誓約の翼 金の青年 異変に気付いたのは、ベリアルとの死闘から四日後のことだった。シグフェルズが目覚めない。 身体的な異常は見られないのに、だ。講義を終えたノルンは一人、医務室を訪れていた。 今にも目を開け、笑いかけてくれるのではないか、そう思わせるほどいつもと変わりないように見える。少なくても表面上は。 ただ眠っているだけだとしたらどんなにいいか。 「シグ……」 ノルンに出来ることは何一つない。こうして彼が目覚めるのをただ待つことしか。 ハロルドやラケシス、クロトもノルンのように顔を見せてくれているらしい。 もし自分がもっと上手くやれていたのなら、こんなことにはならなかったのだろうか。 分からない。もう何も分からなかった。自分が今、何をすべきなのか。 今までと同じようにただ毎日を過ごすだけ。急につまらなくなった世界。 今までは女神に祈るのなんて馬鹿らしいと思っていた。 なのに、ノルンは初めて心から女神に祈った。形だけではなく、心を込めて。とその時、静かで控えめなノックの音が響く。 しばらくして扉の開く音。誰かがこちらに歩いてくる気配がする。 「君がノルン・アルレーゼさん?」 水晶の鈴を転がしたような柔らかな声音にノルンは思わず振り返った。 そこに立っていたのは、白い聖衣に身を包んだ見知らぬ人物だった。 金糸の刺繍が施された白の聖衣を纏っているということは、悪魔祓いではない。 女性のように典雅な面差しをした青年である。 薔薇の蕾を思わせる唇に透き通るように白い肌。美しい紺碧の瞳に、光を織ったような金色の髪は帯のように背中に広がっていた。 金糸の刺繍が施された聖衣が示すようにノルンのような見習いではなく、正式な聖職者だろう。 年齢はどう見ても二十歳前後、下手をすれば十代後半にも見えるかもしれないのに。 「誰?」 訝しげにノルンが言えば、青年はふわりと微笑んだ。警戒していた彼女でさえ、見とれてしまうほどに美しい笑み。そうやって笑えば、中性的な外見もあいまって女性にも男性にも見える。 「私はミシェルと言います」 ミシェル、それは大天使ミカエルに由来する名だ。それほど珍しい名前ではないが、驚くほどこの青年には似合っている。ノルンは何故かそう思った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |