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約の翼
食えない奴
くすくす、と笑い声と共に現れたのは一人の青年だった。白雪を思わせる白髪に月の輝きを秘める金の瞳。透き通るような白い肌をしている。
ベリアルのような全てを屈服させる華やかな美貌ではないが、ゴモリーのように神秘さ、静謐さを湛える美貌。

頭には金の冠を乗せており、騎士の正装であるかのような赤い装束を身に纏っている。
だというのにその雰囲気はどこか飄々としていた。まるで無邪気な子供のようだ。

公爵同士の死闘の禁止という規則はないというゴモリーに、ベリトと呼ばれた青年はいけしゃあしゃあとこう答えた。

「ええ。だから僕が今、決めさせて頂きました。でなければお二人とも、戦いを始めてしまわれるでしょう?」

ベリアルとゴモリーの間に流れる空気は一触即発。ベリトが止めに入っていなければ、戦いになっていたかもしれない。
だから青年は二人を止めるために強引に割って入ったのだ。
彼はこう見えてベリアルやゴモリーと並ぶほどの悪魔である。

二十六の軍団を率いる偉大にして強力な公爵で『真紅の騎士』の異名を持つ。魔力という点ではここにいる二人には届かないが、槍や剣の腕はあのアモンと並ぶというとんでもない猛者なのだ。

その上、彼は魔界の大司祭であり、人と悪魔の間に交わされた契約を認証する筆記者なのである。だというのにベリアルは三年もの間、彼を謀り人間との契約を隠していた。声音は丁寧なのに端々からベリアルへの敵意がかいま見えるのはそのためだろう。

「そうですよね? 『炎の王』、『虚偽と詐術の貴公子』、『シオウルの支配者』、ベリアル殿」

「よく回る舌だ。『真紅の騎士』、『筆記者』、『魔界の大司祭』、二枚舌ベリト」

意地の悪い笑みを浮かべるベリトに、ベリアルはさも気に入らないといったように眼下の青年を見下ろした。
高位の悪魔が相対する時、こうして互いに口上を言うのが魔界のならわしである。

「ゴモリーも分かっているでしょう。ここで彼とやり合うことはルシファー様や西方の王のご意思ではありません。ベリアル殿もそれを分かっていながら挑発しましたね?」

そう、ベリアルは分かっていながらゴモリーを挑発した。それも退屈凌ぎに。ベリアルも今は表立ってルシファーやパイモンに盾突くことはしないはず。
ベリトはゴモリーに注意すると同時にベリアルにも釘を刺したのである。

「食えない奴だな、貴様も。まあいい……。興が冷めた。ゴモリー、監視をするなら隠形でもしてろ。その瞳を私の前に曝すな」

「言われずとも。それは私も同じです」

性別を越え、誰もが見惚れるような笑みを浮かべるベリアルとゴモリー。睨み合っているよりはいいが、明らかに敵意が混ざっている。
ゴモリーは最後にベリトの方を一瞥すると、ラクダと共に音もなく姿を消した。だが気配は感じる。監視しているという意思表示だろう。

「では僕も失礼しますよ、ベリアル殿」

ベリトは腰を折り、優雅に礼をすると、赤い装束の裾を靡かせて掻き消える。一人残された(正確には一人ではないが)ベリアルは天井を仰ぎ、つまらなそうにああと呟いた。

「……ああ、退屈で仕方ない」



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あきゅろす。
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