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04
 鬱蒼と茂る森は思った以上に進みにくい足場をしていた。
「本当にあれで良かったと思っているのか?」
「仕方ないでしょ? 向こうと組みたくないって言ったのはジュノーの方なんだから」
 先を歩く長身の黒髪の男はラキム・グリゴリ。ロイにメッセージを送りコンタクトを取ってきた人物だった。
「全く…何故私までこんな肉体労働を…」
 先ほどから文句が耐えないのは気むずかしい表情をしている男。ラキムより背は低いが、品の良い服装や眼鏡を掛けているところから如何にも頭脳派と言った雰囲気だ。どうやら前線で戦うというよりは、後方支援に特化しているのだろう。彼の名はジュノー・テュリエという。
「情報をナビで飛ばしていたらそれだけロスタイムが発生してしまう。ブレインは出来ればアームの傍に居て直ぐ指示を出せる方が良いと思うぞ」
 ラキムの隣を歩くのは、長いプラチナブランドの髪の毛を後ろで束ねた少女。彼女の名はジャクリーン・ボイド。彼女はジュノーのぼやきに対し抑揚のない声で呟く。
「君の言っていることは尤もだが、だからといってこれほどにまでリスクの高い事を望んでするほど私は酔狂じゃないんだ」
「どうせ守ってもらう立場なんだから文句を言わず足を動かせ」
「あははは。喧嘩は良くないと思うよ、二人とも」
 先を歩くメンバーは以前ロイとチームを組んでいたメンバーのうちの三人だとマスターに話は聞いていた。だが、思っていたよりもあまり中が宜しく無さそうな現状に、アシュレーは口を開けたまま呆然とするしかないかった。
「……人間って、こんなに仲が悪くても行動を共にするものなのか?」
 世間から離れた生活が長いアシュレーにとって、彼らのいがみ合いがどこまで本気なのかが分からない。その反応を楽しそうに後ろで眺めているロイは、先ほどから必死に笑いを堪え肩を振るわせていた。
「そんなことよりロイ」
「何だよ?」
 立ちはだかる草や枝を払いながら、不意にラキムがロイに声をかける。
「その人が噂の相棒さん?」
「ん? ああ、アシュレーのこと?か」
 突然話の矛先が自分へと向けられ、ロイは思わず身構えた。素性を聞かれると誤魔化すのが面倒くさい。さて、どうしたものかと暫し考えるが、そんなアシュレーを余所に、前方を歩くメンバー達の会話は勝手に進んでいくようで。
「アシュレーさんっていうの? その人」
「ああ」
 相変わらず手は動かしたまま、次々に切り開かれていく道。思った以上に順調に進むペースになんだか拍子抜けしつつ、アシュレーはみんなの後を追う速度を上げる。
「コンビ組んで長いの?」
 右から左に。持っている鉈が降り下ろされ切られた枝は、次々に地面へと落ちる。それを踏みならしながら少しずつ進む距離。
「そうでもないぜ。出会ってまだ二ヶ月ちょっとってとこだしな」
「へぇ、珍しいね」
 左側から木々が揺れる音が聞こえると同時に飛び出すのは獣の姿だ。
「甘い!」
 次の瞬間、銃の発砲音が辺り一帯に鳴り響く。硝煙を上げた銃口の先には、背に植物の触手が深く刺さった獣の死骸が転がっていた。
「足手まといになるようなら容赦なく捨てていくぞ」
「え?」
 余りにも無駄のない手際の良さ。それに対して思わず手を叩きそうになったアシュレーははっと我に返る。足下に転がるのは先ほどジャクリーンが仕留めた獣だった物。どうやら危険が迫っていたのは自分の身にだったらしい。それに気付き困ったように表情を崩すと、助けてくれたジャクリーンにじろりと睨まれてしまった。
「なんだか彼、他人って気がしないなぁ…」
 道を切り開いていた手を止め振り返り、二人のやりとりを眺めるラキムは、そんなアシュレーの反応を見ながら苦笑を浮かべる。
「貴方が二人居るみたいで頭が痛いですけれどもね、私は」
 それに対して小言を言うジュノーが盛大に溜息をついた後、端末を操作し今倒したばかりのクリーチャーの情報を記録する作業に取りかかった。
「本体まではあとどれくらいあるんだ?」
 ジュノーの作業を横目に見ながら口にした疑問。
「そうだねぇ……あと数百メートル、って所かな?」
 幾つかのチームに分かれてそれぞれのポイントより森の内部に足を踏み入れた討伐メンバー達。その中でもロイ達のチームは一番核を持つ本体から遠いルートから森の中へと潜入し進んでいた。
「思ったよりは早く着きそうだな」
 歩き始めることかれこれ五時間強。この間まともな休みは一度もない。
「早いチームは既に本体との交戦を始めては居るみたいだよ」
 情報を共有するために組まれたネットワークを介して届けられる情報を確かめながらラキムは言う。
「死に急ぐ結果になられければいいんですがね」
 情報を全て入力し終えたジュノーが顔を上げ皮肉を言った。
「死なれることで脳を乗っ取られ操られたら、それだけ倒す敵の数が増える事になるみたいですから、面倒なことにだけはなって欲しくないものです」
「相変わらず手厳しいね、ジュノーは」
 そうやって確実に立ちふさがる敵を倒しながら漸く辿り着いたのが、核を持つ本体のある場所だった。突然開かれた場に漂うのは不穏な空気。
「何というか…」
 その光景を見て一同は足を止める。
「予想通りというか、全く、馬鹿が多くて困るな」
 激しく鳴り響く銃声と叫び声。そこら中に飛び散る血で地面は赤く染まっている。
「既に何人かは取り込まれているみたいだぞ」
 ジャクリーンの言う通り。背中や後頭部に触手を刺した人間がゆらゆらとふらついた足取りで元仲間だったハンターを襲い食らっている光景が目に飛び込んでくる。容赦なく飛び散る血と肉が辿り着いた四人の足下にまで飛んできて落ちた。
「御託はいい。さっさと片付けるぞ」
 ここでのんびりしている暇はない。持ってきていた荷物を地面に下ろすと、ロイ、ラキム、ジャクリーンの三人は即座に武器を組み立て始める。
「えーっと…」
「そこで呆けているつもりなら、邪魔にならない場所で待機していただけますか? 実践慣れしていない人間は正直、足手まといです」
 武器を組み立てている間に前にでたジュノーが端末を取り出すとスキャン装置を起動しレーザーを照射してターゲットのサーチに入る。なるほど。元チームなだけあって呼吸は見事なくらいにまでぴったりと合い乱れがない。データのスキャンが終わったと同時にジュノーが後衛に移動し、火炎放射器を構えたラキムが前衛へと動きポジションをチェンジ。
「取りあえず、核を守っている防壁を崩すのが先だ! 操られている死体は死体そのものの意志はない。死体と本体をとつなぐ触手を潰してしまえばただの屍に戻るはずだ!」
「了解!」
 火炎放射器のトリガーを引くと直ぐさま吐き出される炎。それが触手とその先に繋がる生きた死体を焼いていく。
「ジャクリーン! 死体は確実に頭を潰せ。そうすれば噛みついてくることが出来なくなる分、感染の確率は極端に低くなる」
「そんな事くらい分かってる! 嘗めるな!!」
 アサルトマシンガンの発砲音が鳴り響く。飛び散る脳漿と細かく砕かれていく触手の先端。操る為の端末を無くした触手は、次なる駒を求めてさまようが、それを阻む様に照射される火炎によって無惨にも焼かれた後力無く地に落ち動かなくなる。そんな行動を幾度と無く繰り返し、着実に本体を守る防壁を崩していくと、ようやく核を持つクリーチャーの本体の一部が姿を現した。
「見えた!」
 一本の太い木の幹に脈打つ繭に包まれた巨大な心臓。太い血管が木の中へと伸び、どくんどくんと脈打っている。
「本体は何処だ!?」
 ジュノーはスコープを装備すると素早く木の全体を見渡した。
「…………あれか!」
 巨大な心臓にある小さな痼り。よく見るとそれは上半身だけ覗かせた人の形をしていることに気づく。
「見つけたぞ! あれが本体だ!」
 携帯端末で各自が装備しているスカウターに本体の座標を入力し送る。位置を確認した三人は小さく頷くと一直線に本体である木に向かって走り出した。
「あっ…おい! 特攻みたいになってるけど良いのか!?」
「彼らは戦うことに関してはプロです。彼らがそう行動すると決めたのなら、僕にはなにも口出しは出来ない。大丈夫ですよ。彼らが今まで判断を間違ったことは一度たりともあり得ないのだから、取りあえず…今は僕たちは僕たちに出来ることをするまでです!」
 ロイ、ラキム、ジャクリーンの三人が居なくなったことで薄くなってしまった守り。今まで防御していた盾を失ってしまったことによりジュノーとアシュレーが敵の目にさらされてしまった。
「取りあえず、貴方にも手伝ってもらいますよ! これを」
 放り投げられたのは一丁のライフル銃。
「弾はこのバッグの中です。自分の身くらい自分で守ってください!」
「えっ! ちょっ…」
 文句を言っている暇はない。ジュノーは言いたいことだけをアシュレーに伝えると、さっさと戦闘態勢に移行し応戦をし始める。一瞬どうすればいいのか迷ったが、直ぐ傍に寄る敵と呼ぶしかない生きた死体の存在に気づくとアシュレーは慌ててライフルを構えて敵を撃つ。
「質疑応答の時間は用意されていませんってことかよ! 畜生!!」
 ロイのサポート云々よりもまずはここを切り抜けることが先らしい。後を追いたいのに終えないジレンマを無理矢理押さえ込むと、アシュレーは次々に襲いくるリビングデッドをジュノーと二人で片付けることに専念した。

 破れた防壁から内部へ進入すると、恐ろしく耳の痛くなるほどの静寂が辺りを支配していた。
「……これが…核…」
 予想以上に大きな心臓とその上部にある痼りのような人間の半身。
「さっさと片付けて帰るぞ、ラキム」
 ジャクリーンが持っていたアサルトマシンガンの銃口を心臓に向け、躊躇うことなくトリガーを引く。
「ジャクリーン!」
 激しい発砲音が鳴り響く。繭が徐々に破れ、赤黒い液体が飛び散り地面を黒く染めていく。辺りに漂う異臭に思わず三人は顔をしかめた。
「もの凄い…臭いだな…」
 一度銃撃の手を止めジャクリーンは鼻を押さえて臭いを防ぐ。
「これじゃあ鼻がおかしくなっちゃうよ…」
 ラキムが言い終わったと同時に降りおろされた触手。勢いよく動くそれが、ジャクリーンの背を強く叩き彼女の体を弾き飛ばした。
「きゃあ!!」
「ジャクリーン!!」
 倒れそうになる彼女の体をラキムは慌てて抱き止める。間一髪という所でジャクリーンの体は地面と触れ合うことなく止まる。
「大丈夫?」
「……クッ…大丈夫だ!」
 ラキムの腕の中から素早く飛び起きると、ジャクリーンは再びマシンガンを構え狙いを定める。だが、次にトリガーを引こうと指に力を入れたタイミングでロイからの制止がかかった。
「待てよ、ジャクリーン。本当の核はたぶんあの人型の痼り部分だ。心臓を幾ら傷つけても直ぐに修復が始まってしまう。ホラ」
 そういってロイが指を指した先は、先ほどジャクリーンが打ち込んだマシンガンによる傷口のある場所。
「恐ろしい勢いで回復しているのが分かるか?」
 言葉の通り、ジクジクとした傷は周りの細胞がせわしなく動き傷口をあっと言う間に塞いでしまっている。
「あれを見てみろよ」
 ロイの指が心臓上部にある痼りを指さす。
「笑って居やがる」
 痼りは不適に広角をつり上げると、まるで必死に戦う人間の姿を馬鹿にするかのように薄ら笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「いたずらに刺激すれば、それだけこっちに不利な状況になるってことかな?」
「多分そういうことだろう」

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