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ごめん、それでも、すきなんだ


♯1〜43「日常編」
♯44〜「過去編(ヤス視点)」
♯66〜「距離編(秀介視点)」
♯87〜「閑話休題(孝臣視点)」
♯91〜「終末編(和臣視点)」

◆◇◆SBI完結◆◇◆
ご愛読ありがとうございました!
2011-12-03(土)
痛み酒

「久しぶりじゃん。元気だった?」
「まさか。毎日死にそうですよ」

 カウンターのいつもの席で、渡されたビールを手酌する。喉を弾ける炭酸がうまい。

「この前はしゅーにぃが失礼なこと言ったみたいで、ほんとすいませんでした」
「ああ、……まぁ。それより、カズは平気なの?」
「だから、平気なわけねーですって。毎日死にそうですよ」
「あー、お前が死にそうなのは秀介のせいなのね」
「なんだかんだ、オレも櫻さんも報われない仲間っすよね」

 グラスのビールを一気に仰いで、新しくグラスを満たす。そうしてまた喉を通した冷たいアルコールに、オレは少しだけ酔ったフリをする。

「櫻さん」
「んー?」
「櫻さんと、……ヤスにぃのこと。気づいてたのはオレも一緒です」
「だろーね。秀介が気づいてカズが気づかないわけないでしょー?」
「それでも黙ってたのは、ヤスにぃがそれを望んでたのもあるけど……櫻さんも、ヤスにぃのこと、自分から遠ざけてるように見えたからです」
「そんな風に見えてたか」
「言い訳にしか、ならないですけど」

 飲み切ってしまった瓶ビールは下げられて、かわりに焼酎とお茶のペットボトルが置かれた。氷をたっぷりいれたグラスを手渡す櫻さんの顔は、穏やかだった。
 ヤスにぃが櫻さんのところから逃げ出して数年。櫻さんがどうして家を捨ててここにいるかは知らない。けれど、そこには確実に櫻さんの覚悟があったはずだ。

「櫻さん」
「なに」
「櫻さんは、ヤスにぃに会いたいですか? また二人でいたい?」
「そんなこと、できるわけないって思ってるから試すようなこと言うなよ」

 クスッと笑った櫻さんは、営業時間中滅多に酒を飲まないくせに、今日は自分で酒を作って口にした。

「忘れられないよ? ヤスのことは本当に好きだった。それでも家のこととか考えたらいずれ終わるだろうとも思ってたし。……まあ、オレたちの終わりは後味悪かったけど。それに、オレも怒ってんだよね、これでも」
「あー……」
「カズならわかるっしょ? 好きなんだよ。好きで好きで、なんでも許せる。今でも意味わかんないくらい好きだ。けど、アイツのこと許せないし、幻滅もしてる。いや、すげー好きなままなんだけどね」

 穏やかに微笑む櫻さんの、これはきっと、本音だ。きっと、櫻さんは本当に今でもヤスにぃのことを思ってる。それでも、同じだけ、同じ力で、怒ってる。
 ぎゅっと力任せに心を締め上げられてしまった。会えなくなった、あのバカの、けど一番好きなあの笑顔が頭に浮かんで消えてくれない。

「それで、お前はオレに何を言いに来たの?」
「……聞きたい?」
「しょーじき、びみょー。聞いたところでなんにも変わらないとは思うけど、でも、だからって聞きたいわけじゃない。でも、聞けないわけじゃない、みたいな?」
「わかる、かな」

 例えば今、しゅーにぃに女がいて、その女が妊娠したからって結婚するらしいとか誰かに聞かされたら。きっとオレはなにも変わらない。
 笑ってしゅーにぃにおめでとうを言って、本当にガキの名前はカオルにするのかって言って、そんで影で泣くだけだ。

「ヤスにぃ、……結婚したんだ」
「そっか……」
「どこの誰ととか、そいつの名前とか、言わないけど」
「聞きたいと思わない」
「ですよね」

 はぁ、とため息ついた櫻さんはグラスに残った酒を一気に煽った。

「コレは噂だけど、」
「ハイ?」
「橋渡ってホテルの脇にグレイシアってホストあんだけど、そこでNo2になってるヒデってやつ。エースが切れて借金まみれでヤバイかもって」
「誰すかソレ」
「調べてみ。んで、今日は帰ってくれるー? オレ、他のやつ呼んで飲むから」
「ハイ」

 しっかり返事をして席を立ちつつ金を出そうとしたら、櫻さんに止められた。
 今日はいーよって微笑んだ櫻さんに追い出されて店を出ると、ぼんやりと店とホストの名前を検索したら。ヒットしたやつの顔があのバカそっくりだった。まじかよ。


#93「痛み酒」
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