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140文字他SS置き場
※CP表記の無い物は、ほぼ土銀か高銀

2017-12-10(日)
坂田銀時の消失<2> 〜未完




 時は遡ること約一時間ほど前。

 がらりと玄関戸を開けて何の遠慮も無くズカズカと廊下を渡り、万事屋の事務所兼リビングに姿を見せたのは、よく知る隊服を着た、よく知る顔の真選組一番隊長、沖田くんだった。
「うー、寒みィ。すいやせん旦那。あったけえ茶ァ下せェ」
 勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだ。
 沖田くんは迷うことなく敷居を跨ぎ俺の寝室でもある和室へ足を踏み入れると、一昨日拵えたばかりの炬燵の向かい側へと腰を下ろし足を突っ込んで布団を胸の辺りまで持ち上げ背を丸めた。
「急に気温が下がりやしたねェ、旦那」
「いやいやいや、ここ俺ん家なんだけど? 喫茶店でも何でもねえんだけど? つーか、せめて人ん家を訪ねる時は、一、勝手にドア開けて入っちゃいけません、二、ピンポン鳴らしましょ、三、御免くださいとかお邪魔しますとか声を掛けて、四、お家の人が、どうぞって言ってから上がりましょう―――、って子供の時に言われなかった?」
「あー、俺、生まれも育ちもドS星だから。ちょっと地球の礼儀や作法ってものに疎くって、カルチャーの相違ってことで大目に見てやくれやせんかィ?」
 ああ言えばこう言う。
 それほど長い付き合いではないけれど、この子と論判することがいかに不毛かということは既に学習済みだ。
 それに、ここで休憩したかったら手ぶらで来んな、と、以前軽く一言注意してからは、きちんとそれを覚えていて例えアンパン一個でも持って来てくれる。まあ、それは確実に監察方のジミーくんからふんだくったものなんだろうけど、自分の懐を痛めないにしろ気を利かせてくれることは評価する。
「もぉー、いくら舌先三寸って言われ周りから崇め奉られてきた俺でも沖田くんにはかなわないわあ〜」
 仕方なく、よっこらセックス、と、掛け声をかけて炬燵から出れば、
「それ、崇め奉られてんですかィ?」
 と、下から見上げるベビーフェイスの口元がニヤリと引き歪んだ。
「……ねえ君、茶ぁ、飲みたくねえの?」
「いや、飲みてェですよ。ああ、ちゃんと色の付いた茶でお願いしまさァ」
 言ってから沖田くんは隊服の内ポケットから紙切れを数枚取り出して天板に置いた。
 見ればそれは駅前のスーパーの商品券。
 そういえば丁度先週末から五百円買うごとに一回くじが引けて、当たりは店で使える金券だったことを思い出す。
「おっ、それってお買い物券じゃねえの。くじ引いたの?」
「何人かの隊士が、当たったー、俺も当たったー、って騒いでたんで、何気なく、何持ってんだィ? 金券じゃねえか、いいなー、欲しいなーって言ったらみんなが快くくれたんでさァ」
「……それ世間一般ではカツアゲって言わない?」
「おや、要らねェんですかィ?」
「欲しいです。助かってます」
 俺はそそくさと台所へ向かうと水道の蛇口を捻り薬缶に水を入れてから五徳に掛け、火をつけて棚から少し高めの茶が入った缶を取り出した。
 これは万事屋に訪れる客でも金払いがよさそうな客に出す銘柄だ。
 スーパーのくじ引きは最終日まであと数日あったはず。なので、あと何枚か金券ゲットのための投資と思えば痛くもない。
 しかし、真選組って一体、何人の隊士が所属しているんだろう。
 顔見知りだけでもかなりの数になる。
 詳しくは知らないが、江戸全体の治安維持を引き受けてるんだから相当な数居るはずだ。
 そりゃ、当たり券もそこそこ集まるわな。

「で? 何しに来たの総一郎くん? まあ聞かなくてもサボりだろうけど」
 ふくよかな香りを放つ茶の入った湯呑を茶托に乗せ沖田くんの右側に置いて、序でに残った茶を入れた自分の湯呑を持って俺は再び元居た位置に戻り素早く炬燵の中へと足を滑り込ませた。
「うー、寒っ」
 ほんと冷えるね今日は。
「総悟でさァ、旦那。いやさっきそこの四つ角んとこで旦那んとこのチャイナと眼鏡と犬をチラリと見掛けやしてね。こりゃあ、もしかしたら今頃、万事屋は旦那一人じゃねえかィ、ちゃんと留守番出来てるんだろうかと心配で心配で居てもたってもいられなくて市中見回りの一環として様子を見に来やした。あー、温まりやすねィ。生き返りやした」
 沖田くんは喋りながら伏し目がちに茶を飲むと湯呑を手に長い息を吐いた。
 些かこの子は年の割にじじ臭いところがある。落語とか好きだし。
「なあ、それって"サボり"って言うんじゃねえの?」
 目の前に置かれていた金券を手に取って、一旦それを持ったまま両手を合わせ軽く拝んでから俺は有難く袖の内側へと放り込む。
「常に俺を苛めてくるモラハラ上司に言わせれば、これも"サボり"になるんでしょうかねィ? ああそうだ、旦那、茶菓子はありやせんかィ?」
「モラハラ上司? ああ、あの前髪V字の子ね。茶菓子? ドッグフードでいい?」
「そうそう。あのちょっと気取ったいけすかねェ野郎でさァ。すいやせん、ドッグフード以外で」
「目付き悪りぃよねー、あの子。でも、飲み屋で出くわすと最初はこっち来んなとか言ってくるんだけど、酔っぱらっちまったあとはなんやかんやと文句言いながらも自分が注文した皿を回してくれたり酒注いでくれたり、よく驕ってくれたりするんだよー。ったく、もう、ドッグフード食ってくれたら楽なのに。昼にふかしたイモを少し残してあるからちょっと待ってな。時間あるんだろ?」
「ええ、時間ならそこそこ」

 俺は再び這うようにして炬燵から抜け出すと台所へ戻りシンクの上に置いてあった鍋からイモを取り出し細かく切った。
 いつ来るかも分からない客用に茶菓子などという贅沢品、そんなもの元々ここにはない。
 それ以前に、もし買い置きしていたとしても、食えそうなものを見付ければたちどころに何でも胃の中へ流し込む食欲妖怪さながらの居候、神楽が居る。
 仕方ねえな。
 神楽が寝静まってからこっそり酒と共に自分で食おうと思ってたんだけど、まあいいか。金券くれたし。
 俺は刻んだイモを皿に移し、レンチンして砂糖とバターと塩で味を付け潰したものを適量、ラップに包んで巾着型に形成すると銘々皿に二つ、ぽんと乗せて黒文字の楊枝を添え沖田くんに差し出した。
「おっ、巾着芋じゃねえですかィ」
「リメイクだけどね」
「流石旦那だ。手際がいいや。いただきやす」
「どうぞ召し上がれ」
 沖田くんは刀を持つ者とは思えないほど綺麗な指で黒文字を手にすると巾着芋を十文字に切り分け、そのうちの一切れを口に入れた。
「旦那、こりゃ旨ェや。頬っぺたが幾つあっても足りやせんぜィ」
「そいつぁよかった」
 俺は、ずずっ、と茶をすすり、湯のみを置いて顔をあげた。
 育ちの良さというものは、物心着いた頃から己一人で学習したからって早々身に着くものではない。沖田くんのお姉さんは食事に関しての躾は余程きちんとしていたんだろう、と出した物を綺麗に食べるドS王子さまを暫し眺めていると、
「ごちそうさまでした。―――ところで旦那、さっきの話なんですが、」
 イモを平らげ黒文字を皿に置いて茶を飲みながら沖田くんが言った。
「ん? どしたの?」
「マヨネーズ中毒の目付きの悪りい野郎のことでさァ」
「ああ、土方くん」
「その土方さんが飲み屋で旦那と一緒に飲んで旦那の飲み代まで出すんですかィ?」
 沖田くんは少し不思議そうな表情をしてじっと俺の顔を見ていた。
「うん……、出すよ?」
「マジですかィ?」
「え? 何で? 驕るのが珍しいの? 土方くんってそんなにケチなの?」
「そういう意味じゃねえんですが……、ほら野郎、何かと群れるのを嫌いやすでしょ?」
 と、聞かれても、俺は土方くんについてそれ程詳しく知っているわけではない。

 いきなり初対面で刀を抜かれ、のちに屋根の上で斬りつけられた以降はそんな直情的に荒っぽい素振りを見せることはなく、偶々行動範囲が似通っているから行くとこ行くとこで顔を合わせるうちに、お互い避けるのも面倒になり、馴染みの店で鉢合わせれば一緒に飲み食いするようになっただけだ。

「いや、俺、土方くんとは友達でもなんでもねえしー、群れるとかそんなこと知らねえしー」
「そうなんですかィ?」
 沖田くんは読めない顔をしてそう言い、対して俺は、そうだよ、と答えて頷いた。
「まあいいや。いやね、何かと土方さんは屯所で皆で飲んだりする時でもいつの間にか一人抜け出して居なくなっていたりしやして」
「ふーん」
「外に飲みに行く時も単独で、且つ、目立たない小さな店に入ってカウンターで静かに飲むのがお気に入りで」
「ああ、何か想像できるわー」
「それに引き替えて旦那はどっちかっていうと複数でどんちゃん騒ぎしながら飲むタイプかな、と思いやしてね」
「うん。飲むときは賑やかなのが好きだな」
「で、先ず土方さんが旦那と席を共にする……、ってのが、ちょっと想像できなかっただけでさァ」
 なるほど。
「確かに。言われてみると、あの子、そういうとこあるよね」
「どういうところですかィ?」
「いや、だから今、沖田くんが言ったじゃねえの? 土方くんは大勢で飲むのを嫌がるって」
「ええ、だからどんな風に?」
 自分から話を振ってきておいて実に不条理な反応だ。
 何となく、誘導尋問みてえだなー、と考えて、あ、そういえばこの子、警察の人だった、ということを今更になって思い出した。
 常に罪人にはドSモード爆裂で、兎に角、力というか拷問で捻じ伏せ白状させているのだと思っていたが、中々どうして話法にも長けているらしい。

 でも、一体全体、このドSの国の王子さまは土方くんの何を知りたいのやら。

「まあ、えーと、うーん、そうだね、例えて言うなら俺が店に居る見知ったおっさんたちと楽しくお喋りしたり酒を驕って貰ったりして飲んでたら物凄く不機嫌にはなるんだよ。土方くんは余程静かに飲みてえんだろうなあ」
 俺が暫し考えてからそう言うと、何故か沖田くんは、さも感心したように、へー、と声をあげた。
 俺、妙な事言ったか?
 群れて飲むのを嫌がる質なんだって聞かされたから、思い当たることを口に出しただけなんだけど。
「なるほど……」
 小さく頷くと沖田くんは神妙な面持ちで俺を見詰めた。
「何が、なるほどなの?」
「ここ最近、仕事を終えてから夜にこそこそというか、いそいそというか、うきうきというか、土方さんが屯所を抜け出して飲みに行ってたのは知ってたんですが……、へー、なんだ。旦那と一緒だったんですねィ……」
 そう呟いた沖田くんの顔には、まるで大人をびっくりさせる仕掛けを思い付いた悪ガキのような笑みが貼り付いていた。
 うわ……、嫌な予感がする。
 ドS王子の、『オラ、ワクワクすっぞ』的なこの雰囲気はいただけない。
 俺の経験値が注意報を発している。
「別に、御宅の副長さんの飲み仲間なんて俺だけに限ったことじゃねえだろ? んな、毎回、俺と飲んでるわけじゃねえだろうし?」
「いえ」
 沖田くんは歯を見せずに口角を持ち上げたまま目を閉じると程よく冷めた茶を湯呑の中で二、三度揺らせてからゆっくりと飲み干して言った。
「旦那だけです。多分、いや、確実に」
「……言明するね?」
「だって、野郎には友達なんて居やせんから」
 君もじゃないの? と思ったが、強いて言葉にするのは控えておいた。
「土方くんの場合、友達じゃなくても、ほら、女とかは居るでしょ?」
「いえ。偉いさん方にそういうところへ連れて行かれることはあっても、土方さんは今まで茶屋に特定の馴染みも作ったことがねえし、邪魔臭がって自分から通うことはありやせん。況してや素人女なんて俺たち真選組と関われば下手すりゃ命を狙われることになる。不逞の輩に面の割れてねえ下っ端隊士ならまだしも、副長クラスとなれば情人を作るのも一苦労なんでさァ」
 だから、女じゃありやせん。
 沖田くんはそうきっぱりと言い切ってから、
「野郎の様子が少し変だと思ってたら、なんだ。へえ……、そういうことですかィ。へえ……、意外っちゃあ意外だが……、いや……、案外意外じゃあねえかもしれねェ。しかし、こりゃ面白ェや」
 と続け、綺麗な柳眉を片方だけ持ち上げてそれはそれは勿怪な顔をして見せた。
 が、
 面白い? 何が? さっぱり訳が分からない。
 今の会話でどうやら沖田くんは俺ではなく、土方くんの何か弱みを握ってしまったらしい。
「変って何なの? 土方くんの? 何がどう変なの?」
 頭の中では、これ以上踏み込むな、関わるな、触るな危険、と警笛が鳴っているにも関わらず、どうしてもあの真面目で一本気で堅物な男の『変な様子』というのが気になって仕方ない。
 右から左へ聞き流そうと思ったが、林檎を食ったイブに始まり、恩返しに来た鶴を覗いたじいさんばあさん、玉手箱を開けた浦島太郎だって好奇心には見事に完敗した。
 人間、知りたいと思う気持ちは底知れないものだ。
 沖田くんは、軽く、うーんと呻ってから再び口を開いた。
「まあ、味覚が変なのは前からなんですがねィ」
「そりゃ、知ってる」
「何処かその……、しょっちゅう上の空というか」
「ほう?」
「例の犬の餌モドキも、いつもなら掻っ込むように完食するのに少し残す日が続いたり」
「ああ、あの白飯の上にマヨネーズが乗っかった例のものね」
 でもあれ、テロだよね。一緒に飯食う人間の食欲を完全に失わせるある種の飯テロだよね。
「夜勤明けでもぐっすり寝れねェ時が多々あるらしく、普段より三割増しぐれェイライラしていて山崎が犠牲になる回数も増えて、ちょっと、どうしちまったんだろうか? と面白がっ……、心配だなと思ってたんでさァ」
「今、面白がって、って言おうとした?」
「耳が遠くなりやしたかィ?」
「そんな年寄りじゃありませんー」
 俺がムッとして膨れっ面を見せれば、沖田くんは握った拳を縦にして口元に当て、ぷっ、と吹き出して、旦那って存外可愛いですねィ、と言った。
 三十路手前の男を形容するには余りにも似つかわしくない言葉だ。
「まあ、土方さんの直ぐ見て取れる変化といえば、昼夜を分かたず、ハアハア、ハアハア、言ってることですか」
「ヤだ、何それ怖い。発情期?」
「いや、何処か思い詰めたような溜息……、なんですが」
「溜息? あの子悩み事でもあんのかね?」
「こりゃ、旦那の言う通り、発情期だったのかもしれやせんねィ」
 そう言って、沖田くんは加虐の愉悦に浸っているとも見える微笑みを浮かべた。
 あ、駄目だ。こりゃ、警報レベル。
「―――となると、こうしちゃいられねェ」
 空になった湯呑を天板に置くと、沖田くんは丁寧に、ごちそうさまでした、と言って炬燵から出て立ち上がり、隊服のポケットを探った。
「え? もう行くの? 今日は早いね」
「土方さんをおちょくる良いネタを仕入れさせてもらったんでね。旦那、これ、お礼でさァ」
「……何これ?」
 目の前に差し出された物は掌にすっぽりと収まるぐらいの白く四角いケースが一つ。
 これはお口の中いっぱいに広がる爽やかなミント味の錠菓が入ったものに似ている。けど、ちょっと違う?
「……フリスク? じゃねえよな?」
 つーか、俺、いまいちこういうのは好きじゃねえんだけど。甘くねえし。
「ドリームタブレットでさァ」
「ドリー……? 何それ?」
 と、聞いてから、ふと思い出した。
「あっ! これ、もしかして販売停止になったやつじゃねえの?」
 確か去年、受験の時期の前に出回ってた縁起担ぎ的な合格祈願の菓子の一つだ。

「一粒食べて、強く念じつつ願い事を口に出して唱えると、もしかしたーら、その願いが叶うかもしれないー」

 今、沖田くんが言ったのは、一時期テレビからじゃんじゃん流れて来た宣伝文句だった。
「受験が上手くいきますように、ってアイドルのなんちゃらって子がCMしてたよな? でも製造過程で異物が混入したとか何とか? で、全品回収騒ぎになったんだっけ?」
「表向きは」
 沖田くんはにやりと笑うと俺の手を取り、掌を上に向け、そこへ徐にケースを置いた。
「え? こんなもんに裏なんかあんの? ただの在り来たりな菓子じゃねえの?」
「違げェやす。実は、占術に長けたある星の人間が使う薬草が少量入っていることが分かり、回収することになりやした」
「へ……? そうだったの?」
 そう言えば、販売停止と同時に既に出回っていたものは開封済みでも食べさしでも店頭価格の二倍だったか、三倍だったか? 兎に角、定価より高く引き取ってくれるというニュースが流れていた。
 あの時、神楽の常備菓子の酢昆布ではなく、このドリームタブレットを何故大量に買っておかなかったのかと後悔したものだったが、
「でも、薬草なんだろ? そんなヤバいもんだったのか?」
「いえ」
 と、否定して沖田くんは小さく首を振った。
「基本、身体に害はありやせん。これは、ちょっとだけ願い事が叶うかもしれないっていうラッキーアイテムみてェなもんでさァ。しかも一粒で効果があるのは三時間程度」
「じゃあ、何で?」
「居るんでさァ」
「へ? 何か? 誰が?」

「怖ろしいほどこの中に入っている薬草と合致(シンクロ)するタイプの調和者と呼ばれる地球人が」

 そう言ってから沖田くんは、
「残念ながら俺は調和者ではありやせんでした」
 と、続けた。
「試したの?」
「ええ。それを食べて、土方さんの頭に千本の槍が降りますように、って唱えたんですが、直後、土方さんの頭に落ちて来たのはカラスのフン一つでした」
「いや、それでも十分嫌がらせにはなってるよね?」
「まあ、微小な願い事なら叶うみてェです」
「ほぉー」
「ただ、数十億人に一人ぐれェの割合で、本当にどデカい願い事がそっくりそのまま叶っちまう者が居ることが分かり、急遽回収となりやした」
「へぇー……」
 ケースの端をスライドさせると、淡い桃色をした直径7ミリ程度の丸い錠菓がコロリと奥から転がって来て顔をのぞかせた。
「こんなもんがねえー?」
 それを右手の人差し指と親指で摘まみ、蛍光灯にかざして表裏じっくり眺めてみても何の変哲もない。
「今じゃ、流通不可のご禁制物。しかし実際、調和者なんて者が居るとは思えねェんですが、もしも、ぴったりと合っちまったら……」
 ああ、そうか。
「それこそ槍ぐれェじゃすみやせんから」

 三時間毎に飲み続けなければならないにしろ、その調和者の手に渡るとこの世の全てを思うが儘に出来るかもしれない―――、というわけか。

「で、何処でこんなもん見つけて来たの?」
「押収品の中には色々と面白い物がありやしてねィ」
「いいの? 黙って持ち出して」
「旦那が吹聴しなければ大丈夫でさァ。ま、土方さんに大した嫌がらせも出来やせんでしたから俺にはもう用済みです。カラスのフンより自分でバズーカぶっ放した方が余程効果がありまさァ。残り一粒ですし、旦那はパチンコする時にでも使ってくだせェ。当たりは来なくても損することはねェと思いやすぜィ」
 沖田くんはそう言い残すと音もたてず大股で敷居を跨ぎ俺の部屋をあとにした。






 万事屋の玄関を出て外階段を下り、お座なりに手を振る沖田くんの背中を見送ってから俺は沖田くんが去って行った道とは正反対の方角にあるパチンコ屋に向かい足早に歩き出した。
 善は急げという諺がある。思い立ったが吉日とも言う。
 手の中のタブレットケースから錠菓を取り出し、それを口の中に放り込み舌の上で転がし喉の奥へと滑降させる。
 うん、案の定、甘くない。口の中がスースーする。嫌いではないが、好きな味ではない。
 だが、我慢だ。
 元手を失うことなく板チョコの十枚や二十枚、いやせめて五枚か六枚ぐらい手に入れられれば勿怪の幸いじゃないか。
 だが待てよ、俺がもしも調和者だとしたら……、
 いやいやいや、有り得ねえよ。そんな都合のいい話なんてあるわけがない。
 どうせちょこっとだけ願い事が叶うかもしれねえって代物だ。お守りみてえなもんなんだよ。
 これで大勝ちはしなくても負けることがないのなら安心して玉が打てるというものだ。
 よし、銀さん、今日は頑張っちゃうからね〜。

 と、幾分、浮かれ気分で歩く速度を速め、曲がり角を曲がったところで、

 偶然、土方くんと出くわしたんだった。



 ―――そして、冒頭に戻る。

→つづく
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