み付けると綱吉は涙を溜めて地に伏した。
そう言えば、さっきも同じ事をされたと内心で涙を浮かべる。
リボーンはくるりと踵を返すと、空に顔を向けた。



「おい───どういう事だ」



ぶぅんと藍の靄が収束する。
雲のような固まりが空中に出来上がり、そこから徐々に形をなし始めた。
そして、藍の靄から漆黒のマントが翻る。



「マーモン…何しやがった…?」



現れたのは、ボンゴレ特殊暗殺部隊幹部幻術担当。
リボーンと同じ呪われた赤ん坊。
藍のおしゃぶりを携え、白い蛇をエンジェルリングのように頭上に浮かせている。

「マーモン?! 何で?!」

リボーンに踏みつけられたまま、宙に浮かふマーモンを必死に見上げる。
風も吹いていないのにマントがひらひら翻らせて、マーモンはふん、と鼻に掛けた声で息を吐いた。

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