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大切なもの


優しくて、いつも笑っていて、あまり怒らなくて、泣き虫のくせに我慢して、誰にでも同じように接して、誰からも好かれて、自分のことよりも他人を優先して、意地っ張りで、頑固で、自分から謝れなくて、女子力低くて、馬鹿なことばっかりして、楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうな可愛い俺の彼女。俺には勿体ないくらいのなまえ。
あまりにも優しいから俺の悪いところも全部受け入れてくれると思い込んでいた。白に包まれながらなまえは笑っている。

「今さら謝っても遅いか…」

「なまえさんは怒ってないです」

「きっと、笑ってるネ」

買い物に付き合って。そうお願いされたのに俺は断った。手持ちがなかったし、面倒だと思ってしまったからだ。悲しそうに行ってきますと言うなまえの顔が頭から離れない。付いてさえ行けば運命は変わっていたのかもしれないのに。俺のために苺牛乳を買いに言ってくれたというのに。
そっと頬に触れると氷のように冷たかった。ドライアイスが敷き詰められた棺の中で眠っている。普段あまりしない化粧をして薄く笑みを浮かべている。

「銀さん、酷い顔ですよ」

「あいつ本気で殴ってきたからなァ」

「何で、もっとけっちょんけっちょんにしなかったアル」

「そりゃ、なまえが泣くから、な」

買い物の途中、変な輩に絡まれたらしい。当然無視していたのだがどうやら勘に障ることを言われたようだ。武道のぶの字も知らないなまえが勝てるはずもないのに、奴らの喧嘩を買ってしまった。あの白髪頭の天然パーマには股開いてんだろーが。後から聞いた話ではそんなことを言われたらしい。弱いなまえが男に勝てるわけがないのに、「銀時はそんな人間じゃない。今の言葉を訂正しろ」と食いついた。全世界の人間から好かれるような人間なんて存在しないのだから、そんな言葉は聞き流しとけば良かったのによ。

「そろそろ、時間だ」

「もう泣きません」

「…新八は泣き虫ネ」

「レンズが赤いんだよ。銀さん鼻水出てますよ」

「これおしるこだから」

騒ぎに気付き駆けつけたときには、遅すぎた。なまえの綺麗な白い肌が青黒く変色するまで殴打されていた。そして胸には安いナイフが刺さっていた。まだ暖かかったが息はしていない。傷を見て助からないとわかった俺は抱き締めることしかできなかった。次の日に直ぐに犯人を見つけ死ぬ一歩手前まで殴打したのは言うまでもない。
黒いスーツや喪服に包まれた見慣れた顔ぶれが集まってくる。俺の泣きっ面なんて見せてやるもんか。ぐい、とスーツの袖で乱暴に両目を擦った。俺の両隣の頭二つをぽんぽんと触る。今日でなまえとはお別れだ。


大切なものは
亡くしても
大切なものに
変わりない




1200308
一壱子

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