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小説『Li...nk』
4...
 夜。外で虫たちの歌声が響く中、まだユギン村にいた。
 客用の寝間着を着たリィは部屋に入ってくるなりげんなりしながらベッドに腰を下ろしている。
 一方、彼女が座っているベッドの横にあるもう一つのベッドで同じく客用の寝間着を着ているレイシャンは、窓の縁に腕を置き、虫の音だけが響く暗闇の世界を覗いていた。
 言うまでもなく部屋は男女別れているが、今、ゼノン、アリスはそれぞれ別行動をしていて部屋には居ない。そんな中、衝撃的な真実を知ってしまい、一人で居られないリィはレイシャンのいる部屋に来たというわけだった。
「ラインと人間のハーフ……か」
 レイシャンはおそらくこの島で作られただろう木製のベッド、そして大陸から持ってこられたに違いないだろう布団に横たわりながら、ぼそりと小さく呟く。
 静かな世界にはその声は大きすぎるものであり、リィが返答するには十分なものだった。
「人間って酷いね」
 彼女は枕を抱きしめながら呟く。
「ラインもね」
 すぐに言い返すレイシャン。
「……皆、ジェナもフォアスも和国の人達もこの真実を知ってるのかな?」
「多分……知らない」
 またもやレイシャンの即答。
 ラインに知能が人並み、もしくはそれ以上あり、その上人間と同じ言葉を話す。
 それさえ分かれば見つけ次第殺そうなどとは死ぬほど憎まない限り思わない。
 少なからずフォアス帝国の軍隊は猛獣狩りのような感覚でラインと闘っているはずである。
「知ったら何かが変わるかな?」
「分からない。言っても信じてもらえないと思うし、信じたとしても逆に危険視されるかもしれない」
 リィの言う通りだった。ラインが人並みの知能があるならば、その強さと知能を活かせば国を、ジェナ・リースト共和国や和国、フォアス帝国ですらも簡単に滅ぼすことができるかもしれない。
 半ば絶望感に苛まれながら、仰向けから俯せに変わり、枕に顔を埋める。
 枕は少し埃臭かった。それもそのはず、こんなところに来客なんて来るはずもないため予備の布団などあるわけがない。これはおそらく来客用などではなく、古くなったものか、この島を去った住民のものか……。それだったらこの寝巻きも。
 多少申し訳なく思いながらもそのまま目を閉じる。
 今夜は寝れそうにない。
 その時、ふと違和感を覚えた。レイシャンは何かを忘れていた。何とも言えぬ気持ち悪さが体全体へと染み渡る。
 眉間にシワを寄せながら顔を上げる。
 その表情にリィは「どうしたの?」と言わんばかりに訝し気に彼を見つめる。
「……何でラインは人間を襲うんだ?」
「え?」
 リィは思わず間抜けな声を出してしまう。
「だって知能も人間並……もしかしたらそれ以上あるならそんな野獣みたいに無差別に人を襲ったりしないだろ?」
「確かに言われてみれば……」
 リィは、むう、と唸り視線を斜め下に移す。
 するとぎしりと床が微かに動く音がした。
 顔を上げてみると立ち上がっているレイシャンがいる。
「ヴァレンさんに聞いてみる!」
 そういって閉じられたドアを開けて物凄い勢いで階段を駆け降りていく。
 待って、と引き止める前に彼は行ってしまった。
 この時間帯に凄い迷惑なことをするなぁ、とリィは溜め息をつきながら頭を掻くと、彼女も立ち上がり彼を追う。

***

 アリスは外で一人、ヴァレンの木製の家にもたれ掛かり夜空を見上げていた。
 彼女の頭上にある窓からは光が漏れていて、話声が聞こえる。
 ライン。それは人間にとっては害を与える存在。放置していては危険。それ故に排除される。それがたとえ人間と同じように感情や知識、知恵を持っていたとしても。
 それなのにこの家の中にいる少年少女は恐れず、他の人間みたく排除しようと考えず、ヴァレンの話しかり、真剣に考えていた。それはアリスにとっては全くの想定外だった。
 ふ、と音を漏らす。それが溜め息か笑みなのか彼女自身わからない。
「……こんな時間に何をしてるんだ?」
 突如、隣から声がした。
 振り向いてみると、ゼノンがいた。
 それも睨むような目つきで。それも左手は鞘に手を掛け、右手は鞘から抜かれた剣をアリスの喉元に突き付けるかのように向けて。
 アリスのいる場所は別段明かりがなく、見えない場所ではない。それどころかヴァレンの家の玄関付近にある篝火のおかげで少なくとも誰かは判別できるはずである。
 警戒心が剥き出されている彼に思わずこちらも構えてしまう。
 しかし、それは一瞬のこと。直ぐに構えを解いて手を後ろに組む。
「別になんでもありませんよ? ……って言っても、あなたには余計に警戒心を募らせるだけでしょうけど」
 一歩、また一歩とゼノンのもとへ近づく。彼の剣先は微動だにしない。
 おそらく彼は最悪アリスを殺す気でいる。そしておそらく、彼は人を殺したことがあるのだろう。人を殺したことのないレイシャンやリィには到底出来ない芸当だと思い、そしてゼノンの自分に対する不信にくすりと笑う。
 今まで微動だにしなかった彼がようやく一瞬だが眉を動かした。
 アリスは文字通り剣と目と鼻の先の距離まで近づいた。
 そしてまた一歩。
 剣先は彼女の喉についているかついていないかの状態。ゼノンが少しでも剣を押し込めばそれは彼女の首の皮膚を突き破り瞬く間にその命を奪いさるだろう。
 ゼノンは一度大きく息を吸い、そして吐く。
「……俺はレイシャンやリィちゃんと違ってもともとはお前の友達でもなんでもないからな」
 彼は剣を突き付けたまま、冷たく言い放った。
「あなたの言う通り、始めから警戒心を持たないほうがおかしいです。さあ、斬るならどうぞ」
「まだ何をしていたかを聞いていない」
 睨みつけながらぴしゃりと言葉を放つ。
 つまりそれは理由を聞かない限りは斬らないということ。アリスは今までラインということだけで敵意を剥き出し、殺しにかかってくる人間を嫌というほど見てきた。
 それと比べれば彼はまだ、甘い。
 アリスは彼の甘さに嘲笑い、剣先を掴む。
 剣先を通じて彼の緊張が更に引き締まったことが手を取るように分かった。
「なに、私はここでレイシャン君とリィちゃんの会話を聞いていただけですよ。……まあ、あなたの疑い通り、私はこの場であなたたちを殺そうと思ってたことには変わりませんがね」
 彼が剣を握る力を強めた。
「私は昔、人間とライン両種族から嫌われるハーフの子たち、その両親たちをつれてここに逃げ、この村をヴァレンさんとともに作り、そして守っていました。……人間とラインとの共生を目指してたんです」
 ゼノンの沈黙。突き付けられた剣は今だ下ろされることもなく、彼自身も目を反らすこともなく、しかとアリスを見ている。
「でも、そう簡単に思っていたようにいくわけがないんですよね。ヴァレンさんの言っていたように人間による仕打ちを見ていくと共生なんてできないって信じ込むようになってしまった」
「だからラインとして、ラインの平和を守るために人間を滅ぼすような行動をした……か。でもあの二人の姿を見て考えを変えてもう一度頑張ってみようかと思ったのか?」
 剣を鞘に納める。彼女に対して警戒を完全に解いたという感じではなかったが今の二人にとってはそれだけで十分だった。
 ゼノンはそのままアリスに背を向けて歩きだす。足を止めた先は村長の家の前に備えられている篝火。
 火は煌々と光を生み出し、月を助けている。
「……俺は、ラインが憎い。ラインによって全てを奪われたからだ。両親、兄弟、財産、友達……そして祖国」
 光を求める虫は次々と篝火に群がり、火に飲み込まれてその小さな命を散らしていく。
「ゼノンさん、あなたはまさか――」
「そうだ、ラインに滅ぼされたランディール王国の人間の一人だ」
「っ!」
 それを聞いた瞬間、アリスは拳を強く握り締め俯いた。
「……そんな顔するな。ただ、そんな俺もこの村に来て、あいつらを見ていて少し揺らいでてね。少し分からなくなってる……」
 暫くの無言。
 すると突如、肩にひやりとした感触が伝わる。一時おいて肩だけではなく、頭や手、様々なところに冷たい感触。
「……雨か」
 ゼノンは呟く。夏の全盛期を越したとはいえ、まだ暑いこの時期にとってはこの冷たさは心地好いものだった。
「……雨ですね。風邪を引かないように、私たちも部屋に戻りますか」
「そうだな」
 そう言ってゼノンが踵を変えようとしたその時、目の前の景色が動いた感じがして、動きを止める。
「……アリスちゃん」
「……えぇ、私も不覚をとりました。この気配に気づかないなんて……」

***


 下に降りてみると、深夜にも関わらず、ヴァレンは椅子に座り、静かに本を読んでいた。慌ただしく降りてきて、なおかつ突拍子もない質問をぶつけられ、ヴァレンは苦笑いをして答えた。
「すまないね、私たちもただ昔から人間が悪いやつだと教えられてきただけだから詳しいことは分からないんだ」
「そうですか……」

期待する回答を得られず落胆する二人。そんな中、まだ話には続きがあると言わんばかりにヴァレンは大きな咳払いをする。そのあからさまな咳払いに二人は少し驚いた表情で彼を見る。
「ただ教えることが必ずしも全て真実じゃないはずだ。きっと何かしらの誇張する尾鰭がついている」

その言葉に怪訝そうに首を傾げる。二人のその反応を見てヴァレンは優しく笑みを浮かべ、口を開く。

「悪く言えばその尾鰭を鵜呑みにして信じている人が多いけど、裏を返せばそれを疑い、人間をさほど悪く思わない人もいるってことだよ。……そう、真実と事実では全然違うんだ」

その言葉に二人の表情に笑顔が戻る。今までラインは全て人間を敵視し襲うものと認識していたため、ヴァレンのその一言によってその考えが崩れ、リィとレイシャンは二人、嬉しそうに手を取り、見つめ合い、そして確信した。

「それなら、人間とラインは仲良くできるんじゃない?」
「うん! ……でも、俺達に何ができるかな?」
「あたしたちだけじゃ無理があるから、取り敢えず信頼できる人達にこれを伝えること……かな。フォアス帝国軍総司令官のサネルおじさん。南部司令官のココさん。そしてライン研究者のフィリスおばさん。それとあと――」

人間とラインの共存についてあれこれと策を練る彼らをよそに、一人ヴァレンはその様子を見て誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「私たちはもう夢も希望も捨ててこの村に隠れ住んでいたが、君達を見ていたらもう一度夢を見たくなってしまったよ。ありがとう、リィさん、レイシャン君」

この島に来て新たな希望を見つけた二人は素晴らしい夜を明かそうとしていた……

しかし、そんな甘い時間はすぐに崩されることとなった。

外で起こっている木が裂ける音と悲鳴によって。

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