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シリーズ
−N

「10分くらい、ちょっと待っててください。」

マンションにしては大きなシステムキッチンの中を、歩き回りつつ声をかけるが、返答はない。
しかしこれが零時さんの普通なのだと知ったので、最初のうちはともかく、最近は返答がないことにビクビクしたりはしなくなった。
冷蔵庫の中から鱈を3匹取り出して、グリルに入れる。
ちなみに僕が1匹、零時さんが2匹だ。
あらかじめ作ってあった肉じゃがを温めて、アサリのみそ汁も温めなおす。
それと同時にわかめの酢の物をタッパーから取り出して、出した小皿に盛りつけ、その上にしらすを載せる。
準備をしている間中、僕の顔がずっとゆるゆると緩んでしまっているのは、見苦しいかもしれないけれど許して欲しい。


毎日零時さんとの食事を準備しながら感じるのは、誰かと食べる食事、誰かに食べてもらえる嬉しさだ。


僕の父親は、物心ついたころにはすでにいなかった。
と、いうか物心ついたころには、実父でない父親がいて、しかもそれは早いサイクルで変わっていた。
母さんは、恋に生きる女なのだ。
母さんが幸せならそれでいいと僕は思う。
夜の仕事をしながら必死に僕を育ててくれた母さんに、僕は愛されている気持ちを感じても、恨みなんて持ちっこない。
父親は、僕が家族の気持ちになる前に次から次へと変わっていたけれど、幸い僕に暴力をふるうような人はいなかった。
今回の様に時折母さんは、好きになった人とどっかに行ってしまうのだけれども、それもいいんじゃないかと思うのだ。
僕を足かせにしたくない。母さんは自由な人だから、僕はその生き方を邪魔したくない。
ただ心配なのは、一緒にいる人がちゃんと母さんを大切にしてくれているのか。
母さんは幸せで過ごしているのか、そんなことがただ心配で。
母さんは人を見る目はあるのに、なんでかしらないけれど、いっつも長続きしないから。
今回こそは長続きしてほしいと思う。
ただひとつ、わがままを言っていいのなら、色々学校の手続きなんかもあるので、今いる場所くらいは教えてほしいけどね。

とにかく、昔からそんな生活を続けていたせいで、僕はいっつも一人っきりでご飯を食べていた。
母さんは朝は寝ていて夜は仕事。
父さん達も似たような生活で。
僕は朝から学校に行き、夜は寝る。
母さんは家事全般できない人だったから、小学校高学年くらいからすでに家事は僕の仕事となっていたのだけれど、自分で作って一人でその食事を食べることは酷く味気ないのだと、僕は給食を食べながらしみじみ思ったものだ。
どんな状況にあってもおなかは減るからたべるんだけど。うん。
高校に入ってからも、あんまり友達がいないものだから似たような生活で。


だから、


「零時さん、できましたよ。」
「おう」

こうやって誰かとテーブルを囲んで、そして僕が作ったご飯を誰かが食べてくれるということが、泣きたくなるほど嬉しい。

この生活が長く続かないことは知っているけれど、幸せで幸せで仕方ない。
これ以上多くは望まないから、少しでも長く続けばいい。
夏休みギリギリまで続いてほしい、なんて。



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あきゅろす。
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