秋冬春夏(完結) 1 いらっしゃいませ。 ありがとうございました。 また来てくださいね。 感じのいい声。 店が客の出入りを繰り返すのを、隅の方で眺めている。 引いては返す波でも眺めるように。 「帰るよ」 頭上から、声が落ちてくる。 顔をあげると手が伸びてきて、腕をつかんで立たされた。 「すやすや眠っちゃって」 ここは家じゃないんですよ。 呆れたような言葉は、すでに扉に向かって発せられている。 ぼんやりついていく。扉が開き、外の空気が頬を冷やした。 「そろそろマフラーくらいしたら?」 鍵をかける大きな手を見つめていて返事をしそびれたが、咎められなかった。 階段を何段か上がると、さらに冷たい風が吹き付けた。 「早く帰ろう」 深夜の路地には誰もいない。 居眠りと寒さで冷えた手が、ふわりと温められる。 温もりを失わないように、強く握った。 [次へ#] [戻る] |