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秋冬春夏(完結)
1
いつぞや企画したバレンタインデーのイベントはまずまずの人の入りだ。
久我は会場を眺めながら、たまには違う企画がいいなと思う。

せっかくだからひとつ買って帰ろうかな。

先程から、一緒に偵察に来た松田は一店一店見て回っている。久我が足を止めたことにも気が付いていない。
一回りして、ようやく久我がいないことに気づいて走ってきた。

「貰う方なんじゃないの?」

そう聞いてみると、松田はぶるぶる首を振った。

「最近はお互いあげるんだって、彼女が言うんですよ」

それは一大事だ。

「久我さんもなにか用意した方がいいですよ!」

一蹴しても良かったが付き合うことにした。
松田には、勘違いをしてもらっている訳だし。

「どれが美味しそうだった?」

松田は得意気に自分が良さそうだと思ったの商品の感想を述べた。
挙げ句、あの彼女さんならどれが似合いますよ、とまで分析してくれた。

「というわけなんだよ 」

その週末、朝食のあとでテーブルにチョコレートを出した純は、不審げなキヨカズにいきさつを説明した。

なるほどねと言ったキヨカズは苦笑いだったが、純が包みを開けると嬉しそうにした。

やはり甘党にはチョコレートが効果的なのかもしれない。
説明書きと見比べながら、端から食べていく。

キヨカズがチョコレートの付いた指先をなめるのを見て、純が口を滑らせる。

「恋人みたいだね」

それにはキヨカズも目を細めた。

「恋人なんですよ」

はは。
純の乾いた笑いを聞いて、キヨカズは首を捻った。

世の恋人が何をして過ごすのかはよく知らないが、恋人らしい日常を送っているのかどうか、怪しいところだ。
こういう瞬間に恋人みたいと思ってしまう気持ちも分かる。

「博物館にでも行くか?」

デートっぽいことを考えてやっと思い付いたひとつを挙げてみたものの、純の視線は冷ややかだった。

「無理しなくていいよ」

そう言いながら、携帯を手に取る。なにか検索しているようだ。

こんなにサラッと却下か。キヨカズはため息をついて、コーヒーカップに手を伸ばした。

「どこの博物館に行くの?」

一口も飲まないうちに、純が携帯を差し出してくる。
画面は近郊の博物館情報を映し出していた。

「やる気じゃないか」

見ると純は目を輝かせている。
嬉しいなら素直に喜んでくれてもいいのに。

ここがいいここは遠いなどと、小さい画面を見ながら話し合う。
終いには美術館がいいなどと純が言い出して、キヨカズは自分の携帯を持ってきた。

「あれ」

何度か着信が入っていたらしい。
宅配便も来る予定はないし、すると不動産屋か。
そんなことを考えつつ履歴を確認し、キヨカズは眉を寄せた。
何年も連絡のなかった相手だ。
キヨカズの表情の変化に気が付いたものの、純は黙っていた。

「俺は博物館がいいなあ」

ころりと表情を変え、いつも通りを装ってみたようだが、手の中の携帯がなってまた眉を寄せる。

「悪い、ちょっと電話」

足音の歩数を聞くに、洗面所にでも入ったようだった。

「僕の知らないキヨカズか」

なんとなく昔を思い出して、純はひとり、呟いた。

キヨカズの恋人というのを何度か目撃したことがあったが、その度に、自分の知らないキヨカズが確かに居ることを強く感じて不安になった。
キヨカズはずっと自分がゲイだと隠していて、純が混ざっていた仲間たちにはそれを覚られないように少々距離を置いていたようだった。

もしかすると純が側に居ることを疎ましく思っていたかもしれないと考えたこともある。
キヨカズが言うには、普通のふざけ仲間から恋愛関係になった相手は純しか居ないらしい。

あえて切り離していたからには、世界を分けておきたかったのだろうなと容易に想像はつくものの、純は最近自覚するまで、同居を始める時だってキヨカズに恋愛感情など微塵も感じていないつもりだったのだ。

すると、あたかもプロポーズのようなことをして関係を壊したのはキヨカズの方だとも思われる。

ただなんとなく、一緒にいると落ち着くだけ。

一緒に居ると安心して、一人でいるよりもリラックスできるような気がするだけだ。

それがいつのまにか、好きで好きで仕方がないと言わずにいられないくらいになっていた。

不思議なものだなあと思いつつ、そんな自分の側に黙って居てくれたのは、彼の方には恋愛感情があったからなのかなとも思う。

やがてキヨカズが戻ってきた。
ずいぶん渋い顔をしている。

「コーヒー、もう一杯飲む?」

あまり感情の起伏を顔に出す方ではなく、特に不快なことに関してはほとんど顔に出ないので、今の状態はあまり良くない。
和ませようと、純は席を立ってお湯を沸かした。

「寺の宝物殿みたいなやつ、お客さんが良かったって言ってたよ」

気配もなく後ろに立ったキヨカズが、ぼんやりと囁いた。

それはいいね。
何に心を傾けているのかが気になってしまって、純の返事もぼんやりだった。
そのぼんやりを引きずって、宝物殿に行くのはまた今度、と延期になってしまった。

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あきゅろす。
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