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日記
2014-11-23(日)
だから、俺猫舌だって言ったじゃん

「だから、俺猫舌だって言ったじゃん」

渡されたばかりの紙コップを逆さにすれば、ひと肌に冷まされたミルクティーが食堂の床を濡らした。ざわりと周囲が殺気立ったのが分かる。そのつもりでやったのだから、当然だけれど。

「申し訳ありません。新しい物を用意します」

落ちた紙コップを当然のように拾った孝実が、側にいたウェイターに床の掃除を依頼して新しい飲み物を買いに行く。
きっと孝実は俺の嫌がらせに気が付いているから、新しいミルクティーはさっきの物と同じ温度で買ってくる。アレ以上冷めたら今度は飲めた物じゃない。
周囲の人間もそんな事は承知しているから、俺を睨む視線は侮蔑や殺気で痛いほどだ。

「……いつまで坊ちゃん気どりなんだか」
「志水様がお可哀想」「でも、ほら」「…ああ、確か会長が志水様を新しい従者として――」「志水様もあんな没落した傲慢な雇い主より」

食堂の空気は、心地良いぐらいに俺への悪意に満ちている。
優雅に口に入れたデザートは、粘土の味がした。


*****

「渚様、今日限りでお暇をいただきます」
「孝実…」
「お元気で」
「孝実っ、待って…待って、孝実!」

捨てないで!
そう叫んだところで目が覚めた。

「………孝実」
「なんですか、渚様」

当り前のように頭上から孝実が顔を覗かせた。いつものようにうなされる俺を心配して見ていてくれたんだろう……そう思うと、遣り切れなくて鼻がツンと痺れる。

「孝実……」

俺の家は、もう目の前の綺麗な男を従わせる金も力も何一つ無い。孝実はこんな風に、俺に仕える義理なんて無いのだ。

全てが完璧な彼を欲しがる人間は多い。
家柄だけが取り柄だった俺には、勿体ない男。本当なら今すぐにでも自由にしてやらなければならないのに、意気地の無い俺は自分から手を離せない。たった一言がずっと言えないまま、今日も最悪の日の夢をみて、勝手に傷付いている。

それならばと我儘放題してみせても、孝実は眉ひとつひそめない。

「―――渚様。そんな風に泣かなくとも、私は何処にも行きません」
「……泣いて、ない」
「そうですか?…ここは、涙の味がします」
「っひ、ぅ…っ?」

目を閉じるのが間に合わなくて、眼球ごと瞼を舐めとられた。
そのまま濡れた舌が俺の唇を割って入る。俺が癇癪を起した時、なだめる為にしてくれていたようなキスにかわった。最近はこの儀式も息苦しいような深さになってきて、意識が朦朧としてしまう。



「―――やっとひとりでは生きていけないようにしたのに、今更逃げられると思わないでくださいね」
「孝実……?」

息が苦しくて、囁く孝実の声が上手く拾えない。
ボンヤリと見上げる俺の間抜けな顔に、それでも孝実は優しく微笑んでくれた。


「大丈夫。もう少ししたら、嫌でも理解できますよ」

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