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03
「ロイもさ、人が悪いぞ? この兄さんはお前さんの事を心配して言ってくれているんだろう? ならばそんな風に脅したりしないで、きちんと理由を話してあげなきゃ」
「マスター!」
「おおっと。少しお喋りが過ぎたようだな。伝言だっけか? ああ、一件入っているよ。ラキムからだ」
 ロイの抗議を遮るように差し出された一枚のメッセージカード。何度か文句を言いかけたがこれ以上食ってかかってもマスターに相手にされない事は解っている。これ以上噛みついても意味などないだろう。そう判断すると、ロイは手渡されたカードを大人しく受け取る。
 端末を取り出し受け取ったカードを差し込むと、暫く考え込むように機械が小さな音を立てる。読み込みが終わると同時響くビープ音。直後、ホログラムの映像が投影され、その中に懐かしい人物の姿が浮かび上がった。
『やあ、ロイ。元気にしてたかい?』
 落ち着いた雰囲気を持つ黒髪の男性がホログラムの中で柔らかく微笑む。メッセージカードに録画されている情報のためこちらからコンタクトを取ることは出来ない。男は一方的に言葉を続けた。
『今回の討伐チームの名簿に君の名前を見つけたから、マスターに頼んでカードを預かってもらうことにしたんだよ。今回の討伐には僕とジャクリーンも居るんだ。先に宿屋に移動しているから、良かったら声をかけてくれると助かるかな』
「……相変わらずだな」
 再生されたビデオプログラムを眺めながら目を細めるロイ。その表情には、先ほどの様な鋭さは微塵も感じられない。
『ああ。それからさ、僕は後でジュノーと合流することにしたよ。彼も今回のメンバーにリストアップされてたみたいだからね』
「それは知っている」
 ホログラムの中で喋る男に小さな声で一つ一つ相槌を打つロイは、普段アシュレーに余り見せない表情を浮かべていた。それがアシュレーにとって少し面白くない。
「気になるのかね?」
「え?」
 いつの間に向かいに移動してきたのだろうか。マスターが楽しそうに目を細めながらアシュレーに尋ねる。
「え……と……」
「あのメッセージカードを私に託したのはラキム・グリゴリという男だよ。彼は昔、ロイとチームを組んでいたうちの一人だ」
「チーム?」
「ああ」
 マスターが簡単にチームを組んでいた頃のロイの事を教えてくれる。まだ、殆どロイのことを知らないアシュレーにとって、新しいロイの情報を知ることは嬉しいと感じる反面、共有出来ない時間を寂しいとも感じ複雑なものは感じてしまう。それを知って知らずか、マスターは気にすることなく言葉を続けた。
「ロイの居たチームはな、何時しかどのチームにも負けないほど強力なパーティになっていた。一人一人の実力もそうだが、それらが合わさることで互いの欠点をカバーしあい、どんなクリーチャーでも討伐出来るほどの力を発揮する。そうやって最強のハントチームが出来たんだがな……」
「それ以上お喋りを続けるようなら、マスターが大切にしていたグラスを壊してもいいんだよな?」
 これから話が盛り上がる……と言ったところで、ホログラフを見ていたロイが、牽制するように低く呟き話に水を注した。
「おおっと! それは勘弁してくれ!」
「なら、無駄話はすぐに止めることだぜ」
 何時の間にやらプログラムは再生を終えてしまったらしい。カードを抜き取り端末を片づけると、ロイは腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「取りあえず今回の連絡先はこのIPアドレスになっている。何かあったらここに情報を投げてくれ」
 差し出された一杯の冷えたコーヒー。これはサービスだと付け加えると、ロイは一気にそれを煽り空になったグラスをカウンターへと置いた。
「了解」
 酒場でやるべき用事は全て済んだ。そう言いたげにマスターに背を向けると、ロイは先に出口に向かって歩きだす。
「あっ! ちょっと待ってくれよ! ロイ!!」
 アシュレーも椅子から立ち上がり慌てて後を追おうとする。しかしカウンターに付けた右手が離れる寸前でマスターに引き留められ足を止めざるを得なかった。
「ちょっ…」
「約束してくれないか?」
 どんどん遠ざかるロイの背中。だが、アシュレーの腕はしっかりと酒場のマスターに掴まれてしまっていた。彼の手を振り払い、直ぐにでもロイの後を追いたい。そんな衝動に駆られはしたが、余りにも自分の腕を掴む男の表情が真剣そのもので振り払うのも躊躇われる。だからだろう。思わず彼の言葉に耳を傾けてしまったのは。
「何を?」
「あいつを…守ってやってほしい」
「え?」
 一体何を言っているのだろう? ロイは今でも十分に強いじゃないか。寧ろ足を引っ張っているのは自分の方で、迷惑しかかけていないというのに。そんなことを考えていたら、マスターの表情が崩れ困ったように微笑まれる。
「あいつは、ああ見えてまだガキなんだよ。幾ら実力があるからといっても、心が未だ未発達なんだよ。本来なら守ってくれる人間を必要としている時に、あいつは家族を奪われてしまっている。以来、周りから心を閉ざし必死に一人で生き抜いてきたんだ。あいつが心を許し笑える場所は、かつてチームを組んでいたメンバーと私だけだった」
 すっとマスターの手が離れる。触れていた温もりは失われ、代わりに空調設備で冷やされた冷気が肌の上を滑り冷たいと感じる。
「正直、あいつが誰かを伴ってこの場所に訪れるとは思いも寄らなかったよ。あいつはとても自分の感情を偽る事が上手いからね。人の会話なんて適当にはぐらかしてしまうんだ。どう言うことか解るかい?」
 アシュレーはゆっくりと首を横に振る。
「要するに、他人を傍に置きたがらないってことだな。誰が傍に居ても必ず距離を置くあいつがお前さんを連れてきた。お前さん、あいつとずっと一緒に居るのかい?」
「出会ってからは……ずっと一緒にいると思う……多分……」
「そうかい。なら、あいつに随分と懐かれているんだな」
 再びマスターの手がアシュレーの手に重なる。それを軽く握り込まれると、マスターは真剣な顔でアシュレーに告げた。
「不完全な心を癒すのも壊すのも共にある者の行動で決まる。お前さんはあいつの事を守りたいと思っているようだから是非頼みたい。あいつを守ってやってほしい。剥き出しの刀であるあいつは何時だって諸刃なんだ。安心して安らげる場所を持たない不安定な存在は何時か壊れて砕け散ってしまうだろう。そうならないように、お前さんが支えてくれないか?」
 「頼む」。そう最後に締めくくられ、マスターの手は離れていった。
「………俺に……出来ると思う……か?」
 ロイの役には立ちたい。だが守れるのかと言われれば正直分からないとしか答えられない。自信がないのは不安な証拠である。
「あいつの事が嫌いではないんだろう?」
「ああ。どちらかと言えば好きな方だ」
「それならば、問題はないさ」
 店を出ると階段に腰を下ろしたロイの後ろ姿が目に留まる。いつもは大きく見える背中が今はとても小さい。
「ろい……」
「遅せぇよ、アシュレー」
 すっくと立ち上がったロイはそのまますたすたと歩き始める。
「余りにも遅いから捨てていこうかと真剣に考えていた所だぜ」
 先を歩くロイは一度も振り返ってくれない。それが不安になり、つい駆け足で近寄るとロイの腕を掴み引き留めてしまった。
「ロイ!」
「いつまで待たせるつもりなんだよ? 俺はそんなに気が長い方じゃねぇっつーの……」
 無理矢理向かせたロイの表情がほんの一瞬だけ曇る。今にも泣き出しそうな弱いそれを見られたくないのだろうか。すぐに顔は伏せられてしまったが、掴んだ腕が小さく震えている事に気付き、アシュレーはそっと柔らかい髪を撫でた。
「待たせてごめんな。今度から直ぐに行くから」
「………ふんっ。もし遅れたりしたら容赦なく捨てていってやっからな」
 精一杯の強がり。いつだって弱味を見せない彼が見せるそんな一面に、不謹慎ながらも嬉しいといと思ってしまうことは黙って置くことにしよう。
「そりゃあ怖い。勘弁して欲しいなぁ。俺、ロイが居ないと何処に行けばいいのか分からなくて困っちまうんだけど」
 マスターの言っていたことが頭を過ぎる。何処までも不器用な相棒は、マスターの言っていた通り本当は思っている以上に弱いのかもしれない。不完全で不安定な心。それを癒すのも壊すのも共にある者次第だと彼は言っていた。ならば……
「ロイの力になりたいから、ずっと傍にいるよ」
 この酷く脆い存在を守る盾となろう。心の中でそう呟くと、アシュレーはロイの髪の毛をくしゃくしゃと撫で回し無理矢理顔を上げさせる。
「アシュレー!」
「ほら、笑顔! 笑顔!」
 頬の肉を掴み無理に笑顔を作ってやるとロイは猫のように暴れ嫌がる。いたずらが過ぎたようで手を引っかかれてしまったが、これでようやく取り戻せたいつもの調子。
「もう行くよ!」
 先ほどとは違い軽い足取りでロイが前を進む。
「了解」
 その後ろ姿を嬉しそうに眺めながら、アシュレーは彼の後を追って足を動かした。

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