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04
「もう行くんだろう?」
「アンタさ…いつまでも此処に居続けるつもりなワケ?」
 何故そんな行動をとったのかは判らない。しかしもう無意識に身体は次の行動を起こし始めている。特に考えて吐き出した訳では無い言葉は、自分の意思に反して勝手に口から零れ出す。
「もっと外の世界を見てみようとは思わねぇの? 自分の足で世界を歩きたいとは思ったりしねぇのかよ?」
 何を言っているのか、何を伝えたいのか。頭で考えるよりも先に、次次と溢れ出てくる言葉たち。
「死を渇望した先に見えるのは何だよ? 永く続いた夢の果てに一体何が見えたんだ? 現実を知って絶望したら、もうそこで終わりなのか?」
 何一つうまくまとまらないから、取りあえず手が出てしまった。乾いた音を立ててロイの右の掌が男の頬を勢いよく叩く。
「鼓動を刻むことは無くなってしまったのかもしれないが、アンタの時が止まったわけではないんだろう!? ならば絶望して終わりを願うよりも、生きることを渇望し前を向いて見やがれ! 何でわざわざ死を選ぶんだ! 何故テメェの足で歩くことをしようとしない! アンタは何のために此処にいんだよ! 目を覚ませよ! もっと貪欲に求めてみろってんだ!!」
 言い終わった後息があがっていることに気づいて驚いた。全身が小さく震えている。だが、それと反比例するように急速に冷えていく思考。
「あ……俺は…一体…何…を……」
「………お前はまるで、アンジェリカみたいだな」
「え?」
 その言葉に驚いて顔を上げると、陰鬱な表情を浮かべていた男が困ったように眉を下げてこちらを見ている。
「思い出したよ。そうか…アンジェリカが居なくなって、もう三千年近くの月日が流れていたんだな」
 随分と長い間夢を見続けていたせいで、現実と夢の区別が付かなくなってしまっていたらしい。男はそう呟くと頭を掻いて溜息を吐く。
「アンジェリカは死んでしまったんだろうな、やっぱり」
「アンタ……」
 すっきりしたという表情。薄ぼんやりとした微睡みが消えた男がしっかりとした足取りで再び窓際へと歩み寄る。すっと窓から手を出し城壁を二、三叩くと不思議なことに今まで城を覆っていた茨の蔦がするすると縮みはじめて跡形もなく消えた。
「彼女は言ってくれた。私でよければ時を共に過ごしましょうと。でもそれを断ったのは俺だ」
「何の話だ?」
「何。年寄りの昔話さ」
 過去を懐かしむように目を細め、窓際に腰掛けると男はゆっくりと記憶を辿る。
「昔、昔の話だよ。ある古城にね、一人の吸血鬼が住んでいたんだ。彼は知らなかった。他人に温もりがあることを。何故だと思う?」
「……吸血鬼には体温が無いから…とでも言いたいのか?」
「その通りだね」
 なんだかんだ言いつつも、やっぱり男のペースに巻き込まれてしまう。もうこうなったら腹を括るしかないようだ。ロイは半ば諦めたように肩を落とすと、適当な場所に座り話の続きを促した。それに答えるように男は頷くと言葉を続ける。
「そんな寂しい化け物に温もりを与えてくれたのは一人の村娘。名前は…言わなくても判るよな?」
「アンジェリカ…だろう?」
「そう。アンジェリカだ。彼女とは森で初めて出会った。何時もよりも少し奥まで足を踏み入れてみたら迷ってしまったのだと恥ずかしそうに言っていたな。俺は始め、彼女のことを良くは思わなかったんだ。領域に不法に侵入していた異物としか思っていなかったんでね」
 手持ちぶさたになってしまったため、ロイは取りあえず武器の手入れを始める。男が良い顔をしないかもと心配したがどうやらそれは杞憂に終わった。コチラの行動をあまり気に止めてはいないらしい。男の話に耳を傾けながらも、手はひたすらに道具の調整をするため動かし続ける。
「不思議なことに彼女はそれから何度も俺のところに通ってきてくれた。新しく出来た友達だと言っていろいろと世話を焼いてくれたんだ。元々お節介な性格をしていたのかもしれない。始めの頃こそ疎ましいと思っていたが、それが段々と心地よく感じ始めてきた。彼女と出会ったことで、俺の心は少しずつ変化していったんだよ」
 作業の手を止めて男の方へと視線を向けると、この部屋の何処も見ていない男の横顔が目に入る。
「彼女の傍に居られる事が、いつの間にか安らぎだと感じ始めていたんだろうな。それに気づくのにさほど時間はかからなかったよ。そうやって月日は穏やかに過ぎていったんだ。何事もなくただ、平穏に」
「それならば何で、その彼女とは別れてしまったのさ?」
 余計なことを聞いたかと思ったが、これ以上話が長くなるのなら一度腹ごしらえがしたい。そう思ったロイは容赦なく話の腰を折る。
「彼女が成長してしまったからさ」
「それはつまり…」
「時間の流れが違うということに、彼女が気づいてしまった。だから別れたんだ」
 非常に珍しい事例だ。男の言葉にロイはほうと相槌を打った。
「仲間にしようとは思わなかったのかよ?」
「そのときは微塵にも思わなかったな」
「一人が寂しいと感じたことは?」
「彼女が居なくなって初めてそれが寂しいと言うことだと気づいたんだ」
 おかしいだろう? この男の話を聞いて、ぼんやりとこの男は欠陥品なんだと思う。生存本能や欲求が著しく欠如してしまっている化け物。なるほど、これでは調子が狂うわけだ。
「彼女に枷をはめず人の世に戻した後、寂しさに耐えられなくなったアンタは深い眠りについた…つまりはそう言うことか」
「要約するとそんな感じかな?」
 不器用な愛情。もしかするとそれが好意という感情であることすら気づいていないのかもしれない。
「アンタ、変な奴だな」
 調整の終わった武器をそっと床の上に置くとサイドバッグに突っ込んだままだった端末を取り出し起動する。
「化け物のくせに欲が薄い。良くそれで生きて来られたね」
「それは褒め言葉だろうか?」
 何ておかしな事を聞くんだろう。
「そんなことある訳が無ぇだろ」
 そう答えると、不思議と楽しそうに男は頷いた。
「そう言うと思った」
 今まで集めてきたこの城に関する情報を端末の中にインプットしながらロイは疑問に思ったことを訪ねてみる。
「人の血肉を欲するという欲求は薄いのか?」
 この質問に対しての答えによっては、今此処でこの男を始末しなければならない。注意深く男を観察しながら、質問に対しての解答を待つ。
「残念ながら人の味を知らない。血も肉も食らったことがないんだ」
「へ?」
 余りにも予想外の答えに、思わずこう訪ねてしまった。
「アンタ、吸血鬼なんだろう?」
 すると男は言いにくそうにこう答えを返した。
「そうなんだろうけれど、何時も植物が気を分けてくれていたから、人里まで降りたことは無いよ。人の気の味は、アンジェリカと……お前さんのものしか知らないな」
 人の味を知らない吸血鬼。しかも、食事の方法はどうやら血液を啜ったり肉を食らったりする訳ではなく、触れることで摂取するエナジーを取り込むようなやり方らしい。
「俺の…って…」
「俺が目を覚ましたとき、アンジェリカと間違えて貰っちまっただろう?」
「あ」
 言われて蘇る少し前の記憶。とても思い出したくもないことを鮮明に思い出した。唇に軽く触れた感触が蘇り非常に嫌な気分を味わい零した舌打ち。
「人違いとはいえ、悪かったよ」
「……言うなよ。聞きたくもねぇや」
 兎に角、今までの会話から推測するに、この男はいろいろと常識が欠如しているらしい。植物からエナジーを分けてもらえると言うことは、人を襲うことも考えにくいだろう。それならばハントする必要はないと判断しても問題はないはずである。
「取りあえず、欲しい情報はある程度集まったかな」
「え?」
 端末を終了させロイはすっくと立ち上がる。
「これからどうするかは自分で決めるといいんじゃね? だってアンタは自由なんだ。中身が爺さんだとしても、見た目はまだ若いんだからさぁ……これから先、いろいろなことを経験するといいんじゃねぇの?」
 そんな風にかけた言葉。ただし、それに自分が付き合ってやる義理は勿論ない。先ほど端末に届いたメッセージの中には新しい仕事の依頼があった。その仕事を受けるのならば、これからのスケジュールを考え、早々にこの場所を立ち去った方が良さそうである。
「今度こそ俺は行くぜ。アンタのことは協会に連絡しておいてハントリストから外して貰うからさ、もう殺してくれなんて縋るんじゃねぇぞ」
 「じゃあな」。その一言だけ残しロイは今度こそ部屋を後にした。螺旋階段を下り棟の入り口へと辿り着く。回廊を抜けエントランスを突っ切ると玄関の扉を開け正門までまっすぐに進んだ。茨が無くなった庭は随分とすっきりとし、この敷地が思って居た以上に広大な敷地であったことに気付かされ、素直に驚く。この門を潜ればこの不思議な空間とはさようならだ。
「貪欲に求めてみても良いんだろう?」
「え?」
 突然耳元で囁かれた言葉。振り返ると直ぐ後ろにこの城の主である男が立っている。
「何時の間に…」
「求めろと言ったのはお前さんの方だ」
 男は一度後ろを振り返り城をゆっくりと眺めた後、再びロイの方へと向き直りはっきりと言葉を紡いだ。
「俺も連れていってくれないか?」
「はぁ?」
 言われた言葉の意味が理解出来ないと。眉を上げ妙に間の抜けた返事を返せば、男は困った様に微笑みながら言葉を続ける。
「もう、眠ることには飽きてしまった。俺に世界を見ろと言ったのはお前さんだ。求めてみても良いんだろう? 欲しいと思ったものを」
 冷たく白い手のひらがロイの手に触れるとそっと持ち上げられる。甲に触れる唇は白い手と同じくとても冷たい。
「興味があるんだ。お前さんに。アンジェリカの時とはまた別の意味で。アンジェリカの時はその手を離してしまったけれど、今度はお前さんの傍でいろんな事を学んでみたい。駄目かな?」
「駄目……と言われても…」
 嫌だと言っても多分この男は着いて来てしまうのだろう。それは雰囲気から何となく感じ取れてしまう。ならば答えは、初めから一つしかないじゃないか。
「勝手にしろよ…ったく」
 繋がれた手を振り払わないことが了承の合図。そう答えると男は心底嬉しそうに笑い頷いた。
「そうか。よろしくな、……えっと…」
「ロイだよ、ロイ。俺の名前はロイってんの」
「ロイ」
 教えたばかりの名を噛みしめるように復唱すると、そっと男の顔が近づき耳元で囁かれる。
「俺の名前はアシュレーだ。呼んでくれないか? ロイ」

 夢の終わり。現実の始まり。
 茨で覆われた城の奥で眠りに就いていたのは世間知らずのフリークス。
 その眠りを覚ましたのは王子様とは到底言えないような一人の狩人。
 交わることのない二つの時間が一つに交わる。
 眠り姫の時が動き始めるまで、それほど時間はかからないだろう。何故なら…

「今度は間違わないよ、アンジェリカ」

 もう既に、彼の心はこの若いハンターに傾き始めていたのだから。
 眠りに就いた主を守る茨はもう無い。代わりに城から離れていく二つの影。これから先どんな未来が待ち受けていても、それは一つずつが自分を大きくする為の糧になるのだろう。

 君に出会えた奇跡。先の未来に幸あらんことを。

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あきゅろす。
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