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呪いモノ語り
並盛川
 怪奇なことがあれば、いつも訪れたこの応接室。
 その主は、今いない。彼の執務机同然のデスクと椅子は造りもあってどっしりと綱吉達を見据えていた。
 がらんどうの室内は曇りも手伝って薄暗い。電気を点けても暗さが残っている気がした。
 そこで、獄寺と山本に西院島直要が教えてくれた話をした。

 富永正男を父に持つ知識優が知識家。

 西院島直要が元居た家が結解家。

 あの時、西院島は『神谷』とだけ言っていたが、雲雀にあれだけ話せる人間で神谷という人物が何人もいるとは思えない。つまり、神谷忍が神谷家だ。

 そして、その三家を統括するのが雲雀恭弥を一家の主とした雲雀家。

 この四家を合わせて『四家(しけ)』だと言っていたこと。
 四家と呼んでおきながら、あまり交流がないという話もしておいた。

 次に怪異に関係する人間の四つのタイプだ。
 『自発』『連座』『自壊』『無縁』をそれぞれ自分なりの解釈で伝えた。
 西院島の見立てだと綱吉は『自発』『連座』『自壊』の3つを併せ持つスペシャリストだと言われたことも。
 それを聞いて、やはり二人は難しい顔をした。もし理解できなければ、もっと砕いて説明することは出来たがその必要は無かったようだ。

「オレはこの『穴』がある限り、怪異から逃れることは出来ないって言われた…――その見立ては、間違いないってオレ自身でも断言できる。この四タイプで話をするなら、お兄さんの時は『自発』で、この前の商店街は『連座』だった…――」

 雰囲気が重くなる。きっと、ここで雲雀だったらそれが何、と突っ込んでくれただろう。寧ろそれを知ってて連れ回していると爆弾発言をしそうだ。
 しかし、獄寺と山本はあまり関わりあいになって欲しくないと思っているのだろう。それも無理なのだ。自分が逆の立場だってそうだ。あんな怖いモノに関わりあって欲しい人は誰一人としていない…――それは、自ら怪異に遭いに行こうとする雲雀だって含まれているのだ。
 一安心と言えば、六道骸がクラスメイトどころか教師達の脳味噌にも欠片として存在をのこさず黒曜に帰って行ったこと。身体を狙っているとは言ったモノの自分から離れてくれるのは何かと安心だ。だって、異界に連れ込まれても助けを呼ぼうとしやしない。面倒事が増えると言ったら失礼極まりないが、彼は誰よりも仲間を優先する所為で自分のことなど二の次のことが多かったりする。こっちはヒヤヒヤするから止めてほしいが綱吉の周りの人間達は強情で負けず嫌いばかり。でも助けてくれなんて言った暁には何処までもついてくる――雲雀と骸はこなさそうだが――ような良い人ばかりだ。
 オレに関わらないでと言えて。
 それで離れて行ってくれれば、どれだけ気が楽だろうか。

 ――…オレにもっと力があれば…。

 すると、獄寺は「十代目」と綱吉を呼んだ。いつの間にか俯いていた顔をもたげた。綱吉には必ず見せてくれる明るい顔で、どんと拳で胸を叩いた。

「オレは、何処までもついていきます!」
「オレもだぜ、ツナ」

 獄寺の後に続いて、山本も。

「必ず『生きて』、十代目のお傍に仕えますから!」

 さらに立ち上がって宣言した獄寺。
 一度、怪異に遭遇しているせいか…――きっと、彼は綱吉が心配していることを的確に言ってきてくれているのだ。さらにきりっと表情を引き締めて。

「だからオレを置いて行くような事はしないで下さい」
「オレ達、だろ」

 山本がにっこり笑って獄寺の肩を掴んだ。
 獄寺は「ひっこんでろ!」と肩を払い飛ばす。この二人は相変わらずだ、と少し笑みが零れる。

 二人が、友達で良かった。

 そう思うのに…――不安が拭いきれない。
 リボーンが言う超直感が訴えているのだろうか。

『コレからだ』と。

 まだ、何もかも始まったばかりのような気がしてならなかった。


∞∞∞


 学校が終わり、山本の家へ向かうべく校舎を出た一向。
 微かに、何かを燃やしているような香りが鼻をくすぐった。そうだ。この時期になると用務員さんが校舎に落ちた落ち葉をかき集めて焼却炉で燃やしているのだ。
 すると、獄寺もあ、と何かを思いついたように鞄の中を弄った。

「十代目。少々お待ち下さい! すぐ用を済ませて来るんで!」

 そう言って、獄寺はニコニコと笑って踵を返して校舎に戻って行った。

「どうしたんだろうな、獄寺の奴」
「忘れ物かな?」

 立ち止まっていると、数名の生徒から奇異の視線を向けられた。バッジを見てみると、どれも3年A組…――笹川了平と同じ学年であり斑と同じ学年の生徒だ。多分、今朝の一件で呪われたと思い込んでいるのだろう。
 呪うには色々準備が必要だから人と接触しただけで呪われることはないと斑は自信満々で言っていた。呪って欲しいなら努力すると言い出すので全力で断った。
 それから5分程してから、獄寺が戻ってきたので結構暗くなっている並盛商店街へと向う。秋の夜長とは言うモノで日暮れが早い。朝から曇りとあって更に暗さを増していた。
 山本の父親の所を目指して、三人はあまり弾まない会話をしながら、落ち葉だらけの道路を歩いて行った。


∞∞∞


「ただいまー」

 山本が正門を開け、山本は帰宅を果たした。
 続いて綱吉は「お邪魔します」と中へ入って訪問を果たす。
 お、と山本の父親である山本剛が顔を綻ばせた。

「いらっしゃい、ツナ君と獄寺君じゃねぇかい。遊びに来てくれたんだな!」

 上がって上がって、と小気味いい声で突然の押し掛けにもかかわらず剛は迎え入れてくれた。そのお言葉に甘えて奥に入ると客間に案内される。和風の情緒漂う座敷は畳みにちゃぶ台という日本古来の家具で構成されている。さすがにテレビは現代のものだが、何となくほっと一息吐けるこの空間。綱吉はお茶を用意すると言ってくれた剛にお構いなくと返した。

「悪いねぇ。来るなんて聞いてたの忘れてたから、お菓子切らしちまってんだ」
「いえ。今日は突発的に山本の家に行こうって話になって…前もって言ってたわけじゃないんです」

 頭を下げると、そうかい、と剛から帰ってきた。暖簾を払って剛はお盆とお茶を三つ持ってくる。

「実は、親父に聞きたいことがあって来たんだ」
「オレにかい?」

 きょとんとした剛に、綱吉はしっかり頷いた。

「お聞きしたいことがあるんです。用が終わったら、直ぐに帰りますので…」
「良いんだよ。ゆっくりして行きな」

 綱吉がハッキリ告げると、剛は三人にお茶を置いて腰を下ろした。

「それで。話ってなんだい?」
「あの…山本に『水辺には近づくな』って言ってた話なんですけど…――」

 すると、剛は一瞬だけ目を見開いて固まった。それはとてもほんの一瞬だったが、洞察眼が普通より悪い綱吉でも超直感が補ってくれる。「確かに何かある」と思わせるには充分だった。

「オレ達。学校の宿題で地域を題材に何かレポート書いて来いって言われたんすよ。それで、この地域にある『怪談』を調べようって話になったんた」

 と、さりげなく仏頂面で何処か喧嘩売りたそうな面構えの獄寺が、素敵に綺麗なフォローを入れてくれた。
 剛はまた「そうかい」と言って山本をちらりと見た。

 ――…山本に、言いたくないのかな…?

「そうだ、ちょいと待っててな」

 剛は突然立ち上がると台所に入って行った。すぐに戻ってきたその手には千円札が一枚、握られていた。

「おめぇ。コレで菓子買ってこいや。話しておくから」
「おう。分かった」

 千円を受け取った山本がにっと笑って立ち上がった。

「何か、リクエストあっか?」
「それなら、えびせんが食べたい」
「何でも良い」

 獄寺の方が今回は控えめだった。
 山本は千円札を受け取ると「行ってくる」と爽やかに笑って客間を飛び出して行った。
 剛は「行ってこーい」と手を振って見送る姿は本当に仲の良い家庭図だ。
 しかし、山本が完全に出ていったのを確認し終えた剛がこちらに向けたその顔は、少し固い。
 少しの間を置いて、剛は口を開いた。

「ツナ君達には、教えておきてぇ」

 今までとは、うってかわった表情。

「…――水辺に、近づくなって言った理由ですか?」
「あぁ」

 剛は頷いて、綱吉と獄寺をしっかり見据える。

「これは、武が五つの時の、昔の話だ…――」

 静かに語り始める剛の声。ただの耳鳴りが、やけにハッキリ聞こえてきた。


∞∞∞


 最近、行方不明者が続出するなんて不気味な事件ばっかり続いてるだろ?
 そんな折だったんだよ。武が「川で溺れかけた」のは。
 母ちゃんも死んじまって、店が忙しくて。あんまりあいつを見てやれねぇ時期があった。
 でも寂しければ一緒に布団に入れてやることもあったんだ。ただその日の武は「何か怖い」って言って布団に入ってきた。いつもなら「寂しい」だったんだけどよ。多分、雨が強く打ちつけてたからだろうなぁ。それで一緒に寝入っちまったわけだが、突然、仏壇からがたん、と音がしてな。目が覚めたら武が居なかったんだよ。
 最初はトイレかと思ったんだがね、妙に雨の音がうるせぇと思ったんだ。もしかして武の奴が悪戯して窓でも開けたのかと思って音のする方に耳を傾けると、客間や台所じゃなくて、玄関だった。
 結構雨が入ってきていて玄関はびしょ濡れ。まさかと思って下駄箱見たら、あいつのお気に入りの靴がねぇ。出て行ったんだと分かって、ご近所さん叩き起こして大捜索だ。
 まぁ、武が心配でそんなことしちまったけど、家の中をそんなに探してたわけじゃねぇからもう一度家を探し回ってたら、突然電話だ。武が履いて行った靴が片っぽ、商店街の外で見つかったって。商店街出て行っちまったんだって分かって、オレも家を飛び出して行っちまったんだよ。
 見当も無く走り回っててよぉ。だけど見つかりゃしねぇ。
 だけど、ふとな。何となくだ。それだけの理由で、数人引き連れて並盛川に行ったんだ。時折、そこで一緒に遊んでたんだ。もしかしたらと思ってそっち行ったら、もう片っぽの靴も見つかった。それが確信に変わって並盛川に行ったら案の定。寝間着姿でゆっくりとした足取りで、川に入って行こうとしてんだ。
 並盛橋の向こう側の河川敷だったけど、何度大声で呼んでも聞こえてねぇみたいにずんずん歩いて行く。そりゃ大急ぎで橋渡ってオレも河川敷に降りた。
 そん時は川も増水してて勢いが強かったんだが…着実にゆっくりと入って行くし、もう腰まで浸かってた。追いかけて川に入ったわけだが、足腰鍛えてるオレでも厳しいのにガキの武が普通に入って行くなんて変だと思いながらも、必死になって引き上げたんだ。
 雨に打たれたせいで身体が冷え切って、その後は病院だ。
 でもあいつ。おかしな事に『寝てたから覚えてねぇ』って言うんだ。あんな雨に打ちつけられて、川ん中入って行ったのによぉ。それから思い出したように『母さんが呼んでくれた』って。怖い顔で『そっち行っちゃ駄目だ』って。
 夢遊病とか言う病気じゃねぇかとか検査したけど、どこも悪い所はねぇ。
 まぁ、数日で退院出来たけどよ…――その年の珠贈りでは必死にお願いしたなぁ。
 武をそんなに早く母ちゃんの所に行かせないでくれって。
 それからだな。いつもは盆だけだったけど、月命日と、正月。母ちゃんの墓に顔出すようになったのは。
 ははは。いざって時は、母ちゃんの方が頼りになんだよ、うちは。
 オジサンはネタ切って握って。上手い寿司を作るしか出来ねぇんだ。
 ホント…――参っちまうなぁ…。

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あきゅろす。
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