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小説『Li...nk』
11...
 レイシャンが起きて、執務室に来た時には既に、報告書らしき厚さのある書類の束に目を通していた、フォアス帝国南部司令官の姿があった。
 彼を見るとにこりと優しく微笑み、おはようございますと丁寧に挨拶をする。
 レイシャンは少し戸惑いながらも軽く頭を下げて挨拶をする。
「それで一体どんな訓練を……?」
「レイシャン君はせっかちですね。後で全て教えますよ。それでは行きましょう」
 ココは立ち上がり、部屋に掛けていたベージュのロングコートを羽織ると、部屋の電気も消さないまま早足で部屋から出ていく。
 状況を理解できないレイシャンは急いでココの後を追う。
 やがて行き着いたところは基地のスカイサイクルの車庫だった。
「さぁ、早く乗ってください」
「あの、一体どこに行くんですか?」
瞬間、ココの瞳が鋭いものへと変化する。
 仮にも巨大なフォアス帝国の南部の軍を指揮する人間、その視線だけで戦慄する。
「……話聞いていましたか?」
「す、すみません、着いてからでしたね」
 レイシャンはおずおずと引き下がると同時にスカイサイクルが発進し宙に浮く。


 そのまま何の会話もないまま走ること数時間、着いた時にはもう太陽が起きたところだった。
 そしてその前には――
 老朽化が進んだ高い隔壁。門番もいないひびの入った重々しい扉。
 明らかに微かな恐怖を感じさせる異様な雰囲気にレイシャンは無言でそれらを見つめる。
「レイシャン君、ここがどこだか分かりますか?」
「旧ランディール王国……ですよね?」
 ココの首肯。
 ランディール王国。それは一昔前までは栄えていた大国だった。
 そんな大国が八年前に、ラインによって一夜にして――街は廃墟と化し、命からがら逃げた人たちもいたが、民衆の多くは死に絶え、滅んだ。外ではラインは一匹も見なかったらしく、どうやってラインが、それも大量に侵入して滅ぼしたのかその理由は未だ定かではない。
 分かることはそれ以来、廃墟となったランディール王国はラインの巣窟となってしまったことだけである。
 ココはスカイサイクルの積み荷から歪な形に膨らんだ鞄を取り出した。
 彼女はその袋をレイシャンに手渡す。
「その中には寝袋と十日分の食料が入っています。あとこれを……」
 ココは腰に下げていた剣を鞘ごと渡した。
 状況が読めていないレイシャンは呆然としてココに任せていたが、やがてその意図にやっと気付くと、あっと驚愕と恐怖の入り雑じった声をあげて身を引かせる。
 その様子にココは「やっと気付きましたか」と溜め息混じりに呆れた顔を見せた。
「お察しの通り、レイシャン君にはそれで十日間生き延びてもらいます」
 その言葉にレイシャンは絶句していると、ココは既に彼から背を向け、帰る支度を整えていた。
 何か言いたそうな感じが伝わったのか、彼の方を向いて、優しい笑みを浮かべる。
「昨日の言葉信じさせてもらいますね。それでは十日後、迎えに来ますので生きていたらここで会いましょう」
 そう言い残してココは早々と去っていった。一方レイシャンはというと、暫く何もせずに、ただただ彼女が去っていった方向をぼんやり見て「鬼司令官」と小さく愚痴をこぼした。
 このまま訓練を放棄してフォアス帝国に帰ろうとしてもまず徒歩では十日は無理である。
 仮に帰ることができたとしても見た目と違って鬼のようなことをする司令官のことだ、殺されるといっても過言ではない。
「やっぱ中に入るしかないか。強くなれるかな……いや、それ以前に生き残れるかな」
 憂鬱そうに鞘から剣を抜き、その鞘は鞄と一緒に入り口の前に置いた。
 軽く数回素振りをして剣に慣れようとする。
 学園でのライン対策の授業で剣を振るったことはあるとはいえ、実践で振るうのは初めてだった。
 素振りが終わると、隔壁が崩れたところから国内に入る。
 するとすぐさま驚きが込み上げてきた。
 辺りが瓦礫だらけだった。建物らしきものは見当たらず、あるのは大小様々な大きさの瓦礫のみ。
 十中八九、旧ランディール王国の中にいるのは自分一人で、いざとなっても誰も助けに来ないだろうと考えると背筋が凍る。
 恐怖、不安、孤独。瓦礫を踏み締める度に、それらが濃くなって心に滲み出る。
 不意に遠くから瓦礫が動き、擦れる音が聞こえ、同時に誰かいると体を警戒させた。
 剣を構えながら音の方向へと向かう。
 近づくにつれ、段々とその音の主が明らかになる。
 レイシャンは見つからないように近くにあった瓦礫の山に隠れて隙を伺い、そして容姿を確認する。
 その姿は何度か学園にある本で見たことがあった。トロールと呼ばれるラインだ。二メートル近くある巨体に、でっぷりと突き出た大きな腹。そして、風穴から吹き出るような凄まじい呼吸音。
 レイシャンは見つからないように近くにあった瓦礫の山に隠れて隙を伺う。
 幸い、トロールはレイシャンに気付かずにそのまま通り過ぎて行く。
 倒すなら気付いていない今だと思い、剣を構えて一気に標的との距離を詰める。
「悪く思うなよ!」
 振り向く前に剣を縦に一閃、トロールの背中に浴びせた。
 しかし、力が足りなかったのか、はたまた敵の分厚い脂肪のせいか剣は思った以上に斬れず、相手を怒らせる結果となった。
 顔面に青筋を立てたトロールは、瓦礫を弾き飛ばしながら暴れるように大きな腕をレイシャン目掛けて振るった。
「うわっと……」
 間抜けた声を上げながらも辛うじてその攻撃を回避する。腕はぶうんと唸り声をあげて空を切った。
 しかし安心するにはまだ早く、トロールは喚き散らしながら腕を振り回して暴れる。
 幸い見掛け通りに鈍く、その攻撃を見切るのには容易かった。しかし、万が一その攻撃が当たったとしたら骨まで砕けるだろう。
 レイシャンは息を飲んで隙を窺う。
 トロールは何度か腕を振り回すと、疲れたのか少し動きを緩めた。
 それを逃すこと無くレイシャンは飛び掛かり、剣をトロールの肩から腰にかけて斜めに降り下ろした。
 重々しい悲鳴を上げてその場に大きな音を立てて倒れ込むトロール。
 そのまま起き上がる様子も無く、気になってレイシャンは覗き込んだ。
 死んではいない。ただ弱っているだけで荒々しく呼吸をしている。
「……殺すのもなんだしな」
 そう小さく呟くと、剣に着いた血を拭いてその場から去った。


 旧ランディール王国。やはり元は一つの国であっただけに恐ろしく広かった。
 しかも今は瓦礫だらけで、これといって目印になるものすら無く、少しでも気を緩めると迷いそうになる。
 レイシャンはそこまで深く進むことはせずに、入り口に戻れる範囲を往来していた。
 途中にラインがちらほらと現れたが先程のトロールより弱く、また小さく、簡単に倒すことができた。
 そうこうしている内に、いつの間にか日も暮れかけていた。
 入り口に戻っている時、遠くに何かあることに気付き、警戒して歩み寄る。
 ラインだった。
 そのラインは気を失っているのか倒れたままぴくりとも動かない。
 レイシャンは違和感をもった。
 そのラインは見覚えがなかったのだ。
 今日倒したラインはせいぜい十あるかないか。たったそれだけの倒したラインの容姿を数時間足らずで、ましてや初の実戦で忘れるわけはなかった。
 他の動物と同じように互いに争うのか。それとも自分以外に誰かがここにいるのか……。
 前者は、人間でも戦争をする。だからそれといって有り得ないことでもない。仮にそのようなラインがいるとしたら辺りにいるラインより強いに違いなく、十分に警戒したほうがいい。
 後者も有り得ないことではないが、何を目的にこんな危険地帯に足を踏み入れるのか。少なくとも普通な人間ではないことは確かだ。

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あきゅろす。
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