小説『Li...nk』 10... 「レイ、急に黙ってどうし……」 空を見上げたまま動かなくなったレイシャンを不思議に思って、彼が見ているものを見る。 すると、彼同様にリィも言葉を失った。 二人の目に映ったのは、スカイサイクルに乗った武装した無数の集団。 その集団の先頭にいるリーダーらしき女性が何か言い手を挙げると、率いていた集団は列を乱さずに引き返していった。 一方、残ったリーダーらしき人は、スカイサイクルを地面に着け、降りてこちらに向かってくる。 彼女は胸当てや小手など、最小限に軽量化した防具を身に付けていて、腰には鞘に収まった剣を吊るしている。それもただの剣ではなく、いかにも高級そうな鞘や柄、武器に関して全くの無知である二人でも一目で分かる代物である。 「大きなラインが暴れていると通報を受けて来ましたが……どうやら、もう大丈夫なようですね。今までの経緯をお訊きしてもよろしいでしょうか?」 その女性は丁寧に尋ねると、レイシャンは気まずそうな表情で指で頬を掻き、助けを求めるようにリィを見る。その質問に到底上手く答えれそうにない彼を冷ややかな目で一瞥すると、リィは事細かに説明をしだした。 彼女の数分間に渡る無駄のない説明を聞いて、その女性はにこりと優しく微笑み、軽く頭を下げる。 その頭の下げ方、動作の一つ一つに気品があり、威厳がある。 「なるほど、これは貴方たちがしてくれたのですね。南部司令官として感謝いたします。……では、私は忙しい身ですので、そろそろおいとまさせていただきますね」 そう言って軽く会釈をすると、背を向けて早足で去っていく。 しかし、南部司令官という単語に反応したレイシャンは、肘で横にいるリィをつつく。 彼女はそんなことは分かってると言わんばかりに半ば鬱陶しそう彼の肘を払い、今まさにスカイサイクルに乗った南部司令官に声をかけた。 彼女は怪訝そうに首を傾げると、機体から降りて再び二人の方へと向かってくる。 「あの、お姉さんは南部の司令官なんですよね?」 「えぇ、そうですが……それがどうかいたしましたか?」 怪しむようではなく、にこやかに訊ねる南部司令官に、心の底から良い人と思わせられた。 それと同時に彼女は「あ」と何か思い付いたように声を漏らして実に嬉しそうに尋ねた。 「貴方たちがサネルが言っていたリィさんとレイシャン君ですね? 私はココ・パトリシアといいます。先ほど言いましたようにフォアス帝国南部の司令官をしています。まあ、ここで話込むのも何ですから私たち南部軍舎でお話しましょうか」 そう言うとココは踵を返してスカイサイクルに乗り、空を飛ぶ。 彼女は軍に所属し、なおかつ司令官という職ゆえに自由に空を――スカイサイクルを走らせることが出来るのだろうが、二人は違った。 二人は顔を見合わせると、何か物言いたげな表情でその様子を見ていた。 それを見て二人が何を言いたいか察した南部司令官は苦笑いをして再び地上に降りてきた。 「空を飛ぶことでしたら気にしなくて大丈夫ですよ。南部司令官の私が許可します。話は変わりますけど、巨大ラインの報告とともに無許可の飛行の通告がありましたけが、それは貴方たちですよね?」 その言葉に思わず二人は息を飲んでしまった。 国々で上空飛行についての処罰は違うが、軽い処罰では済まないであろうことは必須であった。 「あれは――」 一生懸命弁明しようとレイシャンは口を開くが、ココは苦笑いをして、彼の前に手を翳して制する。 「心配しなくても結構ですよ。それはライン討伐のためですからね。不問にしておきます。そういうわけで行きましょうか」 リィとレイシャンはほっと胸を撫で下ろして、自分のスカイサイクルに乗り込み、発進させてココの後に従った。 空を飛ぶと障害物が無いため大した時間も掛からずに南部の軍基地についた。 軍基地は人里から離れた、山と海に挟まれた険しい場所にあった。 王宮のように豪華というものでもなく、敷地が大きいだけで、質はそこらにある建物と同じ。それは内部――司令官の部屋も同じだった。 部屋の中にあるのも、隙間無く埋められた本棚が部屋の左右を占め、後は机と窓。最低限必要なものしか見られなかった。 「束縛された魂の一員の兄を連れ戻すために……ですか」 リィとレイシャンの手には紅茶の入ったカップ。 軍舎に着いてから質問攻めにあっていた。歳や生まれから始まり、危険を侵してまでする旅の理由。 「束縛された魂について何か知っていますか?」 机を境にして、眉間に皺を寄せて考え込むココに、リィは机に身を乗り出して訊ねる。 「いえ、明確な情報は分かりません。見たという話は聞きますが、私は見たこともありませんよ」 情けないといった感じに苦笑いをする彼女にリィは落胆して俯く。 それを一瞥したココは一つの考えを提案する。 「あの研究日誌を見る限り、束縛された魂はラインを殲滅するいわば改造人間です。ですから基本ラインが出る場所に彼らは現れるはずです」 それは以前サネルも同様のことを言っていた。相槌として、その言葉にレイシャンは頷き、彼女の言わんとしていることを言う。 「つまりは俺たちがラインが現れた所に行けば束縛された魂たちに会えるかもしれないってことですね?」 「そうです。貴方たちは危険を承知で……いえ、死ぬ覚悟で追うつもりですか?」 何も言わずにリィは頷き、またレイシャンもしっかりと頷いた。 それを見てココは二人の意思が絶対に折れないことを悟り観念したかのように笑い、言葉を足す。 「……分かりました。それなら私は何も口出しをしません。私は貴方たちが強くなるように限り手伝いましょう。明日から数日、私の部下として特別な訓練を受けてもらいます。ですから今日はゆっくりとして下さい。部屋はこの部屋から向かって右側の一番奥の部屋が空いてますから」 「あ、ありがとうございます!」 リィとレイシャンは深く頭を下げて礼を述べ、部屋を後にする。 まず先にリィが出て、続いてレイシャンも後に続こうとしたその時、ココは「レイシャン君」と名指しで呼び、訝し気に振り返る彼に手招きで呼ぶ。 いきなり呼び止められた彼は戸惑いながら、リィに先に部屋に行くように頼む。そして彼女がいなくなると扉を閉めて机を挟んでココの前に立つ。 彼女の目は先程とはうって変わって鋭く、厳しい目付きだった。 「……レイシャン君、帰りたいなら帰って良いですよ?」 突然の言葉に思わず呆然とした表情で立ち尽くす。 暫くして体の中から絞り出すように言葉を出す。 「あの、言ってる意味が……」 「言葉通りの意味ですよ。これは貴方にとって全くと言っていいほど関係がありません。むしろそのような貴方に命を賭けろと言うのはあまりにも残酷な話です」 彼女の説明にやっと理解したレイシャンは俯いたまま、石のように固まっている。 「すみませんが俺、帰りません」 顔を上げた先にはやはり厳しい視線を向けてくるココが目に映る。 「では、なぜ闘うのですか? 貴方はリィさんの家族でもないでしょう?」 「確かに家族でもないです。でも、少なくとも俺は家族と一緒にいる時間よりリィと一緒にいるほうが長いですし、家族同然だから助けたいんです」 その場を凌ぐための言葉ではない。そう訴えるように、彼の瞳は槍のように真っ直ぐと、ココを捕らえていた。 「……分かりました。では明日の太陽が上る前にこの部屋に来てください。私も仕事があるので」 「分かりました。ありがとうございます」 深々と一礼をして、ようやく部屋から出ると、ドアのすぐ横で一人の少女が壁を背に座っていた。 「リィ、まさかずっと待ってたのか?」 リィは小さく頷くと、立ち上がり大きく伸びをする。 「それにしても家族同然……ねぇ。言ってて恥ずかしくない?」 からかうような表情でもなく、遠い目をしながら言う彼女に、レイシャンは何も言うことが出来なく恥ずかしさで赤くした顔を背ける。 するとそれを追うようにリィは彼の顔を覗き込んだ。 「ねぇ、本当にそう思ってたの?」 その言葉は少し弾みがあった。 「え? それはその……」 なかなか答えない彼にリィは、からかうのは飽きたといった表情でため息をつく。 「……まぁいいわ。部屋に行こう」 身を翻して、ライト以外何も無い、ねずみ色の廊下を歩いていく。 部屋に着くと、真っ先にカーテンを開けた。 港町ならではの広大な海の景色が夕陽に照らされて輝いていた。 「うわぁ、綺麗……」 同意の言葉を待っていたが、暫く待っても一向に返ってこない。 代わりに返ってきたものと言えば…… 「ぐう」 一定のリズムを刻む寝息。 死と隣り合わせの闘いをしたせいか疲れが今となって現れたのだろう、彼はすでに気持ち良さそうに眠りこけていた。 センチメンタルの欠片もない行動に怒りたかったが、ゴーレムと闘ったり、翌日から始まる訓練があるため仕方がないと溜め息をつく。 「でも、まだ日も沈んでないのに、寝るの早すぎ……」 リィはもう一度深く溜め息をつくと、彼のベッドに腰を下ろし、彼の寝顔を見つめる。 暫くぼんやりとしていると、先ほどこっそり聞いていた話を思い出す。「家族同然かぁ」と横に寝ている相方を起こさないように小さく呟くと、天井を見上げる。 天井には色も染みすらなく、綺麗な白をしていた。 「……嘘な訳ないよね。嘘をついてまで手伝うなんて」 彼の頭にそっと手を置く。 「ありがと、レイ」 [*前へ][次へ#] [戻る] |