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05
 改めて痼りのある場所を見上げる三人。その場所は随分と高い。スナイパーライフルならスコープを使えば狙える射程距離だったかもしれないが、生憎三人の持ち合わせている銃火器はといえば、マシンガンが二丁に火炎放射器が一つ。組み合わせ的に分が悪い。
「いったいどうすればいいかな?」
 だが、ここで敵に背を向けてのこのこ帰るわけにはいかない。
「…となると、とるべき行動は一つだな」
 ロイは持っていたマシンガンをラキムに渡すと「サポートを頼む」と言い残し核を持つ木の側まで歩み寄る。
「……成る程…でも、リスクは大きいよ?」
 火炎放射器からマシンガンへ装備を変えたラキムが構えながら小さく呟く。
「だからこそのサポーターなんだろう?」
 隣に立つジャクリーンも同じようにマシンガンを構え唾を飲んだ。一度深く息を吸い込むと、三人はそれぞれ行動を開始する。
 同時に始まる発砲音。それを聞きながら、ロイは木の裏手から枝を伝い上を目指す。目的地は人型の痼りの近く。徐々に距離を詰めようやく肉眼でそれを確認出来る位置まで移動すると、ロイは枝から手を離し痼りの後ろ側へと着地した。
「!!」
 相手が振り返るよりも早く足を踏み出すと一気に距離を縮めてナイフを突き立てる。響きわたる絶叫が耳の鼓膜を痛いくらい振動させたが、そんなことに構っている余裕などない。素早くナイフを抜き取ると続けざまに攻撃を仕掛ける。大きく右手を左から右へ降り払い、痼りの喉元に刃を当てスライドさせる。吹きあがるどす黒い血から身を守る様に距離を置くと。腰に下げていた投げナイフを抜き取り、痼りの脳天めがけて投げつける。見開いた目が怒りをはらみ、まっすぐに向けられる殺意。吐き出し続ける赤黒い血の海の中で、クリーチャーの核は大きく口を開くとロイに向かって粘着質な粘液を吐き出した。
「ちぃっ!!」
 一発目は難なく避けることが出来た。二度、三度と連続して粘液を吐き出されぎりぎりのところでそれをかわす。だが四発目の粘液はまるで計算されたかのようなタイミングでロイの着地した地点へと吐き出され、避けるタイミングを失ったロイは真正面からそれを食らってしまった。
「ろ……い……?」
 触手の操っている力が弱まったお陰で順調に生きた死体は片づいた。もう数体しか残っていないと言った時に何となく感じた不穏な空気。アシュレーは無意識のうちに核と呼ばれた心臓の方へと視線を向ける。大きな心臓の上にある奇妙な形。それが何かと目を凝らすと、一つは心臓から生えている人間の上半身で、一つが自分の相棒だと思っている人間の姿だと言うことに気がつく。だが、何か様子が変だった。更に視覚に全神経を集中させじっと見てみると、ロイが地に足を着けて動けなくなっていることに気がつく。それに近寄るように痼りが這いずって移動していることに気がついたアシュレーは、持っていたライフル銃を放り出すと核の方へ向かって走り出した。
「何処に行くんですか!! 待ちなさい!!」
 後ろでジュノーが大声で何かを叫んでいるがそんなことに構っている余裕なんてない。時は一刻を争う。心臓の下に辿り着いたアシュレーはそのまま足を曲げ跳躍すると枝を足場にし上を目指す。
「ロイっっっっっっっ!!」
 痼りの伸ばした手がロイの手に触れるよりもわずかに早く、アシュレーは痼りの後ろに着地しそれに腕を伸ばした。
「貴様…」
 痼りの頭の部分。そこを掴むと、そのまま指に力を込め持ち上げる。
「こいつに何をするつもりだったんだ?」
 指に伝わる頭蓋骨の感触。それが軋んだ音を立てる度、痼りの顔が苦痛で歪む。普段のアシュレーからは想像も出来ないような冷たい空気。穏和な表情で浮かべる笑みは完全に消え失せ、冷徹な瞳が捕らえたのは外敵と見なす異物。それを睨み付けながら更に続ける言葉。
「許さない」
 右の手に力を込められる度、持ち上げられた異物の頭は徐々に変形を進めていく。
「誰の許可を得てこいつを殺そうとしてるんだ? 巫山戯るじゃねぇぞ」
 そう言い終わると同時に、頭蓋骨の砕ける音が辺りに響いた。潰れゆく頭から溢れだす脳漿と、その場所に収まることの出来なくなった目玉が大きく外へはみ出しだらしなくぶら下がる。鼻や口からは血や鼻水や涎と共に潰された脳味噌が流れ出し、足下の繭を汚れた色に染めあげていく。
「変異体だかなんだか知らないが、調子に乗るな、雑魚が」
 『ぐちゃり』。完全に握られたアシュレーの手の中で、痼りの頭が砕けた音が鳴り響いた。白い指の間から汚れた液体が滲み出て服を汚す。暫くして手を開けば、頭の潰された痼りの体が力無く繭の上に横たわる。それはもうぴくりとも動くことはなく、完全に生命活動を止めてしまったクリーチャー。終わりの時は予想外に呆気ない。
「アシュ……レー……」
 足先で横たわる汚物を弄んでいると、ふいに自分の名を呼ぶ声が耳に届いた。
「ロイ?」
 冷徹な瞳が一瞬にして不安に揺らぐ。
「大丈夫か!?」
 先ほどまでの空気が消えて無くなると、アシュレーは慌ててロイの元へと駆け寄った。手を伸ばしてその体に触れようと動いたが一瞬躊躇い腕を引っ込める。汚れた右手を服で拭うと、綺麗になったことを確認して恐る恐るロイの体に触れてみた。
「怪我とか…してないか?」
「……ああ…」
 妙な粘液を頭から被りはしたものの、アシュレーのお陰で傷一つない。それは、アシュレーもロイの体を触ることで理解する。
「良かった…」
 不意に腕を捕まれアシュレーの方へと引き寄せられる体。気がつけばロイはアシュレーの腕の中にいた。
「ロイが無事で良かった……」
 痛いくらいに抱きしめられそう耳元で呟かれる。
「………あ……」
 助かったのだから素直に喜べばいい。「ありがとう」と一言いえれば多分それで十分だろう。だが、ロイの頭は今、目の前で起こったことをうまく理解出来ずに混乱していた。
「やっぱり……アンタも…人じゃ…ないんだな…」
 始めてみたアシュレーの顔に感じたのは純粋なる恐怖。今まで余りにも化け物と雰囲気がかけ離れすぎていてつい忘れがちになってしまっていたが、アシュレーは人ではない化け物なのだということを改めて思い知らされたのがついさっきの出来事。怖いと体が危険を訴えている。だからいつものように腕を振り払うことすら出来ない。
「ロイ?」
 いつもと様子の違うロイにアシュレーは不安を覚え体を離した。自分の腕の中で震えるロイの瞳には怯えの色が宿っているのが見て取れる。
「……そうか…」
 彼が何故そういう反応をするのか原因が分かってしまったから胸が痛い。
「ごめん」
 これ以上触れていない方がいいような気がして身を引くと、唇を噛んで俯く。怒りに我を忘れたとは言え、好きな人に見せてはいけない一面を見られてしまった。あれで自分のことを受け入れてくれと言われても普通の人間ならまず無理だろう。
「アンジェリカにも見せたこと無かったのにな…」
 無性に泣きたくなったのを必死にこらえて無理に笑う。
「怖がらせちまったな。すまなかった」
 出来ることなら否定しないで欲しい。このことで嫌いにならないでくれと祈りながらも、ロイが自分から離れてしまうかもしれないことは仕方ないことだと自分に言い聞かせる。短い間でも人と共生出来たことに感謝すべきなのかもしれない。
「あのさ……もし俺がハントの対象に登録されちまった場合…」
「助かったよ。感謝してっから」
「え?」
 アシュレーが言葉を言い終わる前に無理矢理言葉で遮って用件を伝えると、ロイはそのまま足場から枝を伝い地面へと降りていく。
「待てよ! ロイ!」
 自分の後をアシュレーがついてくる気配はしたが振り返って待つことはしない。
 アシュレーが変化したときただその存在を怖いと感じた。今狩らなければいつかは自分が殺されることになるかもしれないだろう。そう感じている。だが、あのときアシュレーが自分に何を言おうとしているのか朧気ながらに感じ取った瞬間、それを言わさないと言わんばかりに口が勝手に動いていた。
「なん……で……」
 ロイとアシュレーが地上に降りたと同時に、木に貼り付いていた太い血管が枯れ、巨大な心臓が小さく萎んでいく。それが完全に干からびる頃には、蔓延っていた触手は元気をなくし、次々に地に倒れ動かなくなっていった。
「予想外…の…展開だけど、とりあえず、ミッション完了かな?」

 ラキムが言いながら端末を起動し応援要請とミッションの完了を本部に伝える。
「この区画は封鎖して焼却処分か?」
「感染を絶つ為にはそれが妥当だろうな」
 メンバーは皆それぞれ釈然としない表情を浮かべている。
「一度…宿に戻ろうか?」
 ラキムの提案に意義を唱えるものは、この場に一人も居なかった。

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