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06*
 この後色々と考えることは山積みだったが、先ずは風呂に入りたい。宿に着いたと同時に、ロイはバスルームへと姿を消した。アシュレーはというと、洗面所で着ていた服を脱ぐと手洗いでその汚れを落とし始める。
「……どうしよう……」
 言葉にすればより不安は強くなる。
「捨てられたら、どうしよう…」
 ようやく見つけた安らげる居場所。ロイの傍に居たいと願い半ば強引に彼についてまわっていたのに、まさかこんな形で壁が出来るとは思いも寄らなかった。
「嫌だ…」
 思考は何処までもマイナスに傾く。何を考えても結局はロイが自分から去っていくのではという不安に囚われ情緒が不安定になってしまう。
「……ロイ…」
 捨てないで欲しい。そう心の中で呟いた瞬間だった。突然バスルームの方で大きな音がする。その音に一度肩を跳ねた後アシュレーは慌ててバスルームの扉を開く。
「どうしたんだ!? ロイ!!」
 怪我はないと言っていたが、本当は大怪我をしているのでは……? 頭に過ぎるさき程とは異なる不安。それを抱えバスルームに飛び込むと、部屋の中央でうずくまるロイの姿を見つけ慌てて駆け寄る。
「やはり怪我でもしてたのか!?」
 そっと肩に手をかけて傷の具合を見るため動かすと、腕の中に収まるロイが小さく震えながら細い悲鳴を上げた。
「え?」
 まだ何もしていないのに悲鳴を上げられた。それは自分に対する拒絶なのだろうか。アシュレーは寂しくなって眉を下げる。
「……ロイ?」 
 しかし、よく見るとどうやらそうではないらしいことに気が付いた。何故なら、彼は自分の腕の中で苦しそうに呼吸を繰り返している。呼吸をすることが苦しいのだろうか。肩で大きく息を繰り返す彼の白い肌にはほんのり紅が差し、心なしか頬も薄紅色に染まっていた。碧色の瞳が涙に揺れ、だらしなく開いた口からこぼれるのは熱い吐息。そして…何よりも一番気になったのは…
「勃ってる…」
 ロイの股の間で自己主張するそれだ。何をしたわけでもないのに、反り勃ったモノは切なそうに震えながら鈴口から先走りを垂れ流していた。
「何……故……」
 そこでようやく、間が悪いタイミングに踏み込んでしまったことにアシュレーは気づいた。
「わっ! すまん! ごめん! 悪い!!」
 慌てて後ろを振り向いてやっちまったと頭を抱える。まさか一人で処理をしている場に踏み込んでしまうとは、非常に顔を併せにくい嫌なタイミング。
「おっ、俺、外にいるから! ホントごめん!」
 兎に角ここから立ち去ろう。お叱りは後で受けるから。そう自分に言い訳をしながら立ち上がると、なるべくロイの方を見ないようにして、アシュレーはバスルームから出ようと足を動かす。
「待てっ……アシュレーっ……」
 しかし、その行動は意外な理由で遮られた。後ろから伸びてきたロイの手がアシュレーの腕を掴む。
「……苦しい…んだ……たすけ……」
 そうやって必死にロイが縋ってくるもんだから、アシュレーの理性は呆気なく切れてしまった。

 で、今に至る。
「さいていっ……だな! アンタっ!」
「色気のない喘ぎ声。でも、そんなロイが凄く可愛いよ」
 ロイの体に傷はなかったが、頭から被ってしまった粘液はどうやら強力な催淫効果を持つ物質が含まれていたらしい。シャワーでそれを洗い流す際、間違って少量を飲み込んでしまった彼は、突然襲ってきた体の疼きに耐えられずバスルームで倒れてしまったと言う訳だ。初めはこの疼きから一刻も早く解放されたくてアシュレーに思わず助けを求め売春婦も吃驚するほどの色香で誘いまくっていたが、一度精を吐き出した頃から段々頭が冷静になってくると自分が今とんでもない行為に及んでいることを理解し初め、必死に抵抗を試みた。だがその時はもうすでに後の祭り。自分の中にこんなに強い性的欲求が存在していたことに驚きつつも、アシュレーはすっかりその気になってしまっていて歯止めが利かない。おまけにまだ催淫物質が体内に残っているのか、先ほどまでの欲求には及ばないにしろ、いまだ疼きを訴える身体は刺激を求めて、無意識にアシュレーを煽ってしまう。そして、結果的にどうなったかというと……
「やめ……なかで、おおきくすんなぁっっ!!」
「悪い。止めらんない」
 こうなったというわけである。
「ぐっ……あぁ……はっ…」
 自分の下で苦しそうに息を吐きながら必死に耐えるロイ。その喘ぎには全く色気はないのに、自然と顔が緩んでしまう。
「ロイ……可愛い……」
 キスしたい。そう思ったのなら重ねてしまえばいい、唇を。自分の欲望に素直に従うアシュレーは、薄く開いたロイの口に吸い付くように唇を寄せると、貪るように接吻を深くする。
「ふぅっっんっ」
 ロイの顎が上を向き、その背中が撓ると中に入っているアシュレーのモノが痛いくらいに締め付ける。直腸に感じる異質な感覚。しかしそれですら、今のロイには体の熱を煽る要因にしかならない。下半身から這い上る強すぎる程の刺激。それをダイレクトに感じ、快感囚われたロイは大きく目を開けて起立した自身から白濁を吐き出した。
「あ…はっ……はぁ……」
「あっ…」
 互いの腹にべったりと付着する白濁。そっと肌を撫でる指がそれ掬うと、アシュレーは何度か擦り合わせて粘度を確かめる。ぺろりと指に付いたものを舐めとるとロイの顔が真っ赤になった。
「なになめてるんだっ!! やめっ……んっ……」
「何で? ロイのだから嫌じゃないよ?」
 意地が悪いと判っていても、もっといろんな顔がみたい。わざとらしく結合部を濡れた指でなぞれば、ロイが眉間に皺を寄せていやいやと首を横に振って見せた。
「ここは嫌い?」
「へんなかんじがするっ」
「気持ちいいんだろ?」
「しるかぁっっ」
 声に混じる嗚咽。でもそれが行きすぎた快感から来るものだと判っているから愛おしくて仕方ない。
「俺は嬉しいよ? ロイと繋がってることが」
「……なにをっ……」
「ロイ…」
 今まで動かしていた腰の動きがぴたりと止まる。与えられていた刺激が止みほっとしたのも束の間。下半身から上り詰める強い快感が止むと、身体は途端に物足りなくなりもぞもぞとした違和感がロイを襲う。
「あしゅ……れ……」
「俺のこと、好きか?」
 突然何を言うのだ。熱に浮かされた頭でロイはぼんやりと考える。
「なぁ……俺のこと好きかって聞いてるんだけど……」
 身体を穿つ杭は凶器の如く無理にそこを押し広げ制止の言葉など無視して乱暴に侵略を繰り返すのに、その行為を行う自分の上に乗る人物は酷く辛そうに眉をしかめ泣きそうな顔をする。身体は早く熱を解放したくてアシュレーを求める。繋がった部分から得られる快感は違和感こそあるが全否定するほど嫌と言うわけではない。それでは心は……と思うと、再びアシュレーの唇が自分のものと重なった。
「烏滸がましいよな……俺がロイのことを好きだなんて言って……。でも、正直嬉しかったりもするんだよ、今この状況は。なぁ、判るか? 俺は、人間でないけれど、ロイの事がもの凄く欲しいと思ってる。おかしいかな? そんな風に思うことは。出来れば……こんな風に何かによってしなくてはならない行為なんかじゃなく、ちゃんとロイが納得して俺を受け入れて欲しいんだが……」
「……そうとう……じぶん……かって……だなっ」
「ロイ?」
 ここまでしろと強制した覚えはない。助けては欲しかったが、突っ込んで欲しいなんて頼んだ覚えは一つもない。それなのに勝手に欲情して勝手に中に杭を埋められた。その上好きになってくれというのは、随分虫の良い話だと思わないか? ロイはそう目で訴える。
「…………ごめん……」
「……だけど……アシュレー………」
 未だ熱に浮かされる身体では呼吸が上手く出来ず大きく上下する胸。荒い息づかいに必死に言葉を紡ぐと、そっとロイはアシュレーの頬に触れふっと笑った。
「嫌いだったらそばにいるわけねぇだろ? 俺……あんたのこと……きらいじゃ……ないっ」
「ロイ!」
 腕を引っ張られて上半身を起こされる。そのままアシュレーの上に座らされると入っていたものの角度が変わり、繋がりは一層深くなった。
「くぁっ……あ…」
 爪先がシーツを掴み引っ張る。
「友達でも相棒でも何でもいいから傍にいさせて。恋人なんてものは望まないから」
「わかっ…たから、早くこれを何とかしろっっ!!」
 もう限界だった。アシュレーの肩に手を置くと、ロイは自分から腰を動かしアシュレーを煽る。
「ロイ!?」
「たのむっ……いかせてくれ……っ!」
 潤んだ目が必死に解放を訴える。もうどうにでもなってしまえ。ロイはアシュレーの首に腕を絡めると自分から深く接吻を交わす。
「ロイがそう望むなら」
 今は何も考えない。ただ目の前に居る人物を満足させる事だけに集中しよう。そう考え直したアシュレーがロイの腰を掴み直すと再び行為を再開。
「あぁっっ……!」
 濡れた水音が響く。灯り取りのランプの中で揺れる蝋燭の炎がオレンジ色に染めた部屋の中で、ただひたすらに快楽だけを追い求めて二人は行為に集中することにした。

 清々しい朝というモノは、健全に生活を行うからこそ清々しいのだと感じるんだと思う。
 乱れたベッドのシーツの中。ロイはむくりと起き出すと身体の違和感に思わず眉間に皺を寄せて唸った。
「腰が……怠りぃ……」
 尻の穴に違和感を感じるのは全て昨日の事が原因である。もう身体の疼きはない。代わりに恐ろしい程の倦怠感と気持ちの悪い違和感がロイを襲う。
「う……んっ……ろ……い……?」
 自分の上に乗せられていた白く冷たい腕が小さく動くと、ロイの身体が大きく傾きシーツの中へと倒された。
「わっ!?」
「お早う」
 直ぐに降ってくるキスは軽く唇に触れた後すっと離れていく。
「て……てめっ……」
「んー?」
 どうやら寝ぼけているらしい。アシュレーは割と朝に弱い為こんな事は珍しくはないのだが、朝から腕の中に閉じこめられキスをされたのは初めてだった。言葉が出ずに口をぱくぱくさせていると、ふっとアシュレーが表情を緩めロイの身体を引き寄せる。
「ロイ……あったかい…」
「…………っっっ」
 思い出されるのは昨日の行為。頭では覚えていなくても身体がしっかり覚えてしまっている。オマケに今は朝だ。
「うわぁぁぁっっ! 離しやがれ、このバカっっ!!」
 慌てて腕を突っぱねると、ロイはアシュレーの身体を突き飛ばし距離を置いた。そのままずりずりと後退しベッドから逃げようと動く。
「…………あっ……ロイ! 危ない!!」
「え?」
 突然世界がぐるりと傾いた。と同時に、ロイの身体が引力に引っ張られるようにして後ろに倒れ込む。
「ロイ!」
 素早く伸びてきたのはアシュレーの腕。間一髪のところでロイは抱き起こされ再びアシュレーの腕の中へと戻ってしまう。
「朝から吃驚させんな!」
 耳元でほうっと安堵の息を吐かれるが、今はそれよりもここから逃げ出したくて仕方ない。
「離せ! 風呂に入りたいんだ!」
「え?」
 突然言われた不可解な言動に驚いたアシュレーは一度身を離してロイを見る。
「あれ? 裸…」
 よく見ればロイも自分も素っ裸。一体何がどうしてと記憶を検索すると鮮明に思い出した昨日のこと。
「うわぁっ! あっ、ごめっ……」
 慌てて腕を離したが夕べのロイの恥辱な表情を思い出すと、しっかりと自分の息子が反応してしまった。情けなさすぎる。
「取りあえず、俺はシャワーを浴びてくる! 先に使うかんなっ!」
「え? あっ……ちょっ……」
 見るとロイの顔は真っ赤。少なくともこの状況を意識してしまっているのは見て直ぐに判った。素早くベッドから降りるとロイはバスルームに向かって歩き出す。だが数歩も行かない所で不自然に立ち止まると、腹を抱えて座り込んでしまった。
「ロイ!?」
「アシュレーのバカ野郎っ」
 何処か具合でも悪いのかと慌てて駆け寄るとぽたりと何かが床に落ちた。見覚えのあるそれは、ロイの太股を伝い床に小さく染みを作っている。
「えーっと……俺? やっぱり」
「アンタ以外誰が居るってんだよ!!」
 きっと睨み付けるロイはどうやら歩く事ができないらしい。その理由は至ってシンプル。昨日アシュレーが中に吐き出したモノが歩く度に外に出てきてしまうからだろう。
「クソッ! こうなったら這ってでも風呂場に向かってやる!」
「その必要はないだろ?」
 ふとロイの身体がふわりと宙に浮いた。
「何っ!?」
「一緒に入りませんか? お姫様」
 俺なんかがお相手だと不満かもしれないけどな。いつの間にかお姫様抱っこをされているのに気が付きロイは言葉を失って固まった。大人しくなったことを良いことに、アシュレーはすたすたとバスルームへと向かう。暫くしてバスルームの扉が静かに閉まる音が響く。
「こんの、絶倫がぁぁぁっっっっっ!!」
 朝から非常に元気なことだ。バスルームに響くロイの悲痛な叫び声は、流れ出すシャワーの音にかき消されて虚しく消えていった。

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