食べ物
私のケーキ食べたの誰よ!そう怒鳴ると新八くんは買い物に出かけて、神楽ちゃんは妙ちゃんのところに行くとすっ飛んで行った。万事屋に残ったのは私と銀ちゃんの二人だけ。銀ちゃんは私と視線を合わせないようにしてジャンプを読んでいた。なんて、わざとらしい。漫画ならずんずんという擬音を立てながら銀ちゃんに近付いた。勿論ジャンプが邪魔をして目を合わせることはない。
「銀ちゃん」
「ぐーぐー」
「ジャンプしっかり持ちながら寝れるわけねェだろォオオ!」
「ジャンプゥゥウウウ!」
引ったくった少年誌は私の渾身の力で左右に引きちぎられた。それでもまだ私の怒りは治まらない。だってあのケーキはあの有名な○△洋菓子店のベイクドチーズケーキなのに!二時間待ってやっと買えたのに!ダイエット中の私の月に一度の楽しみなのに!なのになのに!あの天パはどうして食べてしまったのか!
があああああああああ!と銀ちゃんに向かって吠える。青ざめた顔をしても、体が震えていても、涙を溜めていても、私は許さない。
「何で!何で食べたの!」
「な、名前!名前なかっ」
「書いたわよ!箱に!油性ペンで!」
「“食べたら死ぬ!むしろ死ね!”ってやつか!」
「わかってて食べたの!?」
「いや!毒味を」
「死ねェェエエエエエエ!」
力の限りを右腕に込めて銀ちゃんの腹に振り落とす。すかさずクッションを手に取り直撃は免れた。無駄な運動神経に腹が立つ。それでもダメージは幾分かあったようで声にならない声を上げていた。その肉体的な痛みよりも私の受けた精神的な痛みの方が数十倍辛いんだよ!
もうほんと悪かったって!次の攻撃に備えてか、両腕を顔の前に出して守るように構えていた。悲しいよ、銀ちゃん。私との間に距離を置こうとするなんて。彼女を受け止める程の包容力は持っていないとだめでしょ。
「何その腕は!」
「いや、危ないだろ!」
「私を受け止めろ!」
「グーは無理!チョキってどこ刺す気だよォオオ!」
「ケツ出せやァア!」
毎日のように爪を磨いたお陰かよく光り、よく尖っていた。銀ちゃんをうつ伏せにさせるべく襟を掴む。しかし、私のような非力でか弱い少女には体重差のある銀ちゃんを持ち上げることなど出来なかった。そんなことで諦める私ではない。とにかく睨みをきかせる。なのに銀ちゃんはにやりと笑った。ぐるんと反転する視界。私の腕は銀ちゃんにしっかりと抑えられている。足をばたつかせようとしたが銀ちゃんのお尻でびくともしない。どうして私が押さえつけられなければならないのか。誰か教えて。
「悪かったって」
「カンチョー大人しく受ける気になったのならお尻向けて」
「いやァ先に俺の肉棒を受け止めてもらおうかと」
「やれるものならね」
今度は私がにやりと笑う。まだ銀ちゃんは今この時に夢中で気付いていないのか。それがなんだか可愛くてケーキを食べてしまったのを許してしまいそう。なんて、ね。聞こえる楽しそうな声。それが徐々に大きくなると私も笑い出す。銀ちゃんに聞こえたら面白くないからね。
笑い声で私が許したと思ったのかブラウスのボタンを荒く外してきた。少し冷やっこい銀ちゃんの大きな手が体を撫でる。くすくす笑う私を見て銀ちゃんも笑う。勿論、私とは違う意味で。あーはははははは。おかしい。かんかんかん。階段の音が聞こえる。
「助けてー!お登勢さーん!」
戸を乱暴に開け、これまた乱暴に廊下を走る音が聞こえる。固まる銀ちゃん。乾燥で涙目の私。鬼の形相のお登勢さん。ほらだって今日は滞納家賃の回収日じゃない。万事屋に銀ちゃんの雄叫びが響き渡る。ちょっと可哀想だからケーキのことは許してあげようかな。
食べ物の恨みは恐ろしい
買って返すだけじゃ許さない
111218
一壱子
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