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約の翼
謎だらけの青年
「そのミシェルが何の用?」

ノルンの名を知っていたこと自体はそれほど珍しいことではない。何せ自分は『聖人』なのだから。しかしこのミシェルという青年。
どこか普通の人間と違う。浮世離れした、不思議な雰囲気もそうだが、何より彼の笑みはノルンの心をかき乱した。

だがそれを顔に出す事はしない。癪だからだ。だがあからさまに警戒するノルンにもミシェルは柔らかな微笑を浮かべているだけだった。

「彼のことです」

ミシェルの視線の先には、今もまだ眠り続けるシグフェルズ。法都シェイアードは医療都市ゼーレと並ぶほどの医療水準を誇る。
魔術による治療を専門とする魔法医療師の多くを輩出する教戒の魔法医療師でさえ、シグフェルズが目覚めない理由はわからなかったのに。

「シグが何だって言うの?」

「彼が未だ眠り続けるのは悪魔の呪法によるものかもしれません。……それが炎の王なら尚更に」

ミシェルが口にした言葉にノルンは言葉を失った。炎の王、それはベリアル自身が言っていた。「同胞は私を『炎の王』、『偉大なる公爵』、『虚偽と詐術の貴公子』と呼ぶ」、と。
何故彼がそれを知っている。

驚くノルンをよそにミシェルはシグフェルズに近づき、白魚のような手でそっと額に触れた。彼はああ、と納得したような声を上げ、悲しげな面持ちでシグフェルズを見つめる。

「……彼は在りし日の夢を見ているのですね」

「在りし日の……夢?」

青い瞳に悲しみの色を宿し、呟くミシェルにノルンは思わず聞き返していた。悪魔による呪法? 在りし日の夢とは何なのだ?

「ええ、彼がまだ幸せだった時間。この少年は夢に囚われているのです」

ノルンの言葉に頷いたミシェルは、シグフェルズの額から手を放した。考えれば考えるほど、このミシェルという青年は分からなかった。謎は深まるばかりである。
少しでもそのもやもやした感情を晴らしたくて、ノルンは正面からミシェルを見据えた。とその時、彼の背に見えた白銀の翼。

「……え?」

だがそれも一瞬のことで次の瞬間には消えていた。自分やハロルドのような聖人か?
いや、例えそうだとしてもノルンにあんな力はない。ハロルドだって同じだろう。もしそんな力があったなら、見舞いに訪れた時に気づくはずだ。

「どうかしましたか?」

「何でもない」



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あきゅろす。
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