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秋冬春夏(完結)
2
あてもなく出掛ける気にもなれず、寝室の窓から日が暮れるのをみているうちに怠惰な時間が過ぎていく。
キヨカズは店を開けるから出ていったし、誰かから誘いが来るわけでもない。

「清一」

彼の本当の名前を呟いてみる。

知らない誰かに彼が呼ばれた場面を思いだし、吐き気がする。
酷い独占欲だ。
純はため息をついて、タバコを吸うためにベランダに出た。

胃薬の空き缶にコーヒーの出涸らしを入れた灰皿を開けると、コーヒーなのか吸い殻なのか微妙な臭いがした。

律儀に20歳を過ぎてからタバコを始めた純を、キヨカズは笑った。
20歳を越えてからわざわざ始めようという動機はどこにあったのだと。
本当になんとなく、自販機に並んでいた銘柄を見て興味が湧いたので、という理由を教えると、ますます笑われた。
意外と珍しいもの好きなのね。
そのとき買った銘柄はしばらくしてなくなってしまったので、限定品だったらしい。
そんなことすら知らずに、純はキヨカズにからかわれながら愛煙家生活を始めた。

綺麗な顔してタバコ吸うの?!

以来男女問わずそんなことを言われ続け、どうして顔が綺麗だとタバコを吸っちゃならないのだろうと言われる度に思うのだ。姉にも言われた気がする。

日が暮れたばかりで退屈だった。
ポケットに入れてあった携帯を引っ張り出す。
酒を飲むにはまだ早い。
キヨカズに会いたい。

メッセージが来ていた。
先日ようやく連絡先を交換した守山からだった。

暇ですか?飲みませんか?

年末はよくあの店に来ていたが、基本的には石原に呼ばれなければ来ないようだった。
退屈だったので、よければ食事もと誘ってみた。

返事はすぐに来て、有名なカレー屋の前で集合になった。
2本目のタバコに火を点けて、着ているものを眺めた。このまま出掛けても問題はなかろう。
また石原に焼き餅を焼かれるんだろうか。それとも、もしかして一緒にいるのだろうか。
色々勘繰りながらカレー屋に向かう。居たのは守山だけだった。

「新鮮だなあ」

そう言われて、眼鏡のままで来たことに気付く。

「うっかりしたよ」
「結構悪いんですか?」

車の運転ができない程度だよと言うと、守山は首を傾げて苦笑した。
家の近くなのにあまり来たことのないカレー屋だが、有名なだけあって美味しい。

「カレーってホント嗜好品ですよね」

この辺りのカレーを制覇しつつあるという守山は、ジャガイモの皮を綺麗に剥いでいた。
タバコやコーヒーと似ている。
確かに、この店よりも数件先の店のカレーの方が好きだとキヨカズが言っていた。
好みは別れる。

「それで言ったらうどんもラーメンもそうなっちゃうよ」

ぼんやりと返すと守山は、それはそうですねと苦笑いをした。

黙々と、隣の女性客の会話を聞きながらカレーを食べた。
その女性客が席を立ってから、守山が口を開く。

「あれってなんの話ですかね」
「旦那の愚痴?」

内容はそんな感じだったが、なんとなく同じ違和感があった。

「結婚してるようにも見えなかったけどな」

率直な久我の感想に、守山が同意する。

「他人の噂?」
「ですかね」

少し間ができた。守山は呆れた様子で首を傾げる。

「久我さん、今日はずいぶんぼんやりですね」

なんか悩んでますか。

仕事スイッチがオフだから、と答えようとしたが、確かにそれ以上にぼんやりしているような自覚もある。
ゆっくり瞬きをした。

「こういうことを悩んだことがなくてさ」

直感で、恋人がらみの話なんだろうなと思う。

非常に短い説明のあと、久我は、これって嫉妬というやつかな、とまとめた。

「そのとき聞けばよかったのに」

無意味と分かっていながら言わずにいられなかった、という感じだった。
久我は少々不満そうに、それはそれとして、と続きを促した。

「誰と電話してたのかよりも、不愉快そうな顔をしてたことが気になるんですか?」
「そう」

それは嫉妬というよりもただ心配なだけのような気もする。
守山はしばらく唸っていた。

「電話の相手が誰か分かったら、どうします?」

それがキヨカズの顔を曇らせた原因なら、取り除くための行動をとるか。という質問なのだろう。今度は久我が唸っていた。

「もしも」
と言って言葉を止める。

そんな久我の心情に気付いて、守山はまた苦笑した。
今日は彼のそんな顔ばかりみている。

「店長さんに暗い顔をさせる原因が電話の相手なら?」

そこまで言われてあとを続けざるを得ない。

「もしもそうなら、取り除きたいと思うよ」

方法はわからないが、そうできるならどれだけ気持ちがスッとするだろう。

「僕はあの人の暗い顔なんか見たくないんだ」

深い暗闇を覗くような、絶望を映すような。

おかしな短歌が頭に浮かんだ。守山はそれを振り払い、それはそれはと相づちを打つ。

「あの人が僕を解放してくれたみたいに、僕もなにかしてやりたいと思うのは傲慢だろうか」

久我は難しい顔をしていた。
なにか答えるにしろ、知らないことが多すぎる。

分かることと言えば、久我が店主を愛しているということと、こういう相談に慣れていないということだ。

石原みたいに感情にストレートならもっと分かりやすいのにな。

「その気持ちは素直でよろしいですね」

なんとなく、誉められ慣れてない印象もあったので、守山は失礼と思いつつも誉めてみた。
すると今までの難しい顔が一転、キョトンとする。

「そんなに素直な表情ができるなら、聞いてみればいいんじゃないですか」

と守山は言ったが、言いたいことを素直に言えない臆病仲間の言葉に説得力はない。

「石原くんにはなにも聞けないくせに」

不満げな返事には目をそらせて見せた。
こんなところで悩んでいても仕方がないので、とにかく場所を移すことにした。

とにかくお酒でも飲みましょうよ。

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