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夢の話


夢を、見た。たぶん、きっと、怖い夢だったと思う。頭が痛いし胸も痛い。水を浴びたかのように俺の全身からは汗が出ているように感じる。どんな夢だっただろうか。酷く怖い。それしか覚えていない。思い出せない。人間の頭は便利なもので自分にとって都合の悪いことは忘れるようにできている。俺の見た夢も都合の悪いことだったのだろうか。
ああ、頭が痛い。夢の断片ならどうにか思い出せそうだ。確か、俺がいた。まあ俺の夢だからいて当たり前だが。俺がいて、誰か女がいて、何か言い争っていたような気がする。喧嘩をしていたんだろうか。

「ぎ‥」

少し思い出すとゆっくりとだが記憶が戻ってくる。その女は誰であったのか。絶対に俺が知っている人だったはずなのだが思い出せない。とりあえずその女は置いておこう。なぜあんなにも怒っていたのか。俺は相当怒鳴っていたと思う。それに何度か殴っていた。痛みは感じなかった。まあ夢の話だから当然か。けれど手よりも胸に、ちくり、とした。女は目から涙を流していた。何かを言ったような気がしたが分からなかった。

「、とき‥やめ」

ああ、そうだ。あの女はなまえだ。俺の愛して止まない彼女である。夢の中とはいえ、なまえを殴るなんて俺は頭がいかれてしまったのだろうか。信じられない。殴ってしまうほどの何かがあったのだろうか。あんなにもなまえは泣いていたというのに、俺は手を止めることはしなかった。
そうか、偶然見たんだ。なまえと、その隣りを歩く男を。だから問いただしたのだ。あの男は誰であるのか。どうして二人で手を繋いで歩いていたのか。そしたら彼女は当然のように言う。だから俺は手を上げてしまった。俺の頭は真っ白で何が起こったのか、自分が引き起こしたことなのに分からなかった。ただ、ただ胸が痛かった。

わ た し の か れ し だ も ん

力任せに殴る。でも拳よりもやはり胸が痛い。なまえが何を言っているのか理解できなかった。かれし?それは俺じゃないの?真っ白な頭に浮かぶ疑問。何度殴ってもなまえは俺の望む答えを返してくれはしなかった。痛い。やめて。こわいよ。たすけて。  。なまえの発した言葉で怒りが頂点まで達した。もう止まらない。止められない。自分でも何をしているのかは分からない。なまえの口からは涎が垂れ、目は充血していた。涙声もなく空気が喉を通過する音が一瞬だけ聞こえる。血が溜まった顔は赤黒く変色した。気付いたときにはなまえの首を絞めていたのだ。

「‥」

「はは、なまえ」

「‥」

なまえは死んだ。俺が殺した。いや、違う。助けてあげたんだ。なまえを一番思っているのは、愛しているのは俺だと分からせてあげたんだ。そう。夢の、中で。だけどどうして胸が痛いのだろう。少しだけ手が痛いのだろう。涙が止まらないのだろう。
俺の目の前にいる最愛の人は眠っているだけだ。きっとそのうち目を覚ます。ただ、いつ目を覚ますのかは分からない。だけど俺はいつまでも待つよ。俺が死んでもなまえを待つ。なまえの体をぎゅっと抱き締める。感じる体温はとても生きてる者だとは思えなかった。


夢の話



100226
一壱子



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