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秋冬春夏(完結)
2
彼が店で眠ってしまうのは珍しいことではない。

隅でちびちびと酒を飲んでいる間に眠たくなるのか、最初は頬杖をついて、その後突っ伏して眠ってしまう。

常連客がそれを見て、そろそろ帰る時間かなと言いだすほどだ。

今日も彼はうつらうつらし始めた。

「眠くなった?」

手が空いたので、妨害するように声をかける。はっと目を見開いた彼は、座り直した。

「いや」

短く否定して、手元の酒を舐めた。

やがてまた、頬杖をつく。首が傾いたのを少し離れたところから見て、苦笑する。

「店長さん、今度女の子つれてきてもいい?」

カウンターに座った若い男がそんなことを言う。
隣の友人がひひひと笑った。

「店長さんにホレちゃうんじゃないの」
「ダメかなあ」

そんなやり取りに首を傾げて見せ、

「お客さん増やしてくれるなら嬉しいですけどね」

と返事をする。

「それは協力するから、口説くの手伝ってくれない?」

図々しいとは思えど、無下にも断れない。しかし友人の方がまたひひひと笑う。

「イケメン店長のステキなお店を知ってるのね、で、結局付き合うこともできず終了だよ!」

友人君の言うことはまともなように思えた。
似たようなことを言って女の子を連れてきた客は何人か居たが、その後上手くいったというのは少数派だった。挙げ句連れてこられた女の子が後日別の男を連れて飲みに来た例もある。

「まあ、話だけなら聞くよ」

ちょっと待って、と居眠りを起こしに行く。

「純」

壁に頭を寄り掛からせていた相手に、他の客に聞こえないよう小さな声で呼び掛けた。
純と呼ばれた居眠りの客は、ぼんやりと相手を見やった。

「そこのカウンターのお客さんが女の子口説く店を探してるって」
「そう……」

寝ぼけ眼で短く応じた。横目でちらりと、カウンターのお客さんを確認する。
ごまかすように水でも出しましょうかと言って、もとの客のまえに戻る。

「どんな女の子?」

なぜこのタイミングで居眠り客を起こしたのか不思議に思いながらも、若者は意中の女の子について酒の勢いで語り出す。
聞いてみれば結構情報が出てくる。友人君はストーカーかよと冷たい一言を挟んだ。

ひととおり、趣味や姿、服装、仕草や口調について聞いたあと、

「いくつ?」

と聞いてみる。ちらりと純を見る。彼は眠らずに何気なく酒を舐めていた。

「同い年」
「え?同い年なの?」

なぜか友人君が驚いた。会ったことがあると言うわけだ。

「なんでそんなに驚くんですか?」
「だって」

と、友人君はその女の子が同い年に見えない理由を語り出す。

そう、なるほどね、へえと相づちを打ちながら、時おり別の席に注文を取りに行ったり飲み物を用意したり、手は動かしていた。

「なるほど甘えてくるわけね」

返事をしながら注文を届けにカウンターから出て、戻りながらまた新たな注文が入る。

店主がバタバタしている間に若者はすっかり意中の女の子について、思いの丈を吐き出した。

ようやくカウンターに落ち着いた店主に、純が「すみません」と声をかけた。

「なんでしょうか」

すっかりグラスが空いている。いつものやつでいい?と聞くと、ボソリと返事がある。

「その女の子、タバコを吸うだろうか」

話を聞く限り吸わないと決めつけても良さそうだった。店主は空いたグラスを黙って回収した。
純のために、食器棚からグラスを出した。氷を積み、半分くらい酒を注ぐ。

「その子、タバコは?」

作業をしながら聞くと、若者も友人君もえええと驚いた。

「吸うようには見えないけどなぁ」
「ここまでの話でそれ気になったんですか?」

口々に驚きを表している彼らを置いて、グラスを届けた。

「はい」

グラスをじっと見つめた居眠りは、相手も見ずに口を開く。

「タバコによるけど」
「うん」

彼は店の名前をふたつ、そっと囁いた。さりげなく、伝票に書き込む。

「ありがとう」

こくりと頷いて、純はグラスを手に取った。

「お客さんでも、この人が吸うんだ、って思っちゃうような女性が結構いますからね」

貯まった洗い物をしながら、暗に確かめることを勧めてみる。若者は唸った。

「ねえ店長さん、連れてきてもいい?」

店主は首を傾げて見せて、さも自分で思い付いたかのように提案する。

「うちより良さそうなお店を教えますよ」

若者は店主が言った二軒を嬉しそうに手帳にメモした。

「絶対報告します!」
「上手く行くといいですね」

友人君にまたひひひと笑われる。やがて二人は店を出ていった。

店内が少々静かになる。
ようやく、BGMが聞こえてきた。

「上手くいきますかね?」

テーブルにいた常連客が声をかけてくる。

どうかな、と苦笑して純を見ると、彼はもう壁に寄りかかっていた。
常連客はひょいとカウンターに引っ越してきた。

「寝てる場合じゃないよ、どう思う?」

常連なので彼の存在もよく知っている。こういう風に声をかけることもある。
純は、顔をあげた。二三度大きく瞬きし、首を傾げて見せる。

「タバコ次第かな」

あくまでもこだわる。

「話を聞く限り、吸うと思うんだけど」
「そう?」

そして自らが、タバコ吸っていい?と発言する。
常連客は吹き出した。

「自分が吸いたかっただけじゃないの?」

タバコをふかした彼を見て、店主もそう思った。

やがてまたうつらうつらし始めた彼を残して、客はすっかり居なくなってしまった。
BGMは止め、片付けをしながら彼の寝息を聞いていた。
規則的で安らかな寝息に、胸の奥がくすぐられるようだ。

「純」

すっかり帰り支度をしてから呼び掛ける。

「純、帰るよ」

細い髪の毛に手を差し込む。するすると、指の間を髪の毛が滑っていく。
彼は気持ち良さそうに喉を鳴らした。

「キヨカズ?」
声の主とおぼしきものにぼんやり呼び掛ける。返事の代わりにぽんと頭を叩かれた。
頭を叩いた手に腕を引っ張られ、立ち上がる。

「ここは家じゃないんですよ」

自分のいた席を見てみると、すっかり片付いている。いそいそと鞄を持った。
キヨカズはすでに扉に向かっている。

「ぐるぐる巻きだね」

先導する相手の首には、たっぷりとマフラーが巻き付いている。なんとなく面白くて口許が緩む。返事はなかったが、それでいい。

扉が開くと冷たい風が入ってきた。ぶるっと身震いする。

「そろそろマフラーくらいしたら?」

大きな手で器用に鍵を閉めながらそう言われたが、その指に気をとられて返事ができない。
小さなため息が聞こえた。

路地に出ると、さらに風が吹き付ける。
無意識に肩をすくめてしまう。

「早く帰ろう」

誰もいないのをいいことに、キヨカズは純の冷えた手を掴まえ、歩き出す。

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