山茶花の小説
樽チェアのこと   その後6

 アポロコーストは風光明媚なリゾート地だった。はるか海岸線の向こうにポセイドン神殿が望め、その足元にはスニオン岬があるはずだった。

「俺は……観光地に幽閉されたのか…」
 がっくりと肩を落として見る影もないカノンにラダマンティスはかける言葉もなかった。

 どこまでも白い砂浜に寛ぐ大勢の人々は、自分達の足の下はるか海底神殿で血で血を洗うような死闘が繰りひろげられた事など、夢にも思わないだろう。

 もう総ては終わってしまった事なのだ。

 さらさらと指の間をすり抜けていく砂のように、時間の流れは止められない。それこそ、神ならぬ身の悲しさで前に進むことしか許されてはいないのだ。
 嘗て神を僭称した身には、当たり前の日常こそが最大の墓碑銘になるということを思い知らされているのか、カノンはしばらく黙ったままだった。

 「カノン?」
 ラダマンティスが、そっと様子を伺うとカノンは何事もなかったようにこちらを振り向いてにっこり笑った。
「さぁ、とっとと着替えて遊ぼうぜ」
 先に立って歩き始める。その後姿が無理しているのはわかっていたけれど、あえて見過ごしてやるのが男の友情ってもんだろう。

 芋洗い状態になっている一般海岸を避けて、ソロ家の系列ホテルビーチの海岸へ落ち着いた。
 
 荷物をロッカーに預けて、先にシャワーを浴びたいと言うカノンと分かれて指定させたパラソルのところへ陣取る。どこまでも碧い海を見ているとカノンの瞳を思い出してちょっとしんみりとなっていた処へ、当の本人が現れた。
 
 ローライズタイプの水着を薦めてよかったと、ラダマンティスは心の中でガッツポーズをとった。
 ラダマンティスのような全身筋肉で覆われた体躯と違って、カノンの体は水泳選手のような滑らかな筋肉に包まれている。しなやかな体に短めの水着はよく似合っていた。
 
 寝室の薄暗がりで見るのとは違って、明るい太陽の下で見ると左胸の紅い傷跡ともあいまって名のある名工が残した芸術品のようだ。 
 さっそく、砂浜に寝転がって太陽を満喫するカノンを置いて、ラダマンテイスはひと泳ぎする事にした。とりあえず、頭と体を冷やさねばいらぬ騒ぎを起こしかねなかったからだ。
 
 こっそりと鼻血を拭いながら浜辺を後にした。


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