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※CP表記の無い物は、ほぼ土銀か高銀

2018-01-01(月)
お尻の穴を怪我した銀さんのお話

***

 右手に箸、左手に雑煮の碗を持ちながら、銀さんがくねりくねりと微かに腰を揺らす。
「どうしたネ、銀ちゃん? さっきからフラフラユラユラしてるアル」
 眉根を寄せ怪訝な顔をした神楽ちゃんが尋ねると、銀さんは一瞬言葉を濁してから、
「んー、……治りかけの傷って、痒いよね」
 と、言った。
「え? 銀さん、何処か怪我してましたっけ!?」
 僕はびっくりして、自分の箸と雑煮の碗を乱暴にテーブルに置いた。
 またこの人は僕たちに内緒で、一人、厄介ごとに首を突っ込み、傷を負ってしまったのだろうか。
 いつのことだ? 大きな怪我だったのだろうか、もう大丈夫なのか。
 知らされなかった口惜しさと、子供扱いされたような気がして、僕の顔は憤怒の表情を浮かべていたらしい。
「ちょっ、新八、んな怒んなよ」
 銀さんは宥めるような苦笑いをして、
「大した怪我じゃねえし、いざこざに首突っ込んだわけでもねえ。ちょっと小競り合いみてえのをヤり合っただけだって」
 と、続けたが、これまでの経験上、手放しでそんなこと信じられるはずもない。
「一体、何人と遣り合ったですか?」
「いやいやいや、相手は一人だよ」
「本当に?」
「本当だって」
「どこ怪我したんです?」
「なに? 尋問? マジで大したことじゃねえんだって、怪我と言っても、あの、う、"うしろ"の方を少し、ほんの少しだから気にするこたあねえよ」
「本当に?」
「何で、んな疑い深いんだよ!?」
「銀さんの日ごろの行い、ですかね。じゃあ、これで終わりにします。で、その"相手"は誰なんです?」
「え、相手?」
 僕の最後の問いかけに、何故か銀さんは素っ頓狂な声をあげた。
 心なしか顔がほんのりと色づいた上、赤い瞳が素早く左右の空を見る。
 なるほど。これは、
「神楽ちゃんと僕が知ってる人物ですね?」
 確信をもって僕は訊いたが、銀さんは、あー、とか、そのー、とはぐらかすだけで答えようとはしない。
 と言うことは、
「銀さん、土方さんとまた喧嘩したんでしょ!」

 水と油、墨と雪。

 この二人、顔を合わせれば罵り合いが耐えることがない。

「け、喧嘩じゃねえし……」
 銀さんは否定することなく小さく頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。
 やれやれ。
「やっぱり、ニコマヨネ!」
 僕が置いた碗から素早く餅を横取りしながら神楽ちゃんが叫んだ。
「あ、ちょっと神楽ちゃん、それ、僕の餅!」
「数秒前までは貴様の餅だったかもしれないが、うん、もぐもぐ、今は、もぐもぐ、私の餅アル」
「いや、そんな口いっぱいに餅頬張りつつキメ顔で言われても、今も僕の餅には変わらないでしょ、あー……」
 直後、ンガっンン、と昔、某アニメのラストで主人公の主婦が食べ物を飲み込む際に発していた擬音を響かせて、 僕の餅は神楽ちゃんの胃の中へと落ちて行った。
「折角、近所の寺子屋で冬休み前に行われた餅つき大会を手伝ったお礼で貰った餅を……」
 大切に今日まで冷凍して保管していたというのに。
「私も手伝ったネ」
「いや、神楽ちゃん、臼を破壊するからって餅つきは銀さんと僕でやったし、もち米炊くのも横から味見するからって全部寺子屋の先生たちがやったから結局のところ殆ど見てただけじゃない」
「掛け声かけたヨ」
 罪悪感などこれっぽっちもない、けろりとした顔で神楽ちゃんは言った。
 あー、もう!
「僕の餅がなくなったのは、銀さんせいですからね!」
「ちょっ、なんでそうなるんだよ!?」
「行儀悪く、クネクネ〜ユラユラ〜しながら食べてるからです!」
「だから、それは、」
「大体、正月早々、なんで怪我してんですか!」
「いや、年末、年始と忙しいじゃねえか"あいつら"って。ほら、あんなんでも一応、警察だし。だから久々に会ったら、向こうが暴走しちまって、その……」
「久々に会って怪我するほど喧嘩するって、いい大人がなにやってんです! 相手ばかりのせいにして! 銀さん、土方さんに怪我させてないでしょうね?」
「うーん……」
「させたんですか!?」
「いや、あいつの怪我なんて大したことねえって、いつも背中にちょこっと蚯蚓腫れが残る程度だから」
「あんた、……背中なんか狙ってんですか?」
 卑怯者、という思いが僕の顔に出ていたようで、銀さんは、違うんだとばかりに首をぶんぶんと左右に振った。
「お、俺だって"うしろ"ヤられてっからね! いつもはピリってする程度だったけど、今回は、ピリピリビリーだから、マジで! そのあと、ちょっとだけ腫れて、腫れが引くと今度は地味に痛いような痒いような、でも"うしろ"だから掻けなくて……」
 うしろと言うからには、手が届かない場所なんだな、と僕は思った。
「ああ、もう、言ってたら思い出してまた痒くなってきたじゃねえか!」
 もそもそと小刻みに体を動かせつつ、銀さんは残っていた汁を一気に飲んで碗と箸を置いた。
「あー、ヒリヒリする!」
「薬、塗るアルカ?」
「いや、おめえらにそんなことさせられるか、つーか……、そうだ、薬! それ専用の薬ってあるよな! ちょっと薬局で買って、本人に薬代請求して来るわ」
「え、本人って?」
 勢いよく立ち上がりながら、
「そりゃー、土方くんだよ!」
 と言い残して銀さんは廊下に走り出るとそのまま万事屋から飛び出して行ってしまった。


 普通の大人ならここで放っておいて大丈夫なんだろう。
 けれど、あの二人が顔を突き合わせた状態を想像すると、今までの経験上、物事がいい方向に進むわけがない。
 うん、これだけは断言できる。
「神楽ちゃん、僕、ちょっと様子をうかがって来るよ」
「その方がいいネ。食卓の事は心配するナ。釜のご飯も含め私が全部片づけておくアル」
 神楽ちゃんは、アーモンド形の大きな目をきらきらさせながら親指を天に向かって突き立てていた。
 僕は、米びつの米は残り少なくなっていたんじゃなかったな、とか、晩ご飯の分もお米研いで炊いたんだけどな、とか思いながら、がっくりと肩を落とすと、たっぷりの溜め息を吐き出してから黒電話の受話器を手を取り山崎さんの携帯へと連絡を入れた。土方さんの居場所を確認するためだ。
 年末年始、何処の街もそうなんだろうけれど、特にこの江戸では大事から小事まで数え切れないほどのトラブルが多発する。
 そして思った通り、後始末の事務処理を大量に抱えた真選組副長、土方さんは、年が明けてからここ丸二日ほど不機嫌全開で自室に籠っているらしい。
 銀さんもそんな事はお見通しだろう。
 幸いなことに、山崎さんも土方さんのサンドバック要員―――、ではなく、副長を補助するために屯所に居た。
 僕は今からそちらに向かうことと簡単な事情説明だけをして受話器を置くと、すぐさま草履を履いて屯所へと足を向けた。
 薬を買いに行くと出て行った銀さん行きつけの薬局は、土方さんの居る真選組屯所とは反対方向にある。
 銀さんよりあとから万事屋を出たところで、屯所に付くのは確実に僕の方が先だ。



「明けましておめでとうございます。山崎さんお願い出来ますか」
 何度か仕事で訪れたこともあったりして、既に顔見知りとなっていた門番にそう声をかけると、話は通されていたらしく、僕は直ぐに山崎さんの自室へと案内された。
「山崎さん、明けましておめでとうございます」
「あ、おめでとうございます。今年も宜しく。よかった新八君、まだ旦那は来てないよ」
 デスクにパソコンを置きながら山崎さんは言った。
「さ、座って」
 用意されていた座布団を指され、僕は、失礼します、と断ってから腰を下ろした。
「さっき旦那から副長に直接連絡があったらしくて、副長室、誰も近づかないように人払いされちゃってね」
「え? 銀さん、もしかして土方さんの携帯の番号、知ってるんですか?」
「うーん、なんだかんだと二人、よく一緒に飲んでるみたいだよ」
「本当ですか?」
「いつ頃からかは分かんないけどねー」
 犬猿の中なのに、とびっくりして固まる僕の前で、山崎さんはパソコンを立ち上げて幾つか暗号キーを入れていた。何をしているんだろう。
「新八君から旦那がこっちに向かってるって電話で聞いてたから、その直ぐあと副長に呼ばれて「人が訪ねてきたら通せ」って言われたとき、思わず「旦那ですか?」って言いかけちゃったよ。先に「万事屋が来る」って副長が言ってくれたから口走らずにすんだけど、もし俺が言ってたら「何で知ってる」って詰め寄られるところだった―――、と、これでいいかな」
 エンターキーを何度か押してから、山崎さんは僕の方に向き直った。
「副長室の音、というか、声がこのパソコンで聞けるんだけど」
「……はあ?」


 山崎さんの説明によると、それは土方さんがトッシーに憑依されたあと、何とかトッシーを成仏させたものの今一つ不安で、もしもまた自分が自分でなくなった時の為に副長室の様子がうかがえるよう土方さん自身が設置させたシステムだった。
「い、いいんですか? こんなの使って」
「うちの副長が年明けあたりに旦那に怪我を負わせ、旦那が激怒して薬代を請求しにこっち来るんでしょ?」
「そう……、ですけど」
「ただの口喧嘩ですめばいいけど、手が付けられないほどの大喧嘩になったらたまったもんじゃないからね。あんな二人相手に正面から喧嘩を止めに向かって行けるのは局長と沖田さんぐらいだろうけど、局長はいつも居ないし、沖田さんは何処に居るのかも分からないし」
「近藤さんならうちの縁の下に居ましたよ。つーか、いや、でも、これ、"盗聴"……、ですよね?」
「「もし俺が妙な素振りを見せたなら遠慮なくお前の権限で使え」って副長本人が設置の命令と許可してるから全然大丈夫。二人がヒートアップして、そろそろやばいかな、と思える時点で止めに入れるように、今回は緊急ってことで」
 山崎さんはけろりとした顔でそう言うが、しかし、どう考えても人の会話をこっそりと聞くのなんて後ろめた過ぎる。
 その気持ちを素直に伝えると、
「男二人の会話だよ、ましてや旦那と副長なんて、二人とも俺たちに聞かれてまずいような悪だくみを企てるような人でもあるまいし、どうってことないでしょう」
「まあ、確かに……」
 そう言われればそうなんだけど。
 何故か僕は、この時、隠れて会話を内密に聞くという罪悪感とはまた違った、胸騒ぎのようなものを覚えていた。
「そろそろ旦那が来るかもしれないね。様子見がてら、ちょっとお茶入れて来るから」
 そう言って山崎さんが部屋を出て行ったのとほとんど同時のことだった。
『おう』
 シュルリと襖が敷居を滑る音と共に、銀さんの声がパソコンから流れた。
 僕は思わず顔をこわばらせ息をのんだ。
 こちらの声は聞こえやしないが、何故か物音一つ立ててはいけないような気がした。
 そして、
『おう、早かったな』
「っ!?」
 土方さんが声を発したこの瞬間、僕は例えようのない凄まじい違和感を覚えていた。
 いつもなら、往来で互いの姿を見つけるや否や、土方さんは牙を見せ唸る犬のように、銀さんは爪を出し毛を逆立てて威嚇する猫のようになる二人が?
『どうした? 珍しいな、てめえから電話よこすのも、その上、ここに来るのも。何かあったか?』
 なんなんだ、これは?
 ただ一言二言、言葉を交わしているだけなのに……、何時も耳にしている土方さんの声じゃあない。
 棘がなく、柔らかい。
 的確に言うならば、そうだ、甘い。
 どうしたんだろう。
 これではまるで、土方さんは銀さんが訪ねて来たことを心底喜んでいるみたいじゃないか?
『何があったじゃねえよ、ほんと。もう、こっちはてめえがこないだ張り切り過ぎちまったせいで大変なことになってたんだからな。ほらこれ』
 ことり、という固い音が響いた。
 きっと買って来た薬を土方さんに向かって投げたのだろう。
『なんだ?』
『薬だよ、薬』
 やっぱり。
『箱をよく見ろよ、土方くん』
『バラ、ギノール?』
『効能も読め』
『ああん?』
『ケツの穴の薬だよ!』

 …………え?

『てめえが年明けに久しぶりに会ったからっつって、溜まってんだとか、収まらねえとか、姫初めだとか言って、人のケツの穴にでけえチンコ突っ込んで何回も何回もガンガン突きやがって! 抜かず何発やりやがった!? こっちがもう止めてくれっつっても、途中意識飛ばしても手加減一つもせず容赦しねえから、穴が腫れあがっちまった上に一部切れちまって、うんこ出す度に出血しやがるし、またこれが治り始めるとピリピリして地味に痒いし、でも、んなとこ掻き毟れねえから風呂で石鹸付けたタオルで擦ってまたそれでちょっと悪化して、あー、くそっ! 今もピリピリすんだよ! 買って来た薬はそこそこいい値段しやがるわ、てめえ、この落とし前、きちんと付けてくれるんだろうなぁ、真選組の副長さんよぉ!?』

 ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?

 うしろの方が地味に痛痒いって、ケツの穴?
 うしろヤられたって、ケツの穴?
 土方さんに怪我させられた場所って、銀さんのケツの穴?
 それ専用の薬って、ケツの穴の薬の事ーーーーー?

 ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?

「……なにやってんの、この二人」
 人間、びっくりし過ぎると、びっくり測量機の針が一回りして元に戻り、冷静になるのかもしれない。

『今も治ってねえのか?』
『動いたら痛いし地味に痒い!』
 僕は何処かまるで幽体離脱したような、ぼうっとした意識で土方さんと銀さんが会話するのを聞いていた。
『そりゃあ悪いことしたな。薬の値段はいくらだ? これで足りるか?』
『諭吉じゃねえか。釣りはねえぞ?』
 え、万札?
『構わん。取っとけ』
 うそっ、相手銀さんですよ、土方さん。銀さん相手に万札貢ぐって、あんた、どうしたんですか? 本当に土方さん? 何かに憑りつかれてない?
『おー、太っ腹』
『それで足りるか? 米はあるか?』
『米はそろそろ残り少なくなってたかも』
『これでいいか?』
『樋口一葉じゃねえか。優しいね、土方くんは』
『当然だろう。詫びに薬も塗ってやる』

 ……。

『いや、それはいいって。遠慮します』

 ですよねー。

『今も痛痒いんだろが?』
『まあ、ちょっと痛いし痒いけど』
『直ぐに塗った方がいい』

 何この人? そんなに銀さんのケツの穴に薬塗りたいの?

『でも、ここで? 誰かに見られたらヤだし』
『人払いしてある』

 ここに一人、会話聞いてるやつ居ますけどねー。つーか、どんだけこの人、銀さんのケツの穴に薬(以下略)。

『兎に角、ケツを出せ』

 こんないい声でこんな最低な台詞を新年早々聞くことになるとは思いもよらなかったよ!

『自分じゃ見えないだろう』
『いや、見えないけど、でも』
『だから大人しくケツの穴を出してこっちに向けろ』
『ちょっ、土方くん、なんで押し倒してんの? なんで脱がしてんの!?』
『薬を塗る為だろう!』
『塗るの下だろうが! 上まで脱がすんじゃねえ、あ、ちょっ、やめ、あっ、やだっ、やめっ、んっ、はぁ……、どさくさに紛れてキスすんな! 乳首摘まむなーっ、つーか、当たってる! 固いの当たってるー! 何でそんなトコ、カッチカチにする必要があるんだよ!? って、なんでてめえも脱いでんのー!?』
『そりゃあ勿論、ギンギンに勃起したコレにたっぷり薬を付けて中まで塗り込んでやろうと思ってな』
『え、やだ、やめてっ』
『こら、背中に爪立てんな』

 あ、成る程。蚯蚓腫れって、その傷だったのか。

『あっ、ちょっ』
『安心しろ、こないだは急いちまって解し方が足りなかっただけだ。今回はちゃんと丁寧に解してやる』
『あっ、やだっ、んんっ、あっあっ、あーーーーーーーーっ』

 プチ。

 そこまで聞いたあと、僕はパソコンを強制終了していた。
 庭に向かって放り投げなかっただけ、褒めてほしいぐらいだ。

 暫くして山崎さんが盆に茶を乗せ戻って来た。

「ごめんねー、新八君、遅くなって。ちょっと雑用頼まれちゃってね、って……、パソコン切ってるけど、どうだった? 副長と旦那、喧嘩しなかった?」
 僕はカラクリ人形のように、顔だけを山崎さんに向けた。
「信じられないんですけれど、とっっっっても仲良くしているみたいですよ」
「え、マジで?」
「はい、マジで今も」
「薬代は?」
「貰ってましたよ、銀さん」
「素直に払ったの? うちの副長が?」
「はい」
 残念ながら、今聞いた出来事を、ありのままに話せるほど僕の心は強くない。
 静かに机に置かれたお茶を一飲みでいただくと、僕は山崎さんに、僕が来ていたことは土方さんにも銀さんにも内緒にしておいてくださいねと言い置いてから、その場をあとにした。

 銀さんが帰ってきたら、土方さんがくれた懐のお金を笑顔で迎えてあげようと思う。帰宅途中、ギャンブルに使ってなければいいんだけれど。

 さて、神楽ちゃんには言うべきか言わざるべきか、言うとしたらどう言うべきか?
 それだけが頭が痛い。
 上司の情事なんて菊門じゃないな。


 何はともあれ、どうやら僕の雇い主は、世間も懐も寒い中、一足早い財布、ではなくて春を迎えたらしい。
 実に、おめでたい。


 あけましておめでとうございました。


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