小説『Li...nk』 3... スカイサイクルに乗って空を走る。 今回は珍しくラインと遭遇せず、ただひたすら青い空と白い雲が流れていく。ラインがいなくて安心しているのか野鳥の数も多く感じられた。 雲や野鳥を抜かしていき、住めるほどもない小島に見向きもせずにスカイサイクルを走らせる。 「なるほど、今から行く場所にリィちゃんのお兄さんが来る、つまりは束縛された魂が来る予定なんですね」 アリスは先頭を走るゼノンのスカイサイクルに乗りながらいう。 リュウジとの一戦後、リィとレイシャンは急いで家に戻り、中で待機しているゼノンとアリスに伝えたのだった。 もう少しゆっくりしていく予定であったがセイルが来るということもあり、急いで目的地に向かうことにしたのである。 「成る程、あの場所も気付かれたんですねぇ……」 アリスは小さくそう呟くと、いきなりゼノンの肩を叩き、彼の耳元で何かを囁いた。 すると同時に彼のスカイサイクルが停止する。 リィは何事かと思い、自分のスカイサイクルに急停止をかけてアリスを見る。すると、アリスは後ろ――リィとレイシャンを見て人差し指を下に向ける。 下にあるのはさほど大きくない島。島の三分の一が森で占められているくらいで、上空から見て人らしい人も見えず、家すらも見当たらない。 降りてみると尚更、住む場所が見当たらない。 「どんなに探しても見つかりませんよ、レイシャン君。彼等は森の奥で生活してるんですから」 アリスは笑いながらそう先言うと、自らを先頭に、森の中へと入いっていく。 森の中でスカイサイクルを走らすことができないため、そのまま置き去りにすることになった。 森。ここにもラインがいないとは限らない。レイシャンたちは各々の武器をいつでも使えるように構えながら森の中を歩く。 中は入り組んでいて、本当にこのような場所で生活できるのかと疑念を持たせる。それでもアリスの言葉を信じて小一時間、奥へ進み続けると、急に木々の数が減り、ぽっかりと開いた空間に出た。そしてその空間には所々に家が建ち並んでいる。 上を見上げる。この隙間を埋めるかのように周りの木々の葉や枝が空を埋め尽くしているため、太陽の光は木漏れ日程度しか入ってきていない。 通りでスカイサイクルに乗って上空から見ても集落が見えないわけだ、と半ば感心しながらレイシャンは村を見回す。 家々はこの島で造ったのか、木造建築ばかり。おそらくはこの島にあるもので調達したのだろう。 そして村の外には誰も見えず、家の明かりすらついていなく、静まり返っていた。 「すごいな……。まさか本当に人が住んでいるなんてな」 ゼノンは驚きの眼差しで辺りを見回している。 そこには畑もちらほら見えて生活感が見える。 「皆寝てるのかな?」 レイシャンはリィに訊ねると彼女は即座に首を振った。 「さすがに真っ昼間にそれは無いでしょ。とにかく立ち止まっててもなんだし、訪ねてみようよ」 そう言って彼女は左側見える一番近い家に向かって歩き始める。 家に着いたが当たり前と言えば当たり前だが、ベルも何も付いていない。 しょうがなく、木製の扉をノックをしようとリィは手を伸ばそうとする。 「リィちゃん! 危ない!」 すると突如アリスが大声を上げ、脇にいるリィを押し倒す。 直後、リィの足もとでトトト、と軽快なリズムを刻みながら何かが刺さる。 「ひっ……」 彼女はおもわず声を漏らした。 リィの足もとにあったのは、矢。しかも一本ではなく五本。 このままアリスが気付かずにいたらおそらくはこの地面に深々と突き刺さっている五本の矢はリィの足を貫き、たちまち彼女の足を使えないものにしていただろう。 「そのまま動くなよ? 動いたら撃つからな」 どこからともなく声が聞こえてくる敵意が剥き出された野太い声。 暫くして集落の奥にある物見櫓から、眼帯をした、がたいの良い中年の男が顔を出し、ボウガンをレイシャンたち四人に向けて威嚇しながら櫓を降り、そしてこちらに向かってくる。 「お前ら、こんな所に何しに来た? ガキの冒険ごっこでいっていい距離じゃないぞ」 男はボウガンをレイシャンたちの目の前にチラつかせて不躾に訊ねてきた。 その問い掛けに何か言い足そうに一歩前に出たリィだが、アリスの手で制止される。 リィの代わりにアリスが男の前に進み出た。 がたいの良いその男と、比較的小柄なアリスが並ぶと凄まじい身長差が生まれたが、彼女と顔を合わせた瞬間、仏頂面の男の表情がわずかに変わったのが見えた。 「お前は……!」 「村長さんにお会いできますか?」 一歩、アリスが前に進むと、同じように一歩、男は後ろに後ずさる。 「……爺やの家はここから一番奥の家だ」 何か言いた気な面持ちで男は淡々と答えると、ボウガンを下ろして逃げるように家に戻って行った。 ついでにリィが一番最初に訪ねようとしていた家こそがこの男の家だった。 「言い忘れてた、ありがとアリス。それにしてもびっくりした……」 男が去るのを確認するとリィはホッと胸を撫で下ろして振り返る。 「……とにかく、さっきのおっさんが言ってた村長の家に行ってみようぜ。またさっきのおっさんみたいに不審者と勘違いされたら命がいくつあっても足らないからな」 今度はゼノンが先頭をきり、先程の男が教えてくれた村長の家に足を進める。 村長の家と思われる家は他の家と変わらず木製の質素な家だった。無論先程の男の家と同じようにベルはない。 ドアを叩く。 警戒されているのか暫くの沈黙の末にドアが開いた。 先程の男のようにボウガンやらで攻撃されたらどうしよう、そんなことを考えながら中の住人が出てくるのを待つ。 しかし、一同の予想とは裏腹に現れたのは自分達とさほど変わらないだろう年齢の少女。リィと同じくらいの髪の長さで、唯一の違いはその髪が漆黒だいうところくらい。 「あら、アリスちゃん。久しぶりね。こんな辺鄙なところに何の用かしら?」 「ヴァレンさんと話がしたくて来ました」 「義父さんに……?」 少女は訝し気な表情をあらわにして首を傾げる。 それにしても、どうやら彼女も先程の男と同様にアリスとは面識があるようだ。 アリスはここで一体何をしていたのだろうかと思うのと同時、壮年から初老に近づいていそうな男が、殆ど見知らぬ者たちに父と会わせてよいのだろうかと戸惑っている目の前にいる少女に、家の奥から現れて少女の肩を優しく叩いた。 「アリスちゃんか、久しぶりだね。わざわざこんなところまで私に会いに来てくれるとは……。まあ、せっかく来てくれたんだ。玄関で立ち話もなんだし中でゆっくりと話そうか」 そう言うとヴァレンは部屋の奥に入っていく。後に続いて少女、そしてレイシャンたち一行も部屋に入る。 部屋の中も外装と同じように木製が中心だった。ちらほらとそれ以外の家具などが目に入る。 それ以外。それは木製以外のもので到底この島で作れそうにないもの。大陸の国から持ち寄ったものだろうか。 そんな中、ヴァレンは木製の椅子に座り、若干白みがかった髭を撫でる。 「私はこのユギン村を纏めているヴァレン・クルード。そして横にいるのは娘のセリア。よろしく」 ヴァレンは自己紹介をして頭を下げるのでこちらも頭を下げる。 「あたしたちは――」 リィは彼と面識の無いレイシャン、ゼノン、そして自己紹介をして再び会釈をする。 「よろしく。リィさん、レイシャン君、ゼノン君。それにしてもこの村に入った時は大変だっただろう?」 ヴァレンは苦笑しながら言った。 「あれは驚いたよ、本当に。凄い歓迎を受けたよ」 分かっていたなら助けてくれたっていい、そう言いた気にゼノンは皮肉を交えて彼に訊ねる。 「本当に申し訳ない。それにしても……君達は何も知らないでここに来たのかい?」 ヴァレンは驚きと、おそらくは疑いの眼差しで三人を見る。そして一息してその視線はリィの隣にいるアリスに向けられる。 「……アリスちゃんは皆に何も教えて無いんだね」 別に責め立てるような言い方ではなく、静かに尋ねるヴァレン。 彼の言葉に、アリスは無言で首を縦に振る。 ふう、と村長の大きな溜め息。 暫しの沈黙。 ヴァレン村長は彼らを見ずにずっと目を合わせないでいる。 見ず知らずの彼らに、おそらく大事なことを軽々しく話すことに抵抗があるのだろう。 一度視線がアリスに向けられる。 彼女は瞳を閉じて頭を下げる。 それを見た彼は小さく微笑みを零す。 「……私たちはね、ラインと人間のハーフなんだ」 どきりと心臓が跳ねたように感じた。 驚きのあまりレイシャンを始めとする他の二人も同じような表情で彼の言葉を疑っていた。 ただ一人、真実を知っているだろうアリスだけが無表情でいた。 「信じられないと思うだろうがね」 ヴァレンは苦笑いをしながら付け足した。 「ただの怪物じゃないことはベルギオスって吸血鬼とアリスちゃんのことで分かっていたが……。おっさん、ラインって一体何なんだ?」 ぶっきらぼうにゼノンは尋ねる。質問と言うより、それはむしろ尋問に近い雰囲気を漂わせている。 「ラインは怪物だよ。ただ獣ではない。人間の言葉を話し、同じくらいの高度な知能を持つ。人間の姿になった時は構造上人間と変わらない。血管や骨、臓器から生殖器まで、ね」 自虐の言葉を吐きながら彼は笑ってみせる。 それは辛そう、というより慣れ、言い換えれば諦めのように見えた。 「ラインの本当の姿は人間じゃないんだ。半分が人間で半分がラインの我々は姿も中途半端。だから普通の人間の姿を維持するのには莫大な力が必要になるんだ」 彼はそのまま一息つき、再び話しを続ける。 「まだ純粋で無垢な子供がそんな力を持つわけがなく、隠すことも出来ず、自分がラインと人間のハーフという事をさらけ出す。何も知らない人間社会では怪物と罵られ陰湿な虐めや奴隷以下の扱いを受けるのは当然、殺そうとする人間まで現れた」 「そん――」 リィの言葉をヴァレンによって遮られる。 「それだけじゃない。ラインからは人間との交わりをもった面汚しとして人間が私たちにしてきたことと同じような扱いをされた。……セリア、腕を見せておやり」 セリアは一瞬見せることに抵抗を感じたが、ヴァレンの強い瞳に負け、小さく頷き、袖を捲る。 彼女の腕には目を背けたくなるほどの痛々しい刀傷や火傷の痕、痣が刻まれていた。 傷痕は今でも紫色に染まっており、おそらくそれはこれから一生消えないものだろう。 腕でこんなに悲惨な傷。おそらくは服の中はそれと同じくらいか、それ以上の傷があると思うと身体が震える。 傷の酷さからくる視覚的な恐怖よりも異質なものを排斥しようとする人間の恐ろしさに。 「学校の生徒や先生、近所に住んでいる人々から虐められた跡も入っているんだ」 ヴァレンさんは静かに、そして悲しそうに呟く。 「そんな……。だからこんな所に……」 彼の側で控えているセリアも頷く。 「……ところで、この村は人間とラインのハーフだけなんですか?」 レイシャンの質問にヴァレンは苦笑いをしながら首を振る。 「いや、普通の人間もいれば普通のラインもいるよ。けど圧倒的にハーフの方が多いけどね。さっき君達を襲った男は普通の人間だよ」 「……そうなんですか」 するとヴァレンさんは急に表情を明るくして立ち上がる。 「暗い話をしてすまないね。今日はこれくらいにして、二人とも今日はここに泊まるつもりかな? 泊まるなら私の家の二階の部屋が空いているから使うといい。セリア、一応寝床の準備をして差し上げなさい」 彼がセリアさんに声を掛けると彼女は頷き、急いで二階に駆け上がっていった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |