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約の翼
一番恐ろしいのは
「ハロルドの言いたいことは、ちゃんと分かってる。侮るな、必要以上に恐れることなかれ。私は悪魔祓いになるの。強要されたからじゃない。私の意思で」

 ノルンは歩調を緩め、と分かっている、と繰り返した。恐れを排除することなど不可能。悪魔は例え下級であっても、人には及びのつかない力を有する。悪魔を祓うということは、死と隣合わせに戦うことに他ならない。死ぬのは怖いし、どうしても想像してしまう。けれど、それ以上に、戦う理由が出来たから。以前のようにただ言われるだけではない。聖人としての役目でもない。
 ただ、ノルンが望むから。悪魔祓いとなることは確かに定められていたのだろう。しかし、これは自分の意思でもある。

「僕もだよ。僕たちはまだ未熟だ。でも、それは悪いことじゃない。少しずつでいい、進んでいこう」

「シグ……」

「そう、シグの言う通り、君たちは未熟だ。だけど、オレだって偉そうなことは言えないし、全てを救える訳じゃない。聖人であっても、出来ないことの方が多いから」

 聖人の力は奇跡ではあるが、全てを救える訳ではない。強大な力も、聖人という器があって初めて意味を成す。しかし、どんな力であっても、人の器では限界があるのだ。あまりに強い力は体が耐えられない。
 未熟であることが悪い訳ではないのだ。誰もが最初から強くはない。異端審問官であり、悪魔祓いであるハロルドも、かつて己の無力さを嘆いたことがあるのだ。ノルンやシグフェルズにとって頼りになる彼でさえ。

「全てを救おうなんて、そんなものは傲慢だろ。人間にはそんなこと出来ねえよ」

 その声は決して大きくはない。それなのに、皆の耳に届いた。声の主はヴィオラ。彼の端整な顔には僅かとは言え、憂いが垣間見える。聖人はあくまで人であり、神ではない。ノルンが何か言おうと口を開きかけるが、その前に、それに、とヴィオラは続ける。

「一番恐ろしいのは悪魔でも何でもねぇよ。他でもない人間だ。自分に関係ないことなら、人はどこまでも残酷になれる」

 その声には隠し切れない嘲りが含まれている。傘を差し、歩き続ける彼は笑っているのに泣いているように見えた。少なくても、ノルンの目には。悪魔祓いとなる者は、多かれ少なかれ、事情、或いは闇を抱えている。触れてはならない傷、超えてはならない一線。
 ヴィオラにどんな言葉を掛ければいいのだろう。軽々しいことは言えないし、彼も返事を求めていないように思える。独り言なのかもしれない。答えあぐねていると、シグフェルズが口を開いた。

「そうかもしれません。でも、決してそれだけではないと思うんです。確かに人は時に残酷になれるのかもしれません。でも、誰かを慈しみ、愛することも出来る」



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