シリーズ −I side:零時 「お前マジで料理作れんの?」 「あ、ハイ。・・・今は寮暮らしですけど、母親と二人暮らしだったので・・・母親は家事さっぱりでしたし・・・。」 「ふぅん・・・」 それなら一度やらせてみるか。 まぁ、期待はしてねぇけど。 「じゃあ掃除洗濯、あと食事。俺がいるときは三食作れ。生活費は置いとくわ。」 「あ、は、はい!」 流石に頼みすぎかと思いつつも、まぁ文句を言うなら追い出せばいいか、とつらつらと仕事を並べ立てると、目の前の真黒な瞳がぱっと輝いて。 無駄に大きな瞳が、嬉しそうにキラキラと俺を見上げてきたのを見て、あることを思い出した。 そして、言葉を付け加える。 「ああ、あと、犬の餌と水も毎日替えとけ」 「・・・犬?」 首をかしげた男に、部屋の隅に置いてあった餌箱と水を指さした。 ぽつり、と置かれたそれ。 一度それに目をやってから、男は戸惑ったように部屋を見回した。 「今はいねぇよ。今、迷子。」 「あ・・・、キツネが言ってた・・・?」 1年程前から飼っている、チワワ。 数日前から行方不明中で、探してるんだがなかなか見つからない。 どうやら偶然玄関から出てしまって、オートロックのドアに締め出されてしまったようだ。 その日から全く減らない餌箱を見ているが、俺はすぐに帰ってくると信じている。 「・・・わかりました。」 男はもう一度餌箱を見ると、しっかりと頷いた。 その時の様子が、何処か今までとは違って見えて。 嫌いなツラ構えじゃ、ねぇな。 「オイ」 「は、はい」 「一々どもんな。ウゼェ」 「す、すみませ・・・あああ、すみま」 がたぶる震えつつ、挙動不審に慌てる男に、ため息をつく。 俺の態度もアレなんだろうが、コイツ、ちょっとビビリすぎじゃねぇか? 「あー、もういい。つか、お前名前は」 「え?あ、五月、雨です。」 「あめ?なんか甘ったるそうな名前だなお前。」 「あ、違います。そっちのあめ、じゃなくてお天気のあめ、です」 「あぁ、」 なるほど、と頷いて、なんだか不思議な響きだと、口の中で名前を転がして思った。 目の前の男には、不思議と似合っている気がする。 けれどそんなことをそのまま認めるのは、妙に癪で。 「あぁ、面倒だ。お前、今日からポチな。」 「(えええええええ!?)」 「・・・なんか文句あんのか?あぁ?」 「な、ないです・・・!」 不服そうに顔をしかめた男をぎり、と睨みつけると、男はがくがくと首を振ってうなずいた。 ちなみにポチってーのは、飼ってたチワワの名前だ。 似てっからいいだろ。ポチで。 「えぇ、と、一陣、さん」 「零時でいい。」 「えええええ!?」 「ウルセェ!」 「す、すいません!・・・ぜ、零時さん・・・、よろしく、お願いします。」 言葉とともに深々と下げられた頭のつむじを見て、心底嫌だったこのお荷物が、それほどでもないのではないか、と思いなおし始めてきている自分に気がついた。 そのおどおどした態度はやっぱり気にいらないが、便利そうだし、邪魔にはならなそうだ。 一か月耐えれば、交渉人にも借りが返せるってことで、まぁ、悪くないのかもしれねぇな。 「まぁ、一か月頼むわ」 「は、はい!」 俺の言葉に頭を勢い良く上げて、見上げてきた笑顔を見て、ふと、迷子のバカ犬の顔が被ってしまい。 思わず笑ってしまった俺に男、否、ポチは目を見開いて固まっていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |