呪いモノ語り
途中、中休み
授業の途中から参加するように帰って来た綱吉と獄寺。山本は次の授業までの休み時間になるなり、デスクの上でぐったりしている綱吉の元へやってきた。
「ツナ。大丈夫だったか…?」
「うん…大丈夫…」
そう呟いて。
「オレ…暫く漢字見たくない…」
「へ?」
すると綱吉は「だって」と顔を青くする。
「九先輩、『民』って漢字は右を向いた人の形で、更に、その人の目の部分が白くなってしまっている様子を意味してるって…!」
頭を抱えた綱吉は更に抱える。
「しかも『民』の上部分の空白は、白目を表しているって…──あの人、メチャクチャ楽しそうに…!」
ぶるぶると震えている。
思い出しているのだろうか。
「そ、それだけか? 他に…何か、変な呪文とか唱えられなかったか?」
「呪文…? 流石にそれはされなかったけど…どうしたの? 山本?」
「実はさ。西田先輩から九先輩の話を聞いて…」
山本は保健室から連れ出された後、西田から聞かされた斑の噂を伝える。
途中から獄寺も加わって、いつもの三人が固まった。
悪い人間には見えないけど、彼は呪われているとか、関わって怪我人が出ているだとか。それを、西田が真剣な表情で語っていたこと。
その話を聞くなり、綱吉も渋った顔を見せて「実は」とコソコソ耳打ちする。
「え? 並盛神社で迷ったって? 九先輩がか?」
「うん。そこで右目を怪我して、その右目は幽霊が見えるようになったって…あながち、呪われてるのは間違いない。そう言ってた」
綱吉が、ディーノとランボと一緒に迷った事は聞いた。そのせいで入院することになったことも。
帰りたくない人を迷わせたその異界。
最近、並盛で失踪者が出ていたのはそのせいだとか。
その噂が立つと、親父が早く帰ってくるように言っていた。
ちょっと、こそばゆかったな。
「何、笑ってんだ」
「いや。並盛で失踪者が出たら出たで、親父が早く帰ってくるように言ってたなぁって…──あっ」
思い出していると、そう言えばもう一つ注意されたのを思い出した。
毎年この時期にも言われるが…──これまでにないほど真剣な表情で言われていたのをすっかり忘れていた。
「あと、川とか海とか、取り敢えず『水辺には行くな』って言われたぜ。そういやぁ、何でだろ?」
う〜ん、と腕を組むと、獄寺が目を細めた。
「この時期じゃあ、普通のお盆は終わってるし…『珠贈り』だって盆踊りの代わりにやる程度だけど…それの影響?」
「でも、オレは母さんから言われてないなぁ」
「テメェの親父…──水神の話、知ってんじゃねぇのか?」
「え?」
ぎょっとする綱吉の横、獄寺は「大いにあり得る」と机に頬杖をついた。
「昔から並盛に住んでんだろ? なら、知っててもおかしくねぇだろ。つーか…──雲雀みたいな家柄の奴がいるんだぞ? 知らない方がおかしくねぇか?」
「それは…──どうなんだろ? 親父からは聞いたことねぇけど…」
「オレも、母さんから聞いたことはないなぁ…」
綱吉も同様に首を傾げると、獄寺はアッサリと「オレの考え過ぎっすね」と答えた。
「でも、何か心当たりはあるんだろうね。水辺に近づいてほしくない理由」
「聞いてみるか?」
「うん…──」
綱吉は腕を組むと、うん、と一つ頷いた。
「山本のおじさんに聞いてみて良いかな?」
「直接、か?」
「うん」
綱吉は更に「そうだ」と手の平を合わせて叩いた。
「今日、山本部活休みだったよね? 遊びに行っても良いかな?」
「まぁ、良いけど…」
「何か聞けるなら、自分の耳で聞きたいんだ」
綱吉はふいに窓を見た。少しどんよりとしている空を遠い目で。
「いつもは、雲雀さんがいたから頼ってたけど…──」
今は、居ないから。
ぼーっと上の空で、あの薄気味悪くて、見ているとぎゅーっと吐き気を催すようなあの『穴』が、開いている腕を擦っている。
「ツナ。そこ、痒いのか?」
「え?」
「ほら、手」
擦っていた手に指差すと、綱吉は驚いたように腕から手を離した。
「あっ。か、痒いわけじゃないんだけど…何か、自然と手がいってて…」
あはは、と綱吉は頭を掻いた。
まるで何かを誤魔化すように。
しかし綱吉は腕をもう一度見下ろして、それからまた曇天模様の空を見た。
「やっぱり、オレも…求めてるのかな…」
獄寺が「十代目?」と首を傾げた。
「九先輩みたいに…──」
幾重にも重なる黒い雲。
何か、雲雀が居ないことに凹んでいる綱吉の心情でも映しているみたいだ。
ずんずん暗くなって、そのうち雨が降ってくる。
雨が。
雨、ざぁあああああああああ
あああああああああああああ
あああああああああああああ
ああ──…こっちだよ…ああ
あああああああああああああ
あああああああああああああ
あああああああああああああ
脳裏に浮かんだ雨の中の映像がフラッシュバックする。
並盛川の河川敷から見た川に、足を浸からせた少年が立っていた。
聞こえてきた声に、気のせいか懐かしさを覚える。
──…何だ、コレ?
「そんなことありません! 十代目には、オレ達がいます!」
山本は獄寺の声により現実に引き戻され、二人のやり取りを視界におさめた。
首を傾げていた獄寺は顔を歪ませ綱吉の肩を掴んでいる。
綱吉はその気迫に負け、怯んだ様子を見せて謝った。しかし、強張りを見せていた華奢な身体は、意気消沈と共に肩を落とした。
そして、綱吉はふと苦笑いのように小さく笑った。
「あのさ。次の授業、サボらない?」
え、と流石に獄寺と一緒に山本も驚いた。いつもなら、綱吉は絶対に言わないから。
『雲雀が呪われている』という事態は綱吉にとって痛手なのだろうか。
そして、その言葉を待っていたかのように、チャイムが鳴り響いた。
珍しく、時間丁度に教師が入ってきた。
綱吉はその教師を見て、今度は分かりやすく苦笑した。
「ごめん。やっぱり、授業受けよっか…──」
「先公。今から授業サボるわ」
え、と今度は綱吉が驚いた。
すっくと立ち上がった獄寺は綱吉の腕を強引に引っ張る形で歩き出す。
わわ、と慌てる綱吉に、山本もついていく。
少しでも、綱吉の気が晴れるなら。
「オレも休みます」
「おい。山本、お前もか」
「すんませーん」
手をヒラヒラさせて、山本も二人の後を追うように出ていった。
教師の渋々授業を開始する声が教室内に響く。
「何処行きます? 保健室は斑の野郎がいるかもしれないですし」
「何なら屋上行く?」
「それなら…」
綱吉は声を小さく出して。
「応接室に行こう」
しかし、次にはしっかりした声音と瞳で、獄寺と山本にそう告げた。
「そうですね…」
「だな」
頷く獄寺。
山本は笑って頭の後ろで手を組んだ。
「怖い話といえば、やっぱ応接室だよな!」
「怪談話じゃねぇ!」と獄寺に怒られて、山本は笑って謝った。
ちらりと綱吉を見てみると、苦笑はしたものの…──また、顔を暗くしてしまうのだった。
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