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140文字他SS置き場
※CP表記の無い物は、ほぼ土銀か高銀

2018-08-30(木)
開き直り

※土→銀



 深夜のファミレスに一人飛び込んで、季節限定のパフェを頼んだ。
 お化け屋敷ならぬ西郷のオカマバーで、踊り飲まされ扱き使われて得た正当な報酬で自らにご褒美を振る舞う。
 今夜は誰に遠慮する必要もない。
 まあ、人に奢ってもらう時でも遠慮なんてしたことねえな、と考えていると、「お待たせいたしました」という声とともに目の前に注文した品が置かれた。
 出てきたパフェは素晴らしく色取り取りのゼリーで飾られ、今風で言うならインスタ映え間違いなしの見栄えで、一口、そっと口に運べば果物の自然の甘さが一気に口内に広がり全身の緊張が解けた。
 んー、うまい。
 さすがSNSで話題になっていただけの事はある。
 これを食べれば、きっとどんな屈強な男でも、ふにゃりとした笑顔になるだろう。
「―――どうした? んな、ふにゃふにゃした顔しやがって」
 そう、俺自身もしかり……、って、
「え?」
 スプーンに生クリームを乗せたまま俺は直ぐ横の通路に目をやり、一瞬間驚いて固まってしまった。
「その道、通りかかったら外から見えてな」
 通路に立つ男が店の窓の外を顎で示す。
 俺は押し黙ったまま男を見上げる。
 そこに居たのは、真っ暗な夜に溶け込んでしまいそうな真っ黒な隊服を着た真っ黒な髪の真選組副長、土方くんだった。
「ここ、いいか?」
「え、いや、ちょっと」
 俺の返事を最後まで聞くまでもなく、壁際に居た店員を手をあげて呼びコーヒーを一つ注文しつつ、土方くんは俺の目の前の席に一かけらの戸惑いもなく腰を下ろす。
 相変わらず水際立った見た目をしたムカつく程のいい男だ。
「……一か月ぶり、だな」
 一旦、胸ポケットから取り出した煙草を、何かを思い出したような顔をして再び元の場所へ仕舞いながら土方くんは言った。
「喫煙席、あっちですよ」
 背後を親指で指す俺に、
「……ここに居ちゃあ悪りいか?」
 片眉を持ち上げて聞く。
「いや、おめえさんがタバコ吸えないのが辛いんじゃねえかと思って」
「構わねえ」
「なら、いいけど……」
 俺は絡めとられた視線を外すためにも目を伏せてスプーンに乗せていた生クリームを口に運んだ。
「元気にしてたか」
「まあ、それなりに」
 一口、
「妙な恰好、してんな」
「これは、お仕事なんです。パー子さんだからね」
 また、一口。
「でも、綺麗だ」
「ぶっ」
 口に含んでいた生クリームを吹きかけた。
「やっと顔を上げたな」
 くそっ……。どういうつもりだ、この男。
 俺は埋もれていた桃をほじくり出して一気に頬張り、咀嚼して呑み込んでスプーンを置いて土方くんを睨み付けた。
「おい、んな怖え顔、すんな」
「元からだ。……んなことより、コーヒー来たぞ」
「ああ」
 店員のお兄さんが土方くんの前にコーヒーの入ったカップを置いた。
「早く飲め」
 何なんだよ、もう。
「そして帰れってか?」
「んなこと言ってねえ。ぬるくなったら不味いだろう」
 店内は深夜だが冷房がよく効いている。
「万事屋、てめえは俺が元気だったかは聞いてはくれねえのか?」
 砂糖もミルクも入れないくせに、土方くんはスプーンを手に取り、目の前のコーヒーをくるくると時計回りにかき回す。
「……分かった。聞く。元気してた?」
「この一か月、どん底だった」
「ああ、そう」
「てめえに振られたせいで」
 ほうら、来た。
 人が触れないようにしてやってた話題を本人自らが言っちまうんだもんな。
 ため息一つ漏らし、
「そりゃあ、悪うございましたね……」
 と俺は土方くんに謝った。
「酷え棒読み。全然、悪りいなんて思ってねえだろ、てめえ」
 肩を震わせて土方くんがくすくすと笑っている。
 何、この子?
 俺に振られてどっかおかしくなっちまったの?
「あ……、ったり前えだろう。何で俺が悪者になんなきゃなんねえんだよ、ったく。何も言わなきゃ良かったってのに……」
 そう、何も言わなければよかったんだよ、おめえさんは。
 二人で酒飲むの、楽しかったろ? 俺も楽しかったよ。
 最初はあちこち別の方向ばかり見て反発しあっていたわけだけれど、二人そろって同じ方向を見ないというのなら、正面から対峙してみれば、俺はお前を通し、お前の後ろを見て、お前は俺を通し、俺の後ろを見る。つまり、常に相手を見ているってことだ。
 そんな相手とは滅多に出会うことはない。きっと、一番深く理解し合えるのだろうと思う。

 てめえが一歩踏み出すことさえしなければ、今も二人で肩を並べ、取り止めのないことを話し笑っていられたことだろう―――。

「で、なに? 土方くんは恨み節ぶつけに来たの?」
「いや、それがそうでもねえ」
 相変わらず土方くんは笑っている。
「じゃあ、俺の事はきっぱりと忘れてくれたとか?」
 だったら、いいな。何て考えていたら、
「それはてめえの願望なんだろうが、それも違う」
 あらら、真っ向から否定してきた。そして、笑顔が消えた。
「……なら、何なんだよ?」
 振られてどん底だったが、俺の事は忘れない?
 だが、文句を言いたいわけではない。
 意味が分からない。
 全部なかった事にでもしなければ、前みたいな関係に戻れるはずがない。
「久しぶりに現れたと思ったら……、てめえは何がしたいの、土方くん?」
 やけくそ気味に残りのパフェを丼ぶり物のようにかき込んで俺は聞いた。
 畜生、もっとゆっくりと味わって食いたかったよ、季節限定パフェ。
 前にてめえと食ったパフェは、別に限定物でも何でもないありふれたチョコパフェだったのに、今食ったパフェよりも何倍も美味かったような気がする。
「俺が何がしたいか知りたいか、万事屋?」
 深い思いを抱いているといわんばかりの真剣な表情で土方くんが言った。睨んでいるといった方が的確かもしれない。
「いや、別に……」
「「てめえは何がしたいんだ」って、今、てめえが聞いたんだろうが。なら一応、知りたくなくても「知りたい」ぐれぇ言えよ、それが大人の心遣いってもんだろう!」
「土方くん、怖い」
「すまねえ……、って、何で俺、謝ってんだ? 振られたのに」
「やっぱ、面白いね、おめえさんは」
 打てば響く。
 一緒に居て、何の遠慮もいらない。
 妙な告白さえされなければ、本当に居心地のいい相手だったんだけどな。
「万事屋……、てめえはやっぱり腹立つ相手だよ」
「嫌いになった?」
「なるわけねえだろう! んな簡単に忘れられっか!」
「あらま」
「っつーか、そうだ! 俺が何がしたいかって言えば、今みたいなことがしたかったんだって言いたかったんだ」
「え?」
「自分の気持ちを伝えちまったから、もう『てめえを好きなことを隠さなくていいんだ』ってことについさっき、この店の前で気が付いた」
「え? なに? どうしたの? ……どういうこと?」
「例えばだ。そこで、その窓の外で、ガラス越しの明かりの中にぽつんとてめえが浮かんで見えた。凄く綺麗だと思ったから、「綺麗だ」と言いに来た」
「……へ?」
「前までは、だ。てめえにこの気持ち、つまり俺がてめえのことを好いているってことを気づかれないように言いたいことも全部我慢して、全部隠さなけりゃならなかったかった。だが、どうだ! 今は違う」
「へ……?」
「この一か月間、てめえに振られて心底悲しかった。なるべく顔を合わさねえように事務仕事に没頭して、てめえの事は諦めようとしたが、そんなのは無理な話だったんだ。てめえは俺にとって特別な人間なんだよ。いつの間にかそんな風になっちまってた。俺はてめえに心底、惚れてる。なんでこんな体たらくな、しかも同じ男に惚れちまったのかは自分の不徳の致すところだが、」
「おいっ」
 土方くんは、困ったような、はにかんだような、今まで見せたことのない顔をして笑った。
「俺はてめえに惚れちまったんだよ」
「……」
「そして、既に俺の気持ちはてめえにばれてる。俺が言った。自分で暴露した」
「それな。うん、……言わなけりゃいいものを」
「もう、言っちまった」
「……」
「あとには引けねえ。一発殴って、てめえが忘れてくれるんならぶん殴るが、てめえは簡単には殴らせてくれねえだろうし、殴ったら何発こっちが殴り返されるか分からねえ」
「まあ、多分というか、確実に四分の三殺しだな」
「だろ?」
「だな」
「で、結局、忘れさせるのも忘れんのも無理。元より諦めんのが無理なんだ。なら、残った選択肢は」
「うん」
「突き進むしかねえだろうが」
「…………はい?」
 俺は、唖然として目の前の土方くんの顔を穴が開くほどまじまじと見つめた。
 何を言ってるんだ、この男前は?
「だから、今後一切、隠さねえ。もう隠す必要はねえからな。俺はいつでも心の中で思ったことが口に出して言える。今まで飲み込んまざるを得なかった言葉を口にすることが出来るって気づいたんだ。だから今後、俺は全力でてめえに好きだと伝えていくことにした。さっき決めた。支離滅裂な話だと自分でも思う。だが、もう決めた。以上だ」
 眉間に指を押し付けたくなるほどの傍若無人な自己主張じゃないか、これは。
「……有り得ねえ」
 俺は呆然として呟いた。
「意地でも落としてやる。覚悟しろ万事屋」
 暫し言葉を失う。
 こんな一方的な話、聞いたことがない。 
「ひ、土方くん? なに開き直って堂々とそんな宣言してんの?」
「褒めんな」
「どこも褒めてねえわ!!」
「怒った顔も可愛いな」
「はあ!?」
「口の端にクリーム付いてんぞ、かわいいな」
「はいぃ??」
「顔が赤くなった。かわいいな」
「ちょっ、止めて! なんなんだよっ」
「こっちがてめえのレシートか?」
「えっ、それ、俺が払うっ」
「遠慮すんな。どうせ暇なんだろ? これから飲みにでも行かねえか?」
「いっ、行きませんー!」
「さっき仕事が終わったところで何も食ってねえ。俺は今、猛烈に腹が減ってんだ」
「てめえ、人の話を聞けよ!」
「はっきり言って、てめえが食いてえがそれはまだ我慢してやる」
「お、おい、ちょっとっ」
「この時間、確か、まだ開いてる焼肉屋があったな」
「え、……肉?」
「ああ、肉」
「肉、ですか……?」
「肉だな」
「うーん……」
 駄目だ。心が揺らぐ。
 肉なんて、ここ何日食ってねえんだろう。
「昨日、焼肉の日だったろ? 食ってなかったからこれから食いに行かねえか?」
「……どんな肉?」
「ぶっといフランクフルト……、って言いてえところだが、ここはサシが入った霜降り肉ってことにしといてやる」
「うわっ、おめえさん、んなオヤジみてえなこと言うんだな?」
「てめえに良く見られたくて、今まで結構、格好つけてた」
 ははは、と俺が笑うと、土方くんも口元をほころばせ、まるで悪戯小僧のような笑みを端正な顔に浮かべた。
 なんで男の俺を誘うのに、そんな真剣で嬉しそうな顔するのかね、この男は。
「変わってんな、土方くんは」
「なにがだ?」
「俺のこと、好きになるなんて」
「確かに」
「おいっ」
 暫し二人で見つめ合い、ほぼ同時に声をあげて笑う。
 ああ、きっと俺、近い将来この男に絆されるんだろうな、なんてことが一瞬、頭に浮かんで慌てて打ち消していると、
「ほら、行くぞ」
 コーヒーを飲みほした土方くんが、二人分のレシートを手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
「え、マジで行くの?」
「松坂、霜降り、で、どうすんだ?」
「……ビ、ビールは?」
「好きなだけ飲め」
 ほら、と目の前に差し出された掌は剣による肉刺だらけで、白くも華奢でもなく、間違いなく柔らかくなんてないのに、なんでだろう。
 あー、分かんねえ。
 迷いなくその手を掴んでしまったのは、己の心の揺れのせいか、はたまた肉の誘惑に負けたのか。
 今のところは、理由は後者のせいにして、今夜は土方くんのご相伴にあずかろうと思う。
「俺、遠慮なく食うよ?」
「んなこたぁ知ってる」
 どんだけ俺がてめえのこと見てたと思ってんだ、と言って、焼肉屋への道すがら、土方くんは少し照れたような顔をして、笑った。


<おわり>
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